1...When is now? 強い衝撃と、浮遊感と、眩暈。 それらを同時に感じたため、酷く頭が痛い。 揺れる視界が気持ち悪い。 一度目を閉じて深呼吸を繰り返す。 落ち着いたところで顔を上げ、改めて周囲を見回した。 「……………校長室?」 過去に数回呼ばれた事のある校長室だ。 壁には歴代の校長の肖像画家掛けられ、それらは興味深げにボクを 見つめていた。 校長室には校長と、校長が認めたものしか入る事を許されていない。 一体ボクはどうして校長室に…ダンブルドア先生に呼ばれたりした? それ以前に、なんでボクはホグワーツにいるんだろう…。 3年の期末テストを終え、ボクはノルウェーに帰った。 父と、それからたくさんの人々に囲まれ、夏休みを過ごした。 そこから先が曖昧だ。 夏休みも終わりに近づいて、ボクは荷造りをしていた。 けれどもその先は思い出せない。 どうやってここに来たのかすらも解らない。 毎年、あの奇妙な馬みたいなのに引かれる馬車に乗る度に感じる恐怖 と安堵も無い。 「なんで………?」 身体をゆっくりと起こした。 今気付いたが、ボクは大きめのソファに横たわっていたらしい。 ……こんなソファ、あったか? きょろきょろと周囲を見回し…そして、扉のそばに立っているダンブ ルドア先生と目が会った。 「ダンブルドア先生!」 「目が覚めたようじゃの…気分はどうじゃ?」 「はい…少し頭がくらくらしますけど、大丈夫です……あの、どうし てボクは校長室に?」 ボクの言葉に、驚いたのはダンブルドア先生だった。 長い顎鬚をゆっくりと撫でながら、ボクを見たり天井を見上げたりを 繰り返している。 しばらくの間そうやってから、重いため息をついてボクを見た。 「倒れておったのじゃよ、校長室の前の廊下でな。マダム・ポンフリ ーを呼ぼうと思ったのじゃが、生憎と留守にしておるらしい。」 「そうなんですか…あれ、でも、ボクはいつの間にホグワーツに?」 校長室の前の廊下で倒れていた? ホグワーツに来た記憶さえないのに…。 一時的な記憶障害か何かだろうか? 頭を抱えていると、頭上から優しい声が聞こえた。 「そうじゃの、確かに記憶が抜けているようじゃが…今はそれより も大きな問題がある。」 記憶喪失よりも大きな問題。 一体ボクは何をしてしまったというのだろう? 取り返しのつかない事だったらどうしよう…ただでさえ魔法省から 目をつけられているのに。 恐る恐るダンブルドア先生を見ると、彼は優しく微笑みかけていた。 少し、気持ちが楽になる。 「……単刀直入に言おう、ここはお主のいた時代ではないのじゃ。」 「………………へ?」 素っ頓狂な声が喉からぽんっと出てきた。 時代が違う?時代って…何が?やば、混乱してきた…。 頭の中を複数の単語が統率なくぐるぐると回る。 「つまり、お主は時を越えたという事じゃ。」 「と…時を越えたぁ!?何かの間違いじゃ…そうだ、タイムターナ ー!?」 何かで聞いた事がある…くるりとひっくり返すことで時を遡る砂時 計。 それならここに来るまでの経緯に記憶が無いのも説明がつく…無理 やりに説明しようとすれば。 しかしそんなボクの搾り出した案も、先生が首を横に振った事で否 定された。 それじゃあ、一体どうやって時を移動するんだ? 「残念ながらそれでもない。お主は一見したところホグワーツの生 徒のようじゃが……」 「はい、グリフィンドールの、今年度?から4年生です。」 「ワシは、お主を知らんのじゃ。」 面と向かって「知らない」と言われると、混乱とか悲しみとかが出 てくる前に、頭が真っ白になる。 ダンブルドア先生はあのお歳にして(失礼)ホグワーツの全生徒の 名前と顔などを覚えているというすばらしい記憶の持ち主だ。 