20...Let's shopping!




クリスマスを目前に控えたホグズミードは、プレゼントを買おうとする生徒達で溢れかえって いた。
その中の一人であるは、ただ口をぽかんと開けてその光景を見やる。
そんなの腕を引いて進むのはリリーとアリス。
そして何もないところで転ぶのが大得意なアリスを監視しつつ支えてやるのがマーリン。


「それにしても…大丈夫なのかしら、あの4人は?」


「さぁ?少なくとも、あたし達よりは上手いでしょ。それに失敗しても捕まるのはあたし達 じゃないわ」


「それもそうね」


さらりと酷いことを言いつつ、マーリンとリリーがくすくすと笑った。
この二人の会話を理解するには、少しばかり時間を遡る必要がある。















「クリスマス前のホグズミードと言えば、殆どの生徒が参加するプレゼント購入イベントだ! 」


ホグズミード行きのお知らせが張り出された日に、ジェームズは高らかにそう宣言した。
ジェームズが唐突に大声で何かを宣言するのは日常的なことなので、今更誰もジェームズに 視線を集めたりはしない。
しかし、いつもと違ってそこにはジェームズの行動をたしなめる人間が居た。


「ちょっとポッター!少しは静かにしようと思わないの!?此処は談話室です!!」


「ああ、判っているよリリー!少し気分を盛り上げようと…」


「必要有りません!!」


ぴしゃりとリリーにはねつけられ、ジェームズが少しばかり落ち込んだように大人しくなっ た。
しかしそれもすぐさま回復し、今度は全員が顔を寄せ合ってひそひそ声で話し出す。
これもまたジェームズの行動としてはいつものことなので、誰も注目しない。
本来ならばこの円陣に参加するはずのないリリー達4人が混ざっていても、談話室の生徒は 誰一人として気付く事はなかった。


「ホグズミード週末、あの日がベストだ。殆どの生徒が出掛ける…そうなれば、図書室は 無防備だ。マダム・ピンスも、生徒が少なければ油断する」


      まさか貴方達、白昼堂々禁書の棚に侵入するつもりなの!?」


「それもこれも、から危険を取り除くためさ」


リリーが眉を鋭角につり上げてジェームズを睨み付けるが、ジェームズは平然と肩をすくめて そう言った。
ひそひそ声にもかかわらず鋭さを失わないリリーの声にが聞き惚れていると、ジェームズに 続くようにしてシリウスが肩をすくめる。



「むしろ、誰も予想しないからこそ成功率が上がるんだ。今回は本の目星も付いてるし、 侵入時間は短時間ですむ……つまり、更に成功率が上がる」


「僕とピーターが見張りをする。何か有れば"両面鏡"で連絡できる     


「"両面鏡"?」


リーマスの言葉にマーリンがぴくりと反応した。
は言葉の意味が分からず首を傾げるが、マーリンは僅かに緊張気味にリーマスを見る。


「今、"両面鏡"って言ったわよね?持ってるの?」


「ああ、俺が持ってる     


「凄いわ!"両面鏡"って限定生産で、今じゃ希少価値抜群の代物よ!ね、ブラック、もしよけ れば見せて貰っても良いかしら?」


「別に…構わねェけど      

「やった!さすがブラックね!」


うきうきを隠せないマーリンと、マーリンのそんな一面を初めて見て驚きを隠せないシリウス 。
二人の顔が対照的で、はぷっと小さく笑った。
それから、誰かが何かを言わない内に言葉を挟む。


「"両面鏡"って?連絡を取る手段みたいだけど」


「あぁ……今、持ってきてやるよ。実物見た方が分かり易いだろ」


そう言ってシリウスが男子寮の階段を上っていく。
暫くすると、その手に二枚の鏡を持って降りてきた。
差し出されたのは四角い、薄汚れた小さな鏡。
マーリンの言葉からこれが貴重なものだということは理解しているのだが、その価値を知らな いとリリーは鏡を見ながらわずかに首をかしげた。
見た目から用途がわかるわけでもなく、ただ興奮を抑えて熱心に鏡を覗き込むマーリンを後ろ から傍観することしかできない。
常日頃からかわいらしい手鏡で身だしなみを整えているマーリンが小さなみすぼらしい鏡に 熱中しているというのも、には奇妙に思えた。
マーリンはそんなの思いを知る由もなく、傍観に回っていた同室の3人に鏡を手渡す。
するともう一枚の鏡をシリウスがリーマスに渡した。





