一時避難


驚いた表情のリューグとロッカを見つめながら、思っていた以上に素直な反応を返すのだなぁと場違いな感想を心のなかで呟いた。
うっかり再会してしまった触覚兄弟に色々疑われつつも場所を喫茶店から公園の隅のベンチに変え、現状を説明しているのが今の場面だ。
そして私は、があれやこれやと私達の出会いから逃亡したい気持ちまでを捏造してくれるのを隣で神妙な顔をして聞いている。
心を開いているのはだけで、一方的に召喚され見知らぬ世界を連れ回したトリスたちのもとには戻りたくない、というのが私の設定上の主張。
そして一人で逃げている所を助けてくれたに相談したところ、助けてくれることになったというのが簡単な筋書き。

「……そういうわけだから、彼女は君たちに引き渡せない」

「はッ、信じられるかよ!たまたま拾っただけの赤の他人を、どうしてそこまで庇う?コイツがアイツらのところに引き渡されると都合が悪いからじゃねえのか!?」

「おい、リューグ……!」

ああ、想像した通りの結果だ。
短絡的に目の前の相手を疑うことしか出来ないリューグには、こんな状況はちょうどいい憂さ晴らしになるのだろう。
ここに自分たちが居ることを黒騎士たちに密告するつもりだろう、いいやそもそも敵の送り込んだ密偵だったのではないか。
よくもまあそこまで想像できるものだというくらい、幾つもの私達が敵であるというケースが出てくる。
は相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべたまま黙って聞いているが、私のほうはだんだん頭が痛くなってきた。

(こんなことをしている場合じゃない、さっさと私達は聖王都を離れたいっていうのに!)

ぐっと唇を噛みしめると、頭痛がだんだんひどくなってきた。
イライラしすぎて頭に血が上りすぎたのかもしれないと深呼吸をしようとして、妙に自分の息が浅くなっていることに気付く。
そして人間というものは、自覚した瞬間に一気にその不調に飲み込まれてしまうものである。

「ちょ……っ、おい、!?もしかして傷が開いたのか!?」

「だいじょ、ぶ……熱中症的なやつよ、きっと」

「いや、熱中症だとしても駄目だしそもそも明らかに様子おかしいからな!?……そういうわけで、これ以上の問答は無理です、先ほどお伝えしたように彼女は戻らないと貴方たちの仲間に伝えておいて下さい!」

ぐらり、と世界が揺れての腕の中に倒れこむ。
ちょっと汗臭いの胸元に顔を寄せると、自分の荒い息がやたら耳について煩い。
だらだらと嫌な汗が背中を流れていく感触とは別に、脇腹が異様なくらい熱を持っていることを自覚してしまう。
次から次へと気付いてしまう自分の不調に、気付かずにいた不調までもが呼び起こされてしまう。
これ以上は自分で動くことすらできなくなってしまう。

「待ってください、いくらなんでもそんな状態の彼女を放っては置けません……!」

「放っておいて下さい!それが彼女のためだし、そもそも貴方たちに何が出来るっていうんですか!?」

「少なくとも、オレたちには何とか出来ると思うぜ?」

突然、第三者の声がとロッカの会話に割り込んできた。
朦朧とし始めた意識の中で無理やり視線を声のした方に動かすと、そこには若草色の青年が腕を汲んで立っている。
よりにもよってこんな場面で一番誤魔化すのが面倒なフォルテが出てきてしまうなんて、ついてない。
半ば諦めを胸に抱きながら、私の意識はそこでブツリと途切れた。




















    なし崩しにを留めようとはしねぇよ。ただ、今はの治療が最優先だろ?

フォルテの言葉に、しぶしぶを抱えてやってきたのがギブソンとミモザの屋敷だ。
幸いにというかフォルテが配慮してくれたのか、屋敷に入ってからをフォルテの部屋に運びこむまでの間、他の誰かに会うことはなかった。
ひとまずベッドに寝かせて傷の状態を確認したが、そこまで酷い事にはなっておらずひとまず息をつく。
軽く傷は開いていたが、出血量もそう多くない。黒の旅団での治療で誤魔化されていた効果が切れて、傷口の熱がぶり返したのだろう。

「傷の開きは少しだけですから、大掛かりな治療は必要ないでしょう。ただ熱を出しているので……」

「タオルと水だろ?ほら、用意しておいたぜ」

「……ありがとうございます」

俺がの様子を見ている間に準備してくれたのだろう、氷水の入った桶とタオルを手渡されて俺は俯きがちに例を述べた。
とも話をしていたが、フォルテは厄介だ。人生経験が豊富だしきちんと人を疑う。
今の俺なんか明らかに疑われている状況だと思うし、なんだかんだ遠巻きに俺の所作を見ているのも監視か観察か、そのへんだろう。
なるべく気にしないようにしながらタオルを絞っての額に浮かぶ汗を拭き取った。
両親が居なくなってすぐの頃は、互いに身体を壊すことも多くてこうやって世話をしたことを不意に思い出す。なんとなく懐かしい。

「……向こうは双子が帰ってきたことで賑わってるようだし、暫くは誤魔化す必要もなさそうだな」

遠くに聞こえる賑やかな声は、きっとアメルやケイナの声だろう。
乱暴に扉が閉められる音が響いたのは、きっとケイナがマグナたちを呼びに行ったからだ。
つまり、そろそろイオスたちがこの屋敷を取り囲んで襲撃を仕掛けてくる。
それが片付くまではこの部屋の中で大人しく、ひっそりとしていなければならない。

コン、コン

突然聞こえたノックの音に、俺はビクリと肩を震わせた。
双子は大広間あたりで歓迎されているところだろうし、事情を知っているフォルテは目の前に居る。
それじゃあ、今この部屋を訪れてノックしたのは一体誰だ?
俺は恐る恐る扉の方に視線を向けて、ゆっくりと扉が開いていくのを緊張気味に見つめる。

「こっちはギブソンの旦那とミモザの姉御、この屋敷の主だ。二人にだけは事情を話してある」

開いた扉の向こう側にいたのは、ギブソンとミモザだった。
考えてみればフォルテもこの屋敷に逃げ込んでいる身なのだから、家主の許可と理解は必要に決まっている。
緊張させていた身体から力を抜いて、大きくため息をついた。
同じタイミングで、なぜかちょっとびっくりした顔をしていた二人もいつも通りの表情に戻っていた。

「……ギブソン・ジラールだ。彼女の様子はどうだい?」

「はじめまして、といいます。傷は多少開いていましたが、そこまでひどい状態じゃありません。このまま寝かせておけば大丈夫でしょう」

「ちょっとでも悪くなったら声をかけてね?ギブソンがなんとかするから」

俺の説明にすんなり引いてくれたギブソンとミモザに内心ホッとした。
正直なところ、自分たちの体を作り替えているかもしれない召喚術というものに今は少し距離を取りたいと思いっていたところだ。
それにそもそも召喚術では傷を塞ぐことは出来ても、その傷が原因の発熱を治療することは難しいわけだし。

「ちょっと向こうの様子を見てくるんで、ここは旦那たちに任せていいかい?」

「ええ、どうぞ?私達も少し、彼と話をしたかったところだし」

そう言ってミモザは俺達の方を見てなにか企んでいそうな顔でにまりと微笑んだ。
え、あれ、ちょっとまって俺に何を聞くことがあるっていうんだ!?
ちょっと待ってフォルテ俺を置いて行かないでくれよ!!
……なんて心の叫びなんて届くはずもなく、バタンと扉を閉める音が無情にも部屋に響いた。

「……さて、ちょっとお話しましょうか……君?」

あ、俺、死ぬかもしれない。


   *