21...Christmas holiday.




イギリスの朝は寒いが、ノルウェーと比べればまだ過ごしやすい寒さだった。
は目を開けて静まり返った部屋の中を見渡し、積み上げられていたプレゼントを見つめて 今日が何の日なのかを知った    クリスマスだ。
同室の3人、リリーにアリスにマーリンは家に帰ってしまっているため、今この部屋にいるのは 一人。
それにもかかわらず溢れんばかりに積み上がったプレゼントを見て、は苦く笑った。
この時代にきて確かに元の時代の時よりは友人が出来たが、こんなにプレゼントが積み上がる ほどではない。
つまり、相変わらず悪戯仕掛け人のファン達はを快く思っていないということだ。


(それもまぁ、仕方のないことだけど)


心の中で小さく呟き、はベッドから降りた。
石の床から冷たい空気が這い上がってくるがは特に気にした風もなくプレゼントに歩み寄る 。
一応肩にカーディガンを羽織って、プセゼントの仕分けを開始した。
ある程度予測したとおり、悪戯仕掛け人からは一番大きな箱(しかも包装紙が魔法できらきら 光っている)で届いていた。
連名で出されているその箱を開けるのは一番最後のほうが良いだろうと判断し、脇に寄せる。

続いて掘り出したのはリリーとアリスとマーリンのプレゼント。
いっしょに買い物には行ったが、店内では別行動をしたので彼女達が何を買ったのかを は知らない。
包みを開いてみれば、リリーからはシンプルだが可愛らしい装飾の腕時計、アリスからは 麻で出来た願掛けのブレスレット、そしてマーリンからは何故か闇の魔術に関する蔵書だった 。
ずいぶんと古いものらしく、装丁は所々が擦り切れている。
ページをめくると古本特有の香りが鼻をくすぐった。
目次を目で追うと、どうやら呪いに対する対抗手段についての本らしい。
無意識に指先を耳たぶに動かすが、やはりピアスの感触はない。
は小さく微笑んで、その本を大事にベッドの上に置いた。


「…………わ、雪だ」


ベッドの脇にある窓から外を見れば、真白い雪がひらひらと舞っているところだった。
休みに入る前から雪は降っていたし、既に積もってもいたが、クリスマスの日の雪はどこと なく特別なもののように思えるから不思議だ。
はしばらく雪を眺め、それから手元の時計を見て朝食の時間が近いことを確認してから 身支度を整え、プレゼントの仕分けも一時中断して大広間に向かった。







クリスマス休暇に残る生徒は年々減っていて、談話室もいつもの込み具合からは想像もできな いほどにすいている。
上級生にいつも陣取られている暖炉前の特等席に座って、は小さくため息をついた。
闇の魔法使いが横行しているこの時代、親も子も会えるときに会いたいと願うのが普通なのだ ろう。
マグル生まれの者、特に被害地域に程近いところにすんでいる生徒はほとんど全員が帰ったし 、魔法族出身者も魔法省と関わりのある家の者は帰っている。
しかし悪戯仕掛け人のメンバーはなぜか全員揃って残っていた。


「いいのかな……」

「何がいいって?」


不意に聞こえた声に顔を上げれば、そこにはニコニコ顔のリーマスが立っていた。
の隣に腰をおろしてから、ごそごそとポケットの中身をあさり始める。
ポケットから取り出されたのはカラフルな包み紙のキャンディ。


「メリークリスマス、。プレゼントありがとう…それからこれ、おすそ分け」

「ありがとう……でも、いいの?」

「構わないさ。両親が送ってきてくれたんだけど、いつも多いんだ」


そういうリーマスの顔は少しだけ寂しそうな色を浮かべていた。
息子が人狼になったことで、両親の彼に対する態度も変わってしまったのだろう。
しかしは心の中でわずかに安堵の息をついた。
親の一線引いた態度で傷つき人間不信になった人狼が施設にいたからだ。
けれどリーマスの家の場合、心配で少し過保護になっているらしい。
なんとなくそのことが嬉しくてはにっこりと微笑んだ。