名前を呼ばれて顔を上げようとしただったが、鏡の面に映っていた自分の顔が揺れ波打ち、 いつのまにかリーマスの顔になっているのをみて驚きに目を開いた。
リリーも視線を鏡と実際のリーマスとを行き来させ、驚いたようにため息を漏らす。
マーリンは興奮気味に鏡を覗き込み、こちらも驚いているアリスにその商品解説を始めだし た。
ぱちぱちと瞬きを繰り返すの顔がおかしいのか、鏡の中のリーマスはくすくすと笑ってい る。
リーマス自身がそう離れていない場所にいるために、その笑い声は実際の音として の耳に聞こえてきた。


「これが、"両面鏡"。二枚一組で対になっていて、名前を呼ぶと相手の顔が現れるんだ。 罰則で離れた場所にいるときに専ら使ってる」


ジェームズが楽しそうにそういったが、それを諌めるべきリリーは鏡の驚きが抜けていない らしく、彼の言葉をきちんと飲み込めていないようだった。
これをあの赤毛の双子が知ればどうなるんだろうと、はふと思ったがすぐにその考えを 消した。
どんなときでも一緒にいる双子にこれは不必要なのかもしれない。
それに二人が罰則を受けることは滅多にないし、受けるときは真面目にさっさと終わらせて 次の悪戯を考えるのが双子である。


「とにかく、これで今回の安全性が保障されたって訳だ」


シリウスがにやっと笑った。
リリーは驚きにぼんやりとしたままこくこくと頷き、そしてゆっくりと大きくため息をつい た。
はリリーほど驚くことはなかったが、だからといってマーリンほど興味を抱いたわけでも なかった。
マーリンから商品解説を受けつづけているアリスはどこか虚ろな目をしているが、マーリンは それに気づいていない。
リーマスはたちを見てさっきまでのようにくすくすと笑うが、はその笑顔を見てわずかに 頬を緩めた。
本当に楽しそうに笑うリーマス。
の話を聞いた直後はまるで自分がそうであるかのように顔色を悪くしていたが、今はそんな 様子を少しも見せていない。
ジェームズやシリウスがそれとなくリーマスを諭したのだろうか。


「本当に……ありがとう、みんな」


謝りの言葉を飲み込んで、は感謝の言葉を口にした。
きっと彼らが求めているのはその言葉であろうから。
予想通り、ジェームズたちは少し照れくさそうに笑ってに微笑みかけた。


「気にすんなって!それに、俺たちの用事もあるからな」


リリーの耳に入らないように声を潜めて、シリウスがの耳元で囁いた。
はくすくす笑い、よろしく、と笑顔を返した。

















こうして、現在に至る。
迎えたホグズミード週末の当日、溢れる人ごみの中を書き分けて進んでいく達は既に買い物 を終えていたので、どこかで休憩を入れることにした。
はてっきり"三本の箒"に向かっているのだと思っていたが、それは店の前を素通りした時に 間違いだと気づいた。
リーマスと二人で来た時も、元の時代で双子やリーと一緒だった時も、休憩といえば"三本の 箒"とバタービールという組み合わせしかは知らなかった。
しかし今回は連れが女の子である。
そういえばホグズミードにやたらファンシーなつくりの喫茶店があると誰かが言っていたよう な気がして、は思わず背筋を震わせた。
豪快なマーリンも女の子らしく可愛いものは好きなので、そういう場所に決定になったとして も不思議ではないのだ。
女の子同士のお出かけ、というものを体験したことがなかっただ。
まるでピーターのようにおどおどとしたままリリーの隣をひたすら歩く。


「さ、ここよ    入りましょう」


リリーが立ち止まったのは、何の変哲もない普通の喫茶店の前だった。
噂に聞いたようなフリル満載のカーテンや過剰演出な様子はまったく見受けられない。
マーリンがアリスの手をつかんだまま扉を開く。
カラン、とドアベルの音がした。
中に入ればそこはホグワーツ生で埋まっていたが、"三本の箒"のように騒がしい雰囲気は 一切存在しない。
そこにいる誰もが穏やかな会話を続け、ケーキと紅茶に舌鼓を打っている。
こんな場所がホグズミードにあったのかと、は驚きに目を開いた。
元の時代ではこんな店と無縁だったためにいまだに存続しているのか否かは判らないが、とに かく落ち着いた雰囲気の、まさにの好むタイプの喫茶店だった。
ノルウェーの、施設がある森のふもとの街にも、似たような雰囲気の喫茶店がある。
買い出して向かうたびにいつもはそこに立ち寄っていた。
仕事勤めのOLやサラリーマンが一服に使っているその店は落ち着いた雰囲気で、はその店が とても気に入っていたのだった。


