季節はもう初夏になっていた。
秀麗ちゃん達は茶家に目を付けられているために華々しさをこれでもかと言うほど欠いた出立をすることになっている。
今でも目を閉じれば鮮明に思い出せたあの場面。
秀麗ちゃんと影月君が茶州州牧の位を賜り、それを真正面から受け入れたあの日のこと。きっと今後の将来ずっと忘れることはないんだろう。
二人は大きくなる…大きくなって帰ってくる。
確信めいたその思いは裏切られることもないだろう。
「出立当日には見送れないだろうから…お別れと、次なる再会の契りを交わしにやってきましたよー」
「………?あんた、新人なのよね?工部下官なのよね!?だったらなんでこんな定時きっかりにこんな場所にいるわけ!?」
「そんなの俺が優秀だからに決まってるじゃないか!」
秀麗ちゃんの叫び声に、俺は胸を張ってそう言った!
……が、周囲は冷たい沈黙に包み込まれた。
え、まさか誰も信じてくれてないの!?本当なのに!?
「だって工部の仕事って実家の仕事の延長線だよ!?生まれてからついちょっと前まで馬馬車のように実家で扱き使われてたんだから、それくらいできないと逆に親父にくびり殺されるから!!」
「なんか……優秀なさんって、想像つかないですよねぇ」
「ちょっと影月君そこに正座しろ !!」
まさか影月君にまで苛められるなんて!
俺はさめざめと泣きながら、気軽に笑っている秀麗ちゃん達を恨めしく見つめる。
が、そこでふっと騒ぎを止め、俺は真っ直ぐ秀麗ちゃんと影月君を見据えた。
雰囲気の変わった俺に二人ともきりっとした表情に切り替える。
「うん、取り敢えず行ってらっしゃい。お土産は甘露茶でいいから」
「き…気軽に言うわねぇ…?」
秀麗ちゃんが頬を引きつらせながら答える。
それに俺はきょとんとして、小さく首を傾げた。
「それだけ信頼してるって事だけど?」
「……さんと龍蓮さんって、たまに似たようなこと言いますよね…」
「ほんと、臆面もなく歯の浮くような台詞を垂れ流すんだから……」
影月君と秀麗ちゃんが、口々にそんなことを言ってくる。
だけど二人とも表情は綻んでいて、俺も釣られて微笑んだ。
これから二人の前には大変なことばかりが積み上がっていくんだろう。
今回の出立は、あくまでもその前儀式でしかない。
二人ともそのことは判っているし、その上できちんと自分の足で歩んでいこうとしている。
(年下がこんなに頑張ってちゃ、俺も頑張らなきゃ面目立たないよなー)
二人には何度も励まされた。
二人には何度も包み込まれた。
だから俺は俺の出来ることをこの場所でする。
「行ってらっしゃい、二人とも。俺はここで頑張ってるから」
強く頷いた二人に、俺は満面の笑みを見せた。
そして俺たちは、歩み始める。
それぞれの道、それぞれの未来へ。
番外編でした。当初ラストの予定だった新州牧ズとの会話。
これを書きたいが為に原作「茶都へ」を買ったのに見事に描写されていないっていう。
……いいんだ、燕青が格好いい一冊だったからいいんだ…ッ!涙