Op.123 3月末、来年の授業カリキュラムの冊子をもらいに大学に足を運んだついでに部活の用事を終わらせた私は、同じように大学に来ていた勉くんと学食でばったり遭遇した。 大学が始まれば授業だゼミだで毎日のように顔を合わせるけれども、長期休みとなるとお互い部活も違うのでそういう訳にはいかない。 そんなわけで、今日は私と兵藤勉くんとの1ヶ月以上ぶりの再会となったのであった。 「久しぶりー!そういえば今日はテルくんは?」 「うん、久しぶり、ちゃん。テルは今コンサートツアーに行っていて、こっちに戻るのは来週なんだ」 「コンサートツアー!すっごいなぁ」 ずるずるとラーメンをすすりながら感心した声を上げると、勉くんがどこか楽しそうにクスクスと笑い出す。 なんだろう、変な所にラーメンくっついた? 私が怪訝そうな顔をしたのに気付いた勉くんは、別にちゃんのことを笑ったんじゃないよ、と慌てた様子で弁解をはじめる。 勉くんはこういうところが純真真っ直ぐでとても素直だ。私は笑いながら判ってるよ、と勉くんの言葉を促す。 すると勉くんは、少し照れくさそうに、だけど何処か嬉しそうに微笑んだ。 「その……テルがツアーに行ったって言っても、こうやって普段通りの返事をしてくれるって、嬉しくて。そんなちゃんは、やっぱりすごく素敵だなぁ、って思ったんだ」 にっこり微笑みながらそんなことを言う勉くんに、私は一瞬だけ思考が停止する。 それからコレは単純にテルくんのことを外側だけで見ていない私に対する彼なりの嬉しさの表現でしか無いのだと自分に言い聞かせ、にっこり微笑みを返す。 こういう風にぺろっと思ったことを言ってくれるのは嬉しいんだけど、その言い方というか言葉の選び方というかがなかなか心臓に悪いというのも勉くんの特徴だった。 お陰様でうっかり勉くんに片思いをしている私は、勘違いしないようにその台詞の真意を読み取るのに毎日必死なのである。 「そ…そういえば!勉くん、今週の土曜って暇だったりする?」 「うん?特に予定もないけど…どうしたの?」 「実はね、お母さんの知り合いからコンサートのチケットをもらったんだけど、演目がベートーヴェンのミサ曲でね。合唱部の子を誘ったんだけど、あんまりミサ曲とか宗教音楽とか興味ないみたいで」 私の所属する合唱部は、伝統的な合唱と言うよりも現代曲のアレンジやアカペラコーラスなどに偏った部活で、そのため古典曲に興味のある部員は少ない、というよりおそらくゼロ。 一応は誘いの声をかけてはみたが、誰に聞いても予定があったり興味がなかったりで案の定断られてしまった。 その点、小さい頃からクラシックをやっている上に管弦楽部所属の勉くんなら興味が無いってことは無いだろう。 加えて言えば勉くんと二人で出かけるチャンス、なんてちょっと欲深なことも考えていたりするのだけれど。 「わぁ、ベートーヴェンの晩年のミサ曲だね。教会音楽を超えたより深く普遍的なものを含むベートーヴェンの最後の大宗教曲として有名で、ミサ曲に交響曲的な統一感を初めて与えた作品とも言われているんだ。荘厳ミサ曲とも訳されていて、その名前の通りとても荘厳な曲なんだよ」 「さすが勉くん、相変わらず詳しいね〜」 表紙を眺めながらスラスラと語られる演目の説明に感心しながら、私は楽しそうな顔でパンフレットを見つめている勉くんをちらっと伺った。 この表情はオッケーか?特に予定はないって言ってたし、大丈夫だよね? 「で、一緒に行かない?」 「でも、いいの?僕が行ってしまって」 「もちろん!折角だから一緒に楽しんでくれる人と行きたいし、その点勉くんなら合格点どころか満点でしょ?」 やった!勉くんと二人でコンサートを聞きに行くというデートみたいなことが実現するなんて、夢みたいだ。 自然と私の表情は緩んで、きっと旗から見たらニヤニヤと幸せそうに笑っていることだろう。 私はなんとか爽やかな微笑みを意識しながらチケットを差し出すと、勉くんは僅かに目を細めて私のことをじっと見つめてきた。 すごく嬉しそうに、私の妄想でなければ少しだけ頬を染めている。 「ありがとう、ちゃん!土曜日、楽しみだね?」 私はそんな勉くんの微笑みを独り占めに出来たことだけで十分に幸せで、勉くんよりもはっきりと頬を赤く染めながら、それでもいつもの調子でどういたしまして、と微笑み返した。 |