「それじゃ、頂くよ。……いいご両親だね」

「……………うん」


少しだけ照れくさそうにリーマスが頷いた。
小さい頃から周囲に人狼だとばれるたびに引越しを繰り返していたらしいが、それでも二人は リーマスに変わらず愛情を注いでくれていたらしい。
人狼になってしまった子供の親がみんなそうだったらと、は心から思った。
貰ったキャンディをひとつ口に放り込めば、レモンの甘味が口の中にじわっと広がる。
それを見たリーマスがはっとした顔になった。


「そういえば、って甘いもの駄目だったんじゃ……ごめん」

「別に平気だよ?キャンディとかフルーツとかは大丈夫なんだ。後はクッキーも平気かな… ケーキとかココアとかチョコレートは苦手だけど」

「えっ、チョコ駄目なの?勿体無いなぁ」


くすくすと笑い会っていると、突然の髪がぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。
ぱっと視線を上にやると、ニヤニヤした笑みを浮かべるシリウス。
その後ろにはジェームズも、同じような顔をして立っていた。
は渋面を作ってシリウスを僅かに睨むが、シリウスはそ知らぬ顔のままにやにやする ばかり。
リーマスもむくれたような顔をしてシリウスを見る。
ジェームズは楽しそうにその様子を見ていたが、ひょこひょことおぼつかない足取りの ピーターを見て僅かに片眉を上げた。
そして次の瞬間に、転びそうになるピーターの目の前に手を差し出してやる。


「おっと。大丈夫かい、ピーター?」

「あっ、ありがと……ふぁ」

「どうしたのさ、ピーター?睡眠不足?」


がピーターを見ると、彼は疲れたように小さく微笑んだ。
それを見てリーマスが僅かに納得したような声を出す。
リーマスに視線をやれば、彼は僅かに苦笑していた。


「ピーターは意中の女の子からのプレゼントを待ってたんだよ……でもあの様子だと 無かったみたいだ」

「意中…え、ピーターって好きな女の子いたんだ」

「隠してるけど、あれは絶対にいる。でも誰だかはまだ判ってないんだ」


楽しそうに笑うリーマスは、歳相応の少年だった。
周囲が大人ばかりの環境で過ごしたは、恋愛ごとに興味は薄い。
そんな感情にうつつを抜かすひまも無かったし、何より母親の影響が大きかったといえ るだろう。
愛情というものを信じられないのだ。
けれどもくらいの年齢は恋愛ごとに興味が増す時期。
そこかしこで誰と誰が付き合っているだの、好きな人は誰だの、そういう話が絶えない。
その熱はとうとう悪戯仕掛け人にまで伝わったようだ。
……一部、ジェームズに関しては以前からだろうけれども。


「リーマスも、好きな子はいる?」


なんとなしにがそう訪ねると、リーマスだけでなくシリウスとジェームズも驚いた ように目を見開いた。
リーマスは僅かに顔を赤くしているが、シリウスとジェームズはなぜか本気で心配そ うな顔をしている。
ピーターだけは無邪気に、ににっこりと微笑みかけた。


「リーマスはまだみたいだよ!ジェームズはああだし、シリウスは追いかけられすぎて て麻痺してるみたいなんだ!」

「………へぇ、そうなんだ」

「ところで、こそ好きな人はいないの?」


水を得た魚とでも言おうか、生き生きとした表情のピーターには言葉を詰まらせた。
この瞳をは知っている…フレッドとジョージが標的を見つけたときの瞳だ。
そして、マーリンとリリーがアリスの口から"フランク"に繋がる単語を聞いた時の瞳だ 。
は僅かに頬を引きつらせるが、ピーターは相変わらず瞳を輝かせてを見ている。


「アー……ボクはそういうの、興味ないって言うか…まだ早いよ」

「何で?だってよくラブレター貰ってるんでしょ?」

「そりゃ………………ピーター、何で知ってるの?」

「見れば判るよ!」


朝食の際に運ばれる手紙を、はその場で開封しようとはしない。
この時代にに手紙を送るような人物に心当たりが無いからだ。
呪いが掛けられている手紙は速めに対処しなければならないためにその場で処置を施す が、そうでない場合は開封せずにポケットにしまっている。
ピーターは封のされた封筒を見ているだけだろう、それなのに何故。
しかもピーターの瞳は確信的な輝きを放っていた。