「ホグズミードでは"三本の箒"が有名だから、ここは穴場なの。すっごく雰囲気も落ち着いて いるし、それにケーキもおいしいわ…あっ、ちゃんと甘くない食べ物もあるのよ?」


メニューを広げながらふわりと笑うアリスだったが、の甘いもの嫌いを失念していたらしい 。
それはリリーとマーリンにも言えることで、その言葉を聞いてさっと顔色を悪くさせた。
しかしは小さく笑って、首を左右に振った。


「大丈夫、ボクの事は気にしなくていいから。自分で食べるのが得意じゃないだけで、人が 食べているのは平気だよ……ただ、ホグワーツのハロウィンだけは例外だけど」


が渋面を作ると、そのときのを思い出したのか3人が小さく笑った。
そうとわかれば遠慮することもなく、3人は紅茶とケーキをそれぞれ注文し、はコーヒーと サンドウィッチを頼んだ。
イギリスは紅茶が主流だが、は専らコーヒー派だ。
しかし別にコーヒー好きというわけでもなく、施設住民に不評なイギリスのコーヒーも は特に気にすることなく飲んでいる。
幼いころから不便な施設での節約コーヒー(不味い、薄いと評判)を飲みつづけてきたから だろうか。
運ばれてきたコーヒーに紅茶と同じく大量のミルクを投入して薄め、それを一口含んだ。


「それにしても……今日はずいぶん歩いたわねぇ」


わずかに膨らんだ鞄を撫でながらマーリンがカップをソーサーに置いた。
この人ごみの中を大荷物を担いで歩くのは不可能だと判断した彼女達は、サービスで配送を 頼んでいた。
鞄の中に入っているのは4人で買ったおそろいのアクセサリーと、その他の小さなプレゼント。
「初めて4人でホグズミード記念」と言い出したマーリン発案だったが、誰も反対することはな かった。
買ったのはネックレスである。
トップは小さな天然石とルーン文字の刻まれた金属プレート。
石はそれぞれ異なっているが、ルーン文字のプレートは4人とも共通していた。
"幸福"という意味のその文字は銀色のプレートに白く彫りぬかれている。
護符としての力も持つそのネックレスは、今の暗い社会の中では一番実用性のある装身具かも しれない。
アリスは早速つけるつもりらしく鞄からネックレスを取り出すが、金具が止められないらしく 四苦八苦している。
見かねたマーリンがそれをやってやると、ほわっとした柔らかい笑顔を浮かべた。


「ねぇ、?楽しかった?」


柔らかく微笑んだまま、アリスがそう尋ねた。
アリスはわずかに頬を染め上げ、ゆっくりとまぶたを閉じる。


「私はね、楽しかったよ。とこうして一緒にいると凄く楽しいし…それに、なんとなく ほっとするの。って、放っておいたらどこかにふらっと行っちゃいそうだから」


「………アリスに心配されたらおしまいね、。放浪癖のあるこの子に…」


「ほっ、放浪癖じゃないもん!ただちょっと迷ってるだけで…!!」


「で、そのたびに器用にもフランクが迎えにきてるのね?」


リリーが楽しそうににっと笑った。
さっきまで柔らかい笑みを浮かべていたアリスは、今は顔を赤くしてあわあわしている。
フランク、そう、アリスの彼氏のことだ。
同室の中で唯一の彼氏もちということで、アリスは事あるごとにリリーとマーリンの餌食に なっている。
もラブレターだの何だので標的にされることはあるが、それとなく悟らせない技術を持って いると違って情報駄々漏れのアリスはいつもこうなっていた。
しかし3人とも実に楽しそうに笑っている…アリスでさえ、だ。
すぐそばに反面教師である悪戯仕掛け人がいるためだからかなのか、二人の追及はそんなに 鋭くもしつこくもない。


「とっ、とにかく!っ!また来ようねっ!?」


「え、ぁ、うん。ボクも女の子と出かけるって初めてだったけど、凄く楽しかった」


同じ場所なのに、視点が変わるとこうも新鮮に感じるものなのかと、は今日一日驚きの連続 だった。
それを側で感じていた3人は柔らかく笑う。
アクセサリーショップや雑貨屋でのの反応は、まるで彼女に連れ込まれた彼氏のような反応 で、始めはマーリンの大爆笑が収まらなかったほどだ。


