11月12日 「あれ、昨日ってそんなイベントの日だったんですか?」 きょとんとした顔のに、天輝はそんなことだと思った、と小さく呟いてため息を付く。 今もポッキーをぽりぽりと食べながらそんなことを口にしている彼女はといい、少しばかり、いや、けっこうそれなりに天然というか、ふわふわした感じの物の考え方をする大学生だった。 美術部に所属し、その絵画のセンスは学生ながらに個展を開くなど天輝とジャンルは違えど何処か似たような躍進をしている彼女だったが、7人兄弟の長男である天輝と対照的に一人っ子で両親にも大切に育てられた彼女は、どうも不思議なところが多い。 例えば昨日の11月11日は若者の間ではポッキー&プリッツの日としてやたら賑わうイベントとなっていたが、そんななか周囲と同じようにポッキーをもりもり食べながらも一体どういう趣旨なのかさっぱり判っていなかったということが、今この場で判明した。 「それにしても…なんでそんなにポッキーがあるんだ」 「友達にもらったのー。も食べなよ、って。テルくんも食べる?」 持っていたポッキーの箱を差し出してが小首を傾げる。 天輝は普段自分では決して買わないポッキーの箱を暫く見つめた後、ナッツなどで装飾された高そうなポッキーではなくシンプルな赤箱であることをなんとなく自分の言い訳にして、一本取り出してと同じようにくわえた。 美術部の作業場に、ポリポリと二人がポッキーを齧る音が響く。 先にポッキーを食べ終えたがもう一本取り出そうとしたところで、そういえば、と天輝を見つめた。 「そういえばテルくん、ポッキーゲームって知ってる?」 「ぶはっ!?…え、な、何!?ポッキーゲームゥ!?」 「うん、昨日友だちから、これでポッキーゲームでもして彼氏さんと仲良くね〜って言われたの、思い出して。私どんなゲームか知らないんだよねー…どうすればいいのかな」 「べ、別に知らなくてもいいんじゃないかッ!?」 ゲホゲホと喉につまらせた食べかけのポッキーで咳き込みながら、天輝はわずかに涙ぐんだ目で小首を傾げるを見つめた。 そう、こういったところも非常に天輝を困らせるのだ。色々と知らないのはまあ仕方ないにしろ、それに対しての知的好奇心が旺盛で色々と試したがる性質が。 今も無邪気に天輝を見つめるだが、ポッキーゲームが最終的にはうっかりキスなんてしてしまいかねない、熱々カップルのお楽しみか合コンや宴会などでのある種の罰ゲームめいたゲームだということを知らないにも関わらず実践してみようとしている。 「ねーねー、テルくん、教えて?」 そして一番の問題は、にこういうふうに強請られて天輝が断れた試しがないことだったりする。 「………ポッキーゲームっつーのは!こう、ポッキーの両端をくわえて食べ進めて、先に口を離したほうが負けっていう度胸試しみたいなモンで、」 「度胸試し?それなら私、テルくんに負けないよ!」 「いやあの、だからね?仮にお互い口を離さずに食べ進んじゃったら」 「引き分けだねぇ」 何処か楽しそうに目を輝かせながら、がせっせと椅子の準備をはじめた。 自分が座っていた椅子ともう一つ空いていた椅子を傍に用意して、キラキラした目でその椅子に座るように天輝を促す。 天輝はがっくりとため息を付き、のろのろと椅子に座る。ここまで楽しそうに期待しているを裏切ることが出来ないのもまた、天輝の弱い部分なのであった。 「はい、テルくん、チョコの方!」 「………ん」 「えへへ、結構照れるね、この距離は」 少し照れくさそうに、でも嬉しそうに微笑むに天輝の胸がどくりと大きな音を立てる。 至近距離でまじまじと見つめるの頬はほんのりと色づき、照れからか僅かにその瞳は伏せがちになり、長いまつげの影が頬に落ちていた。 かっと顔の表面に熱が集まるのを感じて、天輝も思い切り目を伏せる。 「それじゃ、スタート!」 ポリポリ、とがポッキーを食べ進む振動が天輝の唇に伝わる。 天輝はほんの僅かだけポッキーをかじってから、そのまま食べ進まずに早苗の様子を探った。 いきなりここで離脱すればは不満がって再戦を挑んでくるだろう、しかしお互いにこのまま食べ進めば唇がぶつかるのは必須だ。 それは、別に困るというわけではないが、だからといって積極的に歓迎したいことでもない。 天輝にとっては大切な存在で、こんなお遊びで唇を重ねるような軽いことを彼女にはしたくないのだ。 (は何処まで進んだんだ…?) そっと伏せていた瞼を押しあげると、目を伏せつつも真剣な表情でポッキーを齧るの表情が目に入る。 その顔が思っていたよりも近い距離にあったことに天輝は驚き、ここで大きめに齧り付いてこんなゲームを終わらせてしまおうと考え、パクリ、とポッキーをひとくち食べ進んだ。 そして同じタイミングで、同じだけの距離、もポッキーにかじりついていた。 ふわり、と二人の唇がぶつかる。 「………!!」 ぱちり、との目が開けられて、唇を触れ合わせたまま二人の視線が交わる。 思わず身を引こうと焦る天輝だったが、が開いた瞼をもう一度伏せてわずかに首を傾け、触れ合うだけだった唇をもう少し押し付けてきたことにガチリと動きが固まった。 すっとはすぐに身を引いたが、その押し付けられた一瞬が天輝にはとても長い時間に感じられた。 重なった唇の柔らかさとその熱が、離れたはずの唇からまだ感じられる。 「えへへ、奪っちゃったー…って、ちょっと古いかな?」 照れくさそうに頬を染めながらが笑う。 彼女は昔のCMを指し示すように右手をパペットを動かすようにパクパクと開閉して、あーもう恥ずかしい、なんて呟きながら火照った頬に手の甲を押し当てた。 未だに顔を赤くして固まったままの天輝をちらっと見つめて、は普段の無邪気な笑みとは違う、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「ポッキーゲーム知らないなんて、嘘だよー!さすがに私でもしってるもんね、それくらい」 騙されちゃったね、と楽しそうに笑うは、次の瞬間ぐっと強く天輝に引き寄せられていた。 突然のことに小さく口の中で驚きの声を上げるが、至近距離で見える悔しそうな表情の天輝ににっこりと微笑みを返す。その勝ち誇った無邪気な笑みに天輝は大きくため息を付いた。 「ほんと、には勝てないよ」 そして天輝はそっと身体を伏せて、勝者に口付けを送った。 |