そのダンブルドア先生が「知らない」? 老年性痴呆症でボクの名前だけすっぽり抜けた、なんて事は無いだろ うし。 ということは、この時代でまだボクと先生は会っていない。 つまりつまり、これは…… 「つまりここは、お主にとって"過去"ということじゃ。…あえてお主 がいつ の時代から来たのか、尋ねる事はせぬ。じゃが、いくつか覚えておく 必要がある。この時代では…」 「ボクの時代の事を喋ってはいけない。過去と未来が交じり合う事は 無いのだから……そして、ボクが未来から来たという事も知られては いけない、ですか?」 「そういうことじゃ。それともう一つ、元の時代に返るためにはお主 が忘れている事を思い出さねばならぬ。」 忘れている事…といえば、やっぱりここに来る経緯だろうか? まあ確かに、ここに来る経緯がわかれば、逆にもとの時代に戻る方法 も解るということになるが。 専門的にどうなのかは知らないが、とりあえずこれは心理的な記憶喪 失だろう。 記憶を失うほど頭を強く打ったりしたのなら、今も痛むはずだ。 何かしらの心理的外傷を得て、思い出したくないと深く思う事によっ て記憶を失う…。 それほどの記憶となれば、さぞかし面白くないものだろう。 「お主にとっては、それは辛いものじゃろう…じゃが、思い出さねば ならぬ。できるだけ早く……そうしなければ、帰る事は危うい。」 「解りました…できる限りの努力はします。」 「記憶が戻るまでは、ここで生活をするといい。ちょうど明日から新学 期じゃ…留学生として、4年生の授業を受けてもらう。今日の所は保健 室のベッドで休むのじゃ。……杖は持っておるかの?」 そういえば…ふと、自分の身体を見つめると、ボクはホグワーツの制服 をきっちり着ていた。ローブも着ている。 ポケットを探るまでもなく、太ももの辺りに杖の感触がした。 うーん、夏休み中に制服でいたなんて、ボクは何をやっていたんだろう ? とりあえず頷いて、杖を取り出した。 「よろしい。ところで、まだ名前を聞いとらんかったのう。ワシとした 事が、ついにボケたかの…」 「まさか、校長先生に限って……。ボクは・です。一応 日本人ですけど、ノルウェーに住んでます。」 そういったボクを、ダンブルドア先生は再び驚いたように見つめた。 今度のボクを見る目は、慣れているものだ…ある程度生きている人にノ ルウェーに住んでいるといえば、いつもこういう目をされる。 しかし、ダンブルドア先生は普通とはちょっと違った。 普通なら嫌悪感と恐怖の眼差しを向けられるが、ダンブルドア先生のき らきら輝く瞳に、そんな感情は含まれていなかった。 その瞳に浮かぶのは、純粋に驚きと、それからかすかな憐れみ。 そんな目を向けられた事はあまり無いので、少し顔が赤くなった気がし た。 「ノルウェー…あの場所に住んでおるのか?」 「はい。…あ、でも。ボクは違いますよ、父はそうですけど……父が、 ボクの時代のあの施設の管理責任者なんです。」 「そうか………。」 その声は少し寂しげだ。 ダンブルドア先生はボクをじっと見つめた後、今日はもう休みなさいと いって、ボクを保健室まで案内してくれた。 多分、まだ学校が始まってないのに一人だけでうろつくと、ゴースト( 特にピーブス)がざわつくだろうという考えだろう。 いろいろと疲れていたためか、ダンブルドア先生が用意してくれたパジ ャマに着替えてベッドに横になると、すぐに眠気が襲ってきた。 でも、きっとそれだけじゃないんだろうな、となんとなく思う。 保健室は、ノルウェーの家と同じ匂いがするから、だからきっと……。 しかしそこで思考は薄れ、ボクは深い眠りに着いた。 |