11月11日(沖の場合)





11月11日といえば、世間がポッキーだプリッツだと騒ぎ立てて何処か浮き足立った空気になる日である。
研究室でもやたらポッキーを食べているのが目に付くし、スーパーやコンビニに入っても件の商品だけやたら品薄だったりする。
私はと問われれば当然のごとく実験に論文調査に次の学会に向けての準備や研究費申請から事務に提出する出張書類などなどに追われてそれどころではない、いつも通りの日常を送っていた。

(……でも沖はこういうの好きそうなんだよな、地味に)

一番好きそうなのは同じサークルの馬場くんだろうが、沖も意外にイベントごとにはこだわる男だ。
今日何の日だと思います?なんて言いながらイベントに乗っかってあんなことやそんなことに付き合わされてきた身としては、今日は平穏無事に過ごしたいという気持ちでいっぱいなのだが   おそらく無理だろう。
何かにつけて勝負事に持ち込んでさっさと勝利をかっさらって自分の優位を確立する沖が、ポッキーの日にポッキーゲームなんてベタなことを見逃すはずがない。

(まわり大学生ばっかり住んでるし、沖が買う頃にはポッキー売り切れてたりしないかな……)







「昨日のうちに買っておいたんですよ、ポッキー。案の定今日は売り切れてました」

ニコニコと笑う沖とその手元に用意されたポッキー複数種類に、私は自分の検討が浅はかだったことに心のなかで涙を流した。
最初からそのつもりだったら事前準備するくらいする、この男の場合。
しかも手元にあるのは馴染みの赤いシンプルな箱だけでなく、いちごのやつだったりナッツのやつだったりと、無駄にバラエティに富んでいた。やる気満々なのか、ポッキーゲーム。

さん、どの味が好きですか?最近は色々種類が増えましたよねー」

「……じゃあ、いちご」

机の上に箱を並べ始める沖にふと視線を色とりどりの箱に動かす。
そういえば近頃甘いものを食べていないな、なんて思いながらぼんやりと箱を見つめて、なんとなく目を引かれたいちごの絵柄を示した。
沖はそれを手早く開封し、さっそく中から1本取り出してみせる。

「はい、さん。あーん」

ぴょこぴょことピンク色のポッキーを差し出してくる沖。
いきなりポッキーゲームを提案してくると思っていた私はちょっと拍子抜けして、ただただポッキーを差し出してくる沖を見つめる。なんだ、私の深読みのし過ぎか。
ほっとして私は沖の方に近寄り、差し出されるポッキーをぱくりとくわえる。
そんな私の様子を見て嬉しそうに目を細めた沖は、今度は食べさせてくれと言わんばかりに袋を私に差し出してきた。

(まあ、これくらいなら付き合ってもいいだろ)

差し出された袋からポッキーを1本取り出し、沖に向かって差し出す。
沖はぐっと身を乗り出して私の持つポッキーに齧り付き…何故かそこから離れようとしなかった。
私がポッキーをから手を離そうとすると、沖の手が私の手を握りしめてそれを阻止する。……やられた。
私は食べかけだった自分のポッキーを急いで食べて抗議の声を発する。

「ちょっと、沖…!」

「んー?まだ食べてる最中なので…離さないで下さいね、さん」

沖はひょうひょうとした顔でそう返して、厭味ったらしく端から少しずつ少しずつポッキーを食べ始めた。
ポッキーを一口食べ進むごとに私の手に振動が伝わり、そして沖の顔が徐々に私の手に近づいてくる。
私の手を握る沖の手がぎゅっと力を込めてきて、その熱がやたら伝わってくる。顔だけでなく沖の身体もだんだん近付いてきて、心拍数が徐々に上昇していく。

「沖……!」

ゆっくりゆっくり食べ進む沖の唇に、わずかに溶けたチョコが乗っている。
ポッキーを持つ手と顔との距離がだんだん近くなり、彼の吐息がふっと指先に触れる。
一体これは、なんなんだ。沖は何がしたいんだ。
時折上目遣いにコチラの様子をうかがってくる沖の表情が、妖しく微笑んでみせる。
そしてとうとうチョコ部分を食べきった沖の唇が、そっとポッキーを持つ私の指に触れた。そのまま指先をぺろりと味見するかのように舐めてくる。
最後に短く残されたプレッツェルをそっと引きぬいて1本全部食べ終えた沖は、もう一度私の指にちゅっと音を立ててキスを落とした後、握っていた手を引っ張って彼の方に私を引っ張り倒した。

「ちょっと、何を…!」

「何をされるのかわからなくて、普段よりもドキドキしませんでしたか?」

「毎度のことながらしょうもないことばっかりするね、君は!」

「ポッキーゲームだとさんが男らしく食べ進んじゃうと思ったから、ちょっと趣向を変えてみたんですよ」

確かにポッキーゲームは想定していたから、勝負を挑まれたとしても腹を括って普通に食べ進んでいただろう。 そういうところまで見透かしてくる……割に、相変わらず唇にチョコを乗せたままの沖が、可愛い。
こういうちょっと詰めの甘いところとか、少しだけ隙を見せるところがあるから何度も理不尽な勝負を挑まれて負かされ続けても許してしまうのだろう。狡い男だ。

(年下の男っていうのはどうしてこう、発想が可愛いんだろ…)

可愛らしい発想の後に待っているのはだいたい全く可愛らしくない一方的に攻め泣かされるような出来事になってしまうところは、まったくもって不本意だけれども。
私は自分からゆっくりと顔を近付けて、沖の唇に残ったチョコを舐めとった。

「チョコ、残ってた」

「ちょ…っ」

「どう?普段よりもドキドキした?」

人に不意打ちはよく仕掛けてくるくせに、自分が不意打ちされるのは慣れてない沖がやっぱり可愛い。
次の瞬間には更に意趣返しを企ててさっきまでの可愛さなんて何処かに起きてきてしまうのだけど。
少しだけ耳を赤くした沖は、それを振り払うかのようにぐっと深い口付けを仕掛けてくる。
いちごチョコの味のキスは角度を変えて繰り返され、床は腰がいたいから嫌、なんていう私の抗議はそのまま口付けに飲み込まれた。