仕事が終わった後のお風呂と睡眠が私にとって何よりの幸せだった。 今日も思い切り被った返り血をすっかり落として、最近お気に入りの薔薇の入浴剤の香りに頬を緩める。 そしてコンクリ打ちっぱなしの部屋の真ん中に置かれたベッドにさっさと潜りこむ。 部屋そのものは無機質どころかベッド以外なにも置いていないが、寝室なのだからベッドさえあれば十分だ。 しかも置かれているベッドがふかふかのクイーンサイズとくればもう他に何が必要だというのだろう。 (うっかり生き延びたご褒美に全力で寝よう) ふかふかの毛布とさらりとしたシーツの感触にほっと息をつき、そして枕の下の感触も確かめる。 昔からの習慣でその無骨な感触を確かめないことには眠れないのだけれども、だからといって別に護身なんてするつもりも無い。 正直最後に弾を確かめたのがいつだったかすら思い出せないし、暴発せずに普通に使えるかどうかも怪しい。 ともかく使う予定もない感触だけを確かめた私は、そのままスコンと眠りの世界に転がり落ちた。 眠れる時に眠るというのは職業柄とても重要だ。 ちなみに言うまでもないが、あっという間に熟睡してしまうのは殺し屋にとっては決してアドバンテージではない。 「……誰?」 前触れもなくふっと現れた気配に、一瞬で意識が覚醒した。 取り敢えず声は出すけれども身体は動かさない。枕の下にも手は伸ばさない。 命乞いをするつもりも延命のために戦うつもりもなかったが、それよりも突然現れた気配の異常さのほうが気にかかっていた。 ここまで一切の気配を感じさせずに来たのであれば、さっさと殺せばいい。 しかし相手はわざわざ存在を感知させた。私はただ純粋にその行動の真意を知りたいと思ったのだ。 「ねぇー、殺しに来たの?泥棒に来たの?あいにく何もないわよ、この部屋」 「ち、違っ!?俺べつにそんなつもりは…!!でもココってドコ!?」 返ってきた答えは、私の中の想像のどれにも当てはまることはなかった。 声の感じからまだ若い男で、随分と落ち着かなさげにしている様子が全力で伝わってくる。 侵入者が侵入の意図を持っていないって、一体どういう状況だ。 私は(覚えている限り人生で初めて)朝でもないのに布団から起き上がり、声と気配の方向を振り返った。 視線の先にはクローゼットの前で慌てふためいて明らかに混乱した様子の青年。 顔立ちは精悍でいい男だが、髪はセットなのか寝ぐせなのか四方八方に跳ねまわっている。 「気配もなく侵入してきて感心したのに、随分とまた素人くさいわね、キミ」 侵入の手際の良さと今眼の前で見る青年の人間性とが結びつかない。 それとも今でも気配を感じ取れない、この青年をここに運んできた第三者が存在するとでも言うのだろうか。 職業柄ではあるが短時間でおおかたの性格や人間性を推し量れる身としては、目の前の青年はまったくもって人畜無害なタイプだ。 夜中に他人の家に侵入しようなどという考えすら起こさない系統だろう。 要するにまっとうな日向の中で生きている人間だ。私のように影と闇の中を生きているタイプじゃない。 「誰かに連れてこられたの?何か心当たりは?」 「連れてこられた覚えはないし、心当たりも……」 「無いのね」 口ごもる青年に、私は小さくため息を付いた。 煩かった青年はすっかり静かになって、大きな身体を小さくすくめてしょんぼりしている様子はさながら大型犬のようだった。 申し訳なさそうにこちらの様子を伺っている姿を私はなんとなしに眺める。 そして私の中に再び湧き上がる気持ちに任せて、そっと口を開いた。 「ところでキミは体温高い?」 「……は、はい?」 「しっかり作りこんだ身体してるし、その筋肉量だったら温かそうね。ちょっとこっちいらっしゃい」 ぱたぱたと手を招くように振ると、きょとんと首をかしげながらも青年はベッドに近寄ってくる。 そして手の届くところまで近づいた瞬間、私はがしりと青年の腕を掴んだ。 掴んだところから伝わる感触と近くから見る姿で、想像以上に鍛えられた身体だと知った。 ちょっと硬そうだな、と思いながらも掴んだ腕をずるずると引っ張り上げ、ベッドの上に引き上げる。 「えっ、ちょ…っ!?」 「私の睡眠を邪魔していい権利は私にしか無いのよ。キミはそれに違反したんだから、大人しくしてなさい」 青年は目を白黒させながら、それでも目立った抵抗はしてこない。 女性に手は出さない主義なのだろう、それならば好都合だ。 ほとんど下着のような格好で寝ていたのも幸いして、青年は首から耳まで赤らめながらこちらを見ないように頑張っている。 私はそんな青年をうつぶせの状態でベッドの上に押し倒し、その腰の上にどっかりと座り込んだ。 そして覆いかぶさるように上体を倒し、背中にそっと顔を寄せる。 「…………っ!!」 その瞬間、青年がガチリと硬直するのが筋肉の動きから判った。 心拍も随分と早い動きをしている。……おもしろい。 背中に頬を寄せたまま腕を身体に回し、背中から抱きしめるような格好で身体を寄せる。 感触は想像通りに硬かったが、伝わってくる鼓動の音と温かい体温は十分に及第点だった。 私は回していた腕にぐっと力を入れ、うつ伏せていた青年をごろっと90度回転させる。 そうすれば背中を向けて横向きに眠る私と、その目の前の湯たんぽ替わりの青年という構図が完成だ。 「じゃ、寝るから動かないでね。オヤスミ」 私はベッドの隅に追いやられていた毛布を上からかぶって、スコンと意識を眠りに落とした。 一瞬青年が反論しようと動いたようだが、背後から腰に蹴りを入れた所すっかり大人しくなった。 そして私はそのまま、今度こそ朝になるまで目を覚ます事無く眠り続けたのだった。 冷え症なきみへ (翌朝、姿を消した青年の温もりと草原のような香りでそれが夢でないと知った) 眠りに就く前に五題|リライト様 |