19...Mother. 「記憶喪失……だって?」 リーマスが眉根を寄せた。 それには頷こうとして、そこではっとしたように視線を女子寮に向けた。 「あー…ごめん、ちょっと良いかな」 まさか逃げるのではと訝ったシリウスが目を細めてを見るが、は苦く笑って 首を横に振る。 女子寮の方を指さしながら、少し申し訳なさそうには口を開いた。 「その……同じ部屋の子達にも、同じ話をしなきゃいけないんだ。読んできても良い…?」 「構わないよ 場を宥めるためか、それとも本心からなのかがいまいち判らないジェームズが明るい声を出し てににっこりと微笑みかけた。 そんなジェームズを見ては僅かに後悔したようだったが、それでも女子寮に向かって 歩き出した。 もちろん、心の中でリリーにひたすら謝り続けながら。 暫くして、の正面に悪戯仕掛け人4人と同室の3人が勢揃いした。 談話室のソファは基本的に4人掛けなので、男女がテーブルを挟み向かい合う格好となっている 。 リリーとマーリンに挟まれたは、ジェームズの視線がとリリーを行ったり来たり しているのを感じながらゆっくりと口を開いた。 「正直に言うけど……本当の事を全部話せる訳じゃない。ボクにもまだ判っていない事もある し…話す勇気がまだないような事もある」 がそう言うと、リーマスが微かに顔をしかめた。 話す勇気を持てぬまま、結局"最初から知っていた"で片付けられてしまった人狼に関しての 出来事を思い出しているのだろう。 しかしリーマスはすぐさまその表情を消したため、向かい合っている女子寮組に訝られる事は 無かった。 はそこで小さく息を付いて、顔の横の髪を耳に掛ける。 顕わになった両の耳には、血のように赤いピアスが燦然と輝いているだろう。 「まず、ピアスについてだけど…ボクはこのピアスを見ることが出来ない」 「えっ、記憶喪失って言うのは?」 ピーターの言葉に、一気にに視線が集まった。 は苦く笑って、「後でちゃんと話すから」と呟く。 そんな話聞いていない、と言いたげなリリー達の視線を浴びながら、 は溜め息を付いた。 「………ピアスが見えない、ってのはどういう意味だ?」 「ボクから見ると、鏡に映ったボクはピアスなんかしてないんだよ。今回は写真という"記録" だったから見ることが出来るんだろうけど シリウスの言葉にがそう答えた。 女子寮3人はそのことは薄々感じていたため特に反応しない。 悪戯仕掛け人4人は訳がわからない、と言った様子で首を傾げている。 だがその7人に共通することは…正直、ピアスが見えないことくらいはたいした問題ではないと 思っているという事だ。 魔法界には様々な物が存在し、様々な魔法が存在する…透明マントが存在するように、不可視 化の魔法というものもポピュラーではないにせよ実在はしているのだから。 それには苦笑して、それからそっと目を伏せる。 動揺しないようにと自分に言い聞かせて、は一呼吸置いてから口を開いた。 「このピアスは死んだ母が着けていた物だ。母の遺品は全部、遺体と一緒に墓に埋めた……… ボクも、この目でそれは見ている」 それに対する反応ははっきりと別れた。 リリー、アリス、ピーター、リーマスは驚いたように目を見開き、そして残りの4人…シリウス 、ジェームズ、そしてマーリンはキュッと眉根を寄せて厳しい表情になった。 の隣に座っているマーリンなどはじっとそのピアスを睨むようにして見つめる。 そんなマーリンの反応をリリーは訝しむが、それまでリリーの方に視線を送り続けていた ジェームズの豹変ぶりを見てその深刻さを察したようだった。 「初めてあったときから、はそれを着けていたよね…?」 リーマスもジェームズ達のように表情を険しくしてを見つめた。 しかしは硬い表情のまま、そっと目を伏せてリーマスの視線から逃れる。 一度深く深呼吸をして、それからリーマスに視線を戻した。 「どうしてなのか、何が原因なのか、これが何を引き起こすのか……ボクにはさっぱり判らな い。ダンブルドア先生は害はないだろうと言っていたけど」 「……他に、先生は何て?」 ジェームズが真剣な顔でを見た。 はその質問に、僅かに笑みを浮かべた。 それは自嘲的な、無気力な笑み。 初めて見たのそんな表情に、一同は言葉を無くす。 「母はマイヤーの一族だ。だから、その持ち物が魔力を帯びてしまうのも仕方がないだろう、 って言っていた。でも…本当のところは判らないよ。正直、ボクには呪いとしか思えないし」 「呪い?随分とまた物騒な話ね」 肩をすくめて軽い口調で言いながらも、そう言ったマーリンの目は真剣そのものだった。 効果が後々に現れる呪いほど質の悪いものはない。 どのような現象をもたらすのか解明するのに時間が掛かり、その間に全身を蝕むような事もあ るからだ。 