「へぇ……もシリウスと同じって訳だ」

「まとめるな!!」


感心したようによう言うジェームズにシリウスが噛み付いた。
リーマスは驚いたようにまじまじとを見つめ、それから少しだけ困ったように微笑ん だ。
は少しばかり目を細めて呆れたようにため息をつく。


「物珍しいだけだよ……前の学校では貰ったこと無かったし。東洋からの留学生って いう名前が人気なだけさ」

「そうかな?僕は十分、も魅力的だと思うけど」

「それはどうも」


ジェームズがきょとんとした顔でに言う。
は苦笑しながら言葉を返すが、その様子にシリウスが僅かにため息をついた。


「お前もたいがい鈍感だよな…自分の見かけとか、フツーの女って気にするもんなんじゃ ねェの?」

「それじゃ逆に聞くけど、シリウスはボクが"普通の女"に見えるわけ?」


そこで言葉を詰まらせたシリウスの行動は無礼なものに分類されるのであろうが、 それ見たことか、とでも言うような態度を見せているは全く気にしていないようだ。
ジェームズはそんなを見て疲れたようにため息をついて、わずかに同情を込めた眼差 しをリーマスに向ける。
一番近い場所でリーマスとを見ているシリウスとジェームズの意見は全く同じ。
つまり、「リーマスはに恋をしている」だった。
人狼であるが故に人との関わりを絶とうとしていたリーマスだから、二人はその恋を 心から応援したいと思っているのだが   相手が悪い。
自分に向けられる悪意には敏感ではあるが、それ以外の感情となるととたんに鈍くなる が恋愛感情を抱くのは果たしていつのことなのだろうか。
そして、それよりも何よりも一番重要な問題があるのだ。


「ところで?この留学って、期限は決まっているのかい?」

「そーいえばって留学生だったよね…もしかして、来年帰っちゃうの?」


ジェームズとピーターの言葉に、はわずかに表情を硬くした。
が帰ることができるようになるまでの期間を、留学生としてこの時代のホグワーツで 過ごす。
それが定められた決まりではあったが、いつ帰れるのかの目処が立っていないために はっきりと日付を言うことはできない。
しかし留学というものは普通、留学する前からすべての予定が立っているものである。
途中で変更が起こる場合もあるにしろ、"当初の予定での帰国日"というものは存在する はずなのだ。
しかし、はそれを持たない。


「実は…特に決まっていないんだ。十分に学んだと思ったら帰っておいで、って学校から は言われてるんだけど」

「適当だなー…」

「でも、頭いいから…卒業前には帰っちゃうのかな」


ぽつりとリーマスが呟いた。
とっさに思いついた言い訳がすんなりと受け入れられたことに安堵しつつ、自分の言葉に さらに首を絞められたは言葉を詰まらせる。
しかしそのの沈黙を肯定と受け取ったらしく、悪戯仕掛け人は落ち込んだようにため息 を付いた。
はその空気の重さに慌てて、何とか話題を逸らそうと時計を見た。
そして、ひくりと頬を引きつらせる。


「朝食の時間まであと少ししかない!」

「「「「えぇっ!?」」」」


通常ならば厨房に行くだけなのだが、休暇中は構内の生徒数が極端に減るため、下手に 食事に遅れることができないのだ。
普段ならば遠い位置にあるはずの教員席をなぜかすぐ傍に感じてしまうのは、教師たちの 目がいつもよりも長く向けられているからなのだろう。
そして寮監であるミネルバ・マクゴナガル教授は、ひたすら厳しい教授だった。
それまでの重い空気はどこへやら、示し合わせていないにも関わらず5人は一斉に走り 出した。


結局、朝食には間に合ったものの大広間に駆け込んだことをマクゴナガルに怒られてしま うのだが、全力疾走中の彼らがそれを知るのはもう少し先のことである。



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クリスマスらしくないクリスマスの始まりです。