「!今日のHERO TVは見てくれたかい?」 勢い良く扉をあけて部屋の中には行ってきたのはキース・グッドマン、またの名を「スカイ・ハイ」というシュテルンビルトの平和を守り、「HERO TV」で毎回華麗に活躍するキング・オブ・ヒーローだった。 なぜそんなヒーローが私のアパートを訪ねてくるのかという話はまた今度の機会にしよう。長いようで短く、しかし長い話になる。 ともかくキースは深夜に近い時間帯であるにもかかわらず私の部屋に上がりこんできて、そしていつも通りのはっきりと通る声で話しかけてきた。ご近所から苦情言われませんように。 そのままキースはスタスタと部屋を進んでいき、遠慮の欠片もなしにどっかりソファ(キースが持ち込んだやたら大きいやつ)に座り込んだ。 普段と違って白いスーツなんか着ているのは、きっと懇親会の格好そのままで此処に来たからだろう。 今シーズンのMVPの発表中継からそれなりに時間が経っていることを考えると、長いこと懇親会は続いたらしい。 疲れもあるだろうに、それでもわざわざ人のアパートを訪れるとは。 「まぁ一応ね。相変わらず挨拶がなんというかアレだったけど。」 付き合い始めてそれなりに時間は経っていると思うのだが、未だに「ありがとう、そしてありがとう!」という彼特有の挨拶の真意はつかめない。大事なことなので2回言いました、ってやつなのか。 そんなセリフ回しから判るように完全なる天然キャラであるキースの挨拶は、まぁヒーローとしての熱意とかMVP受賞の嬉しさだとかは伝わるが、具体的に何が言いたかったのかと聞かれると困るような内容である。 そんなことを考えながら適当に返事をして、ご機嫌なキースの隣に並ぶようにしてソファに腰掛ける。 するとキースはぐるりと音がしそうなくらいの勢いで上半身ごと私の方を振り向いた。 あまりの勢いに軽く上半身を引き離すが、キースは気にしていないというか、こちらの様子に気づいていないようだ。 無駄に必死な顔でこちらをじっと見つめている。 「それで……その、他に感想とか、言っておきたいこととか…」 「…………相変わらず分かりやすいわね、キース。」 勢い良くこちらを見つめてきた割に、実際の行動はもじもじとはっきりしない。 何を行って欲しいのか丸分かりのキースの態度に、まぁいつも通りといえばいつも通りだと感じながら思わず小さくため息をこぼす。 ヒーローとして活躍しているときには振る舞いに迷いなんていつも持っていなさそうなのに、こうして会話をしていたりするとキースは躊躇いがちだったり迷いがちだったりする。 しかも、そのことを本人が周囲に気づかれたと思っていない節があるというのがポイントだ。 まぁこういう抜けてる所とかを可愛いと思ってしまっている自分が居ることは否定できないのだけれども。 「MVP受賞おめでとう、スカイ・ハイ。これからもヒーロー頑張ってね、怪我しない程度に。あと警察の邪魔にならない程度に。」 私の言葉にキースはぱぁっと表情を明るくして、とても嬉しそうにうんうんと頷いた。 割と後半の方は嫌味混じりだったりするような気もするのだが、気付いていないのかそもそも聞いてないのかはよく分からない。 そんな風に私の言葉で喜ぶキースを見ていると、なんだか色々考えるのも馬鹿らしくなってくる。 子供みたいににこにこしている金髪碧眼のごっつい成人男性が可愛く見えるとか、私の頭も大概壊れているのだから。 わずかに思考が溶けかけるのを理性で留めて、さっきの台詞の後半を引き継ぐように無理やり口を動かした。 取り敢えず文句を云っている間は思考も溶けないはず。今この場で、この雰囲気の中でキースのことを可愛いとか格好良いとか良い筋肉だとか思ってしまうのはアウトなのだ、色々と。 「とにかく、警察…っていうか主に私の邪魔しないでよ?ヒーローしか解決できない事件はともかく、NEXTが絡んでないような軽犯罪はこっちでちゃんと対応するんだから。」 「あぁ、もちろん判っているさ!だからそんなに心配しないでも大丈夫だ、。」 色々とごまかすようにぷいっと横を向くと、キースは小さく笑いながらそっと私の肩を抱き寄せた。 しっかりと筋肉が感じられるキースにもたれかかって頭を肩口に預けると、嬉しそうにくすくすと笑う声がすぐそばから聞こえてくる。 未だに仕事場の…警察の一部の人間からはヒーロー嫌いのように思われているけど、ヒーローに頼りすぎた治安維持はいつか破綻すると思っているからこそ、私はヒーローでなければならない事件"だけ"をヒーローに任せればいいと思っているだけだ。 現在、ヒーローの検挙数からそういった重犯罪やNEXT関連の事件を差し引いても、実際のところは半分も数字は減らない。 使わなくても良いところに労力を使うヒーローたちは休みも減るし疲れは取れないし、それで生産性…というか労働効率が悪くなっては元も子もない。 私の意見が(もちろん私の言葉が足りないのも原因だったのだろうが)、ヒーローが警察の仕事を取ったという僻みからくる発言だと誤解されることは多かった。 一時期は廊下を歩くたびにこそこそ陰口を叩かれたりもした。 更に無駄にプライドを持っていた私はそういう輩に自らの意見を伝えようとせず、意固地になっていた。 今考えてみればそれが悪循環となってお互いの関係性を悪化し続けていたのだと思う。 だけどキースは、言葉の足りない意見から私の意図を理解してくれていた。 ヒーローが嫌いなのだとかそういう誤解をせず、むしろ「心配してくれてありがとう」と微笑んでくれたことは、一生忘れられないくらい衝撃的な出来事だった。 だから今も、八つ当たりのような愚痴のような私の言葉にニコニコと笑って頷いてくれる。 今まで受け止めてもらえなかったものを、キースは当たり前のような顔で受け止めてくれている。 「……今晩はどうするの?泊まっていく?」 「実にすまない、そして助かる!ここまでは車で送ってもらったから帰るなら電車かタクシーしか無いし、でも電車はもう無くなってしまったし」 「ごめんなさいね、タクシーも満足に通らない辺鄙なところで」 ニコニコ微笑んで、私の額に軽く口付けを落としてくるキースに、私はもう一言だけ文句を付け足した。 それでも相変わらずキースはニコニコしたままだし、気のせいでなければキスのペースも落ちない。 大体にしてこの部屋に来た時点で泊まる気まんまんだったんだろうお前、と突っ込む前に私の唇はキースのそれに塞がれていた。 塞がれてしまっては文句も言えない。 (明日は仕事あるんだけどなぁ) そんなことをぼんやり考えながら、未だに降り止まないキースの口づけを抵抗すること無く受け入れる。 なんだかんだ文句やら理由やらを見つけたところで、私自身だって望んでしまっているから止める必要がない。 その気持を伝えるたに私は自分からキースの後頭部に右手を添え、キスを強請るようにそっと顔を上げたのだった。 欲しいのは君の言葉 (お互いがお互いの言葉を求めているって、すごく需要と供給が成り立ってると思わない?) |