「ところで…みんなはクリスマス、残る?」


「うーん…そこが問題なのよねぇ。リリーは今年も帰るんでしょ?」


「えぇ、家族も待ってるみたいだし……それに、まだ妹が小さいから」


「えっ、リリーって妹いたんだ?」


初めて知る事実にが素っ頓狂な声をあげた。
リリーはくすくす笑いながら頷き、しかしすぐにその笑顔は萎んでしまう。
それを見てマーリンとアリスは苦笑するが、には訳が判らない。


「私の家ってマグルじゃない?両親は喜んでくれたんだけど…妹が、ちょっと否定的で」


「ふーん……」


曲がりなりにも純血であるには、リリーの気持ちはいまいちよくわからない。
けれど兄弟に認めてもらえないということがどういう気分なのかは、なんとなくわかる気が していた。


「ま、今年も頑張んなさいな…そのためにプレゼント買ったんでしょ?」


「そうだけど……うん、でもそうね、頑張らなきゃね。…ところでマーリンは?帰るの?」


「帰るわ。もしかすると、クリスマスの頃にいとこが増えるかもしれないの」


「わぁ、おめでとう!…いーなぁ、私も兄弟とか欲しいなぁ…今年も一人」


「アリスは一人っ子だものね」


一人っ子の上に歳の近い親戚もいないアリスは、ホグワーツではじめて同年代の友達を作った そうだ。
と似たような状況だが、アリスはとは似ずにほわほわとかわいらしく育っている。
まぶしいものを見つめるかのようにが目を細めると、マーリンがひょいっとのサンドウィ ッチを奪い去った。
もくもくと頬張るマーリンを見ては呆れたように苦笑する。


「…で、は?ノルウェーに帰るの?」


「いや、今年は残るよ。飛行機も面倒だし……」


はそう呟いた後、わずかに顔をしかめた。
冷めたコーヒーを一気に飲み干してカップを置き、ゆっくりと息を吐く。
甘い香りが原因だろうか、わずかに頭が痛んだ。
しかしはすぐに表情を戻した    ここまできて彼女達に迷惑は掛けたくない。


「飛行機……って、マグルの?あの、鉄の塊?」


「塊…って、マーリン…でも、ちょっと意外だわ。もっと魔法らしい移動方なのかと思ってた んだけど」


「移動キーは魔法省の認可が必要だし、煙突飛行ネットワークには登録してないからね。 でも意外と快適だよ?サービスもいいし」


の言葉を聞いてもマーリンとアリスはいまだに渋い顔だ。
魔法界で育った二人は、たとえマグル学で飛行機が空を飛ぶ理論を習っていてもやっぱり 信じられないらしい。
ちなみにマグルであるはずのリリーはなぜかマグル学を専攻していた。
魔法界の人間の視点からマグルの生活を見ることは興味深いらしい。
リリーによる特別講習「なぜ飛行機が空を飛ぶのか」が開講になったが、それでもやっぱり 納得できない様子のマーリンとアリス。
それをどうにか理解させようと躍起になるリリーを見ては苦笑した。


(いつになったら帰れるのかな…)


は毎年、今ごろの時期には飛行機のチケットを取るために頑張っていた。
元の時代ではいつもクリスマスには帰っていたために、ホグワーツに残るのはこれが始めて なのである。
3人のうち誰かが残るかもしれないと期待したが、見事に裏切られた。
悪戯仕掛け人のうちの誰かが残ることを、は胸中でこっそりと祈る。
そして同時に湧き上がるため息を抑えることはできなかった。


(戻らなかったらどんな反応するんだろう…父さんは)


失踪したまさにその時間に戻れるのだろうか。
帰ったら何年か経っているなんて事はないだろうか。
さすがに年が変わるとなると焦りが生じてくる。
思い出そうとしても思い出せず、時によっては頭痛が引き起こされた。
きっかけのヒントすらも判っていない状態でむやみやたらに探しても無駄だということは重々 も承知している。
それでも今は、とにかくきっかけを掴みたい。


(いつになったら………)


リリーの講義の声をBGMにして、は重くため息をついたのだった。
クリスマス休暇は、目前に迫っていた。



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"両面鏡"が希少価値あるかどうかなんて知りませんよー捏造捏造。

さんがコーヒー派なのは、皆川がイギリス=紅茶文化の公式をすっかり忘れていたからです