魔法界出身のマーリンは、いつもの様子からは想像できない程その方面の知識に詳しい。 実際にそれはDADAの成績にも現れている 顎に手を当ててじっとピアスを見つめるマーリンを横目に、 は小さくため息をついた。 「ボクにとって母は…優しい庇護者ではなく、狂気に満ちた害なす者だった。父が人狼だって 話はリリー達にはしてなかったよね?」 の抑揚のあまり無い声を聞いて、ピアスを見つめていたマーリンも視線を 本人に戻した。 マーリンと同じく魔法界出身であるアリスは僅かに顔色を悪くし、リリーもまた表情を強ばら せている。 その様子を見てリーマスが僅かに身じろぎをするが、幸い誰もそれに気付くことはなかった。 は三人の反応を見て僅かに俯き、口元に苦い笑みを浮かべる。 「父はボクが物心付いた頃に噛まれて人狼になった。その影響で……母は、気が狂った」 アリスが口の中で小さく悲鳴を上げた。 誰もがを信じられないと言った様子で凝視するが、の表情は動かない。 僅かに伏せられた顔から表情を読みとる術はその口元の動きだけだったが、未だにそこは苦い 笑みを浮かべたままだった。 「元に戻ったり狂ったりを何度も繰り返していたよ。結局最期は狂ったままだったけどね…… 母が死んだのは6歳の頃だけど、その数年前から時々ボクを殺そうとする時があった。だから ね、このピアスがボクに害をなさないって言うのは信じられないんだよ」 そこで一つ息を付いて、は顔を上げた。 笑っているようで、憎んでいるようで、そして哀しんでいるような顔。 「だからボクはこのピアスの存在を楽観的に考えることが出来ない がそう言うと、アリスが僅かに唇を噛んだ。 リリーも表情を歪めてを見る。 そんな二人の様子を見ては僅かに苦笑した。 それからジェームズ達の方に視線を動かそうとして、突然訪れた衝撃に は動きを止める。 それは、マーリンがの頭を叩いた衝撃だった。 「…………マーリン?」 「そう言うこと、一人で溜め込んでるんじゃないわよ馬鹿」 大したことのない衝撃だったが、何となく叩かれた後頭部を押さえながら は首を傾げる。 マーリンは真剣な眼差しでまっすぐにを見つめていた。 それから深く長い溜め息を付いて、その視線をからジェームズ達に移す。 釣られるようにしても視線を動かすと、目に入ったのは苦笑するジェームズとそれを 怪訝そうに見ているシリウス達の姿だった。 「先越されちゃったなぁ……でも、僕も彼女の意見には賛成だね」 ジェームズがを正面から見た。 マーリンと同じくその瞳は真剣で、どうしてだかは目をそらすことが出来なかった。 「ホグワーツに来てからピアスが付いたのかい?」 「え、あー…うん、そうだね。前の…学校でピアスしてたら、友達に何か言われてただろう から」 「それは、さっき言っていた"記憶喪失"と関係ある?」 ジェームズの言葉に、は思わず表情を硬くした。 しかしそれも予想の範囲内だったらしく、ジェームズは僅かに苦笑するだけだ。 リリー達は記憶喪失について何も知らないために、怪訝そうに とジェームズを見比べている。 は緊張気味に小さく頷いた。 「確証は何もないけど…きっとそうだと思う。でも………申し訳ないけど、詳しく話せないん だ。それに、記憶喪失って言ってもほんの数時間の記憶だけで 「その数時間の欠けた記憶が、ピアスがどうして付いたのかって事に繋がるんだな?」 シリウスの言葉にはびっくりしたように目を見開いた。 その様子を見てシリウスは呆れたように目を細める。 マーリンもジェームズとシリウスの言葉を聞いて何かに思い至ったらしく、深く考え込むよう な顔つきになった。 しかしマーリンはすぐにシリウスに向かい肩をすくめてみせる。 シリウス自身も同様に肩をすくめてジェームズを見た。 「記憶喪失って言うのも、そのピアスが引き起こした可能性が高いね」 「記憶を消して、使用者に姿が見えない…本格的にヤバそうな雰囲気だな」 「厄介な呪いじゃなきゃ良いんだけど……"本命"の呪いの正体が判らないことには何とも言え ないわね」 「だからってこのまま放置は出来ないだろ?いつ、何が起こるか判らない…もしもの時にすぐ 対応できるようにしておくべきじゃないか?」 ジェームズ達の言葉に、は目を見開いた。 しかしそんなに気付いていないのか、マーリンとシリウスはそれに頷いている。 アリスとピーターは訳がわからないといった様子で目を瞬かせていた。 リリーとリーマスは何となく予想できたようだが、それでもやはり僅かに首を傾げている。 「 「ちょっと待って!それはいくら何でも悪いし、それに きっと調べても、判らない。 証拠はないが、きっとこのピアスは今回の時間移動に関わっている。 彼らは呪いのピアスか何かだと思っているようだが(というよりも がそう思わせたのだが)、それだけでは無いはずだ。 ただの呪いが時間を超えられるはずもない…仮にそんな呪いが存在するとしても、それは禁じ られているだろう。 一つの呪文で未来も過去も変わってしまえば、世界はあっという間に誰かの望み通りの物に 作り替えられてしまう。 それに……万一それをジェームズ達が見つけたとすれば、が未来から来たという事実を 知られてしまう可能性が高い。 それがには恐ろしいことだった。 しかし、彼らは当然、そんなの思いに気付くはずもない。 「私たちがを助けたいって思うことも、許してくれないの?」 それまで黙っていたアリスがぽつりと口を開いた。 アリスは泣くのを必死で堪えているような表情で、それでもまっすぐに を見つめる。 はどう反応すればよいのか判らず、それでも頑張って泳ぎそうになる視線をアリス に固定した。 「私たち、の友達でしょう?だったら……だったら、心配に思ったり、助けたいって 思ったりするのも当然じゃない……」 消え入りそうな声だったが、大声で叫んでいるかのようにの耳には聞こえた。 アリスの言葉を聞いて、我が意を得たりといった様子のリリーも深く頷いた。 腕を組み、マクゴナガル先生そっくりの厳しい顔つきでを見る。 「そうよ!それに…マーリン達の話を聞く限り、もしもそれが本当に呪いのピアスなら大変な 事よ…付けた記憶もなくなって本人からピアスが見えないなんて、質が悪いにも程があるわ! 」 ピアスを付けた記憶も、付けている実感さえもない。 もしもピアスに呪いが掛かっているのならば、確かに質の悪い物に違いないだろう。 本人がピアスを認識していなければ、それだけ発見が遅れるという訳なのだから。 普段からピアスをしているような者ならば、今回ののように写真から気付いたりする ようなこともなかっただろう。 発見が遅れれば遅れるだけ、呪いが対象者の身体に浸透していく。 "質が悪い"としか言えない代物だ。 「もちろん、それが本当に呪いのピアスかどうか僕らには判らない。だけど、その可能性だ って捨てきれない。杞憂に終わればそれが一番だけど……警戒するに越したことはないだろ? 」 「でもこれはボクの問題だ!心配してくれるのは嬉しいけど…こんな巧妙な仕掛けを調べるに は禁書の棚を見なきゃいけないじゃないか」 「それこそ今更だな…なぁ、ジェームズ?」 シリウスがにやっと笑った。 それに応えるようにジェームズもにやっと笑う。 それを見たリリーがキュッと顔をしかめるが、彼らは得意げに鼻を鳴らした。 「僕たちが禁書に忍び込んだことがないって、まさか本当にそう思ってたのかい?あんな興味 深い場所を僕らが放っておくはず無いだろ?」 「ジェームズの透明マントがある。それに は内心深くため息をついた。 こう言い出したシリウスとジェームズを止めることは、不可能だ。 リーマスも同様のことを考えているらしく、に苦笑を向けた。 今度は口に出してため息をつくと、シリウスとジェームズはその笑みを更に深める。 二人で頷きあい、それからに身体を向けた。 「俺たちが親友を見捨てると思うか?困っているときはお互い様、だろ?」 「当然、僕らが困っているときには遠慮無くの手を借りるから、そのつもりで覚悟して おいてね」 完全敗北だ。 はソファから立ち上がって、ゆっくりと深く礼をした。 顔を上げると、少しばかり照れくさそうなジェームズ達の顔。 それから今度は向きを変えてアリスとリリーを見た。 リリーは相変わらず厳しい顔つきだったが、アリスの顔は僅かに緩んでいた。 「心配掛けてごめん……それから、ありがとう」 「本当にね!あんまり私たちを心配させないで頂戴…!」 「あんまり…無理、しないでね?」 「気を付けるよ」 ふっと微笑んで、はマーリンに視線をやる。 マーリンは起用に片眉だけを上げてを見つめ返した。 しかしが頭を下げようとすると、その動きを察していたのか額を叩かれた。 惚けているを見てマーリンは深くため息をつく。 「何か変化があったら逐一報告すること、良いわね?」 「………マーリン、」 「良いわね?」 はコクコクと首を縦に振った。 それに満足したのかマーリンが口元に笑みを浮かべる。 元から奔放なの髪をかき混ぜて、にっと笑い掛けた。 「素直で宜しい!」 「マーリン…うん、ありがとう」 は心の中で、マーリンは長女に違いないと思った。 改めてその場の全員を見渡して、それからは笑みを浮かべる。 それに釣られるようにして、みんなも笑みを浮かべた。 「そんじゃ、明日から頑張るか!」 シリウスの言葉に、皆が頷いた。 は、もう一度心の中で皆に感謝を述べた。 |