逃亡計画


駐屯地からここまで私達を運んでくれた軍馬は、鞍や装飾品を取り除いて売り払った。
デグレアを象徴するような紋章は見当たらなかったけれど、作りの違いで由来が知れたり私達が売ったものだという痕跡を残す訳にはいかない。
売ったお金で服や武器を買い直し、それまで身につけていたものは馬から取り外したものと一緒に捨てる。
ある程度身の回りの整理がついたところで、夜通し馬を走らせた疲れを癒やすために食事を摂った。

「あー…一段落ついたなー」

「でもいつまでものんびりは出来ないわ。ゼラムなんてがっつり拠点にされるんだから、さっさとトンズラしないと見つかっちゃう」

「そーするとファナンも拠点になっちゃうし…やっぱサイジェントかぁ」

行儀悪くフォークを咥えたまま喋るは、思案げに眉根を寄せた。
今のストーリーには直接関わることのない町、サイジェント。
護衛獣がレオルドとレシィだったことから番外編でもないし、少なくともトリスたちがサイジェントに来ることはないだろう。
しかし一番の問題は、サイジェントまでの移動だ。

「サイジェント遠い!旅していくにしても食費宿泊費にもろもろ諸経費かかるだろ?」

「バイトするにも、パッフェルさんを回避するのは無理よね、どう考えても…」

それ以外の資金調達法といえば作中のフォルテと同じ、つまり野党退治。
退治を依頼されている悪人を倒してお金が手に入るなら、社会貢献にもなるし私達も潤うしで誰も損はしない。
しかし、私とが二人で野党退治というのはどう考えても目立つ。
そもそも野党退治もフリーバトルとしてトリスたちも利用するから、遭遇する可能性だってあるのだ。

「でも、他に方法ないよなー…変装したらなんとかなんない?」

「変装しても、多分フォルテは騙されてくれない気がする…。召喚されてからフォルテの前で戦ったりはしてないけど、暫く一緒に行動してたから動きの癖とか見ぬかれてそうだし…」

「フォルテかー、味方だと頼れる兄貴なんだけどなぁ」

作中ではひょうきん者でケイナに殴り飛ばされるフォルテだが、出自は高貴だし冒険者としての知識も経験も抜きん出ている。
巫山戯ながらも常に周囲に気を配っているし、癖や傾向なんかを把握する能力は他の誰よりも高い。
実際に、トリスやマグナの戦闘の癖でスキになる部分を指摘している場面を見たことがある。
じゃあ一人で野党退治ができるかといえば、流石にそれは無理な相談だ。

「んー、本当に前途多難………んっ!?」

が突然私の後ろを見たまま、ぐっと食べ物を喉に詰まらせる。
苦しそうに胸を叩きながら水を飲むの視線を追って振り返り、そして私も思わず口の中のものを詰まらせそうになった。
視線の先には街中で明らかに浮いているボロボロの格好と鋭い眼光、特徴的な前髪。
そっくりな顔立ちと対照的に正反対の色をしている髪が、ひょこりと揺れる。
やばいやばい、私は顔がバレてるというのに見つかったらスタートする前にこちらの計画が頓挫してしまう。
不自然でないように身体の向きを戻そうとした瞬間、なんということだろう、ロッカがこちらを向いてしまった。

「貴女は…レルムの村に来ていた!?」

そう、そこに居たのはアメルを逃がすためにレルムの村に残っていたロッカとリューグだった。




















やっとの思いでゼラムまで逃げてきた僕達の前に現れたのは、アメルを逃すのに協力してくれたマグナさんたちと一緒に居たという人だった。
あの時には姿を見なかったし、彼らもさんを探していたけれど、どうやら無事に逃げられていたらしい。
隣には見知らぬ青年が居てリューグが警戒しているが、さんがマグナさんたちと居るよりも安心したような様子を見せているから、恩人かなにかなのだろう。

「それにしても安心しました。貴女も無事だったんですね」

「はい、なんとか…。ちょっと散歩をしていたら突然襲撃が始まってしまって…その、私、怖くなってしまって……」

「そうやって森のなかを逃げている彼女を、俺が見つけたんです。危なっかしかったので、一緒にゼラムまで逃げてきたところにあなた達に会ったんですよ。いやぁ、偶然って凄いですよね」

口ごもる彼女の言葉を引き継ぐように、青年が口を開いた。
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべた青年は名前をと名乗り、実はさんとは以前からの知り合いなのだという。
マグナさんたちよりもさんの方が付き合いが長いから、彼女も安心した様子を見せているのだろう。
彼らと共に行動していてもどこか心を開ききっているようには見えなかったさんが、全てを任せきったようにさんが喋るのを見つめている。

「それで……さんも、彼らを探しているんですよね?」

さんとマグナさんたちは確かに信頼しきっている関係ではなさそうだったが、同時にたまたま一緒に行動しているだけの他人という関係にも見えなかった。
それならば無事を確認した今、彼らと合流するのが道理だろう。
しかし僕がそう口にした瞬間、さんは表情を曇らせた。
さんも困ったように眉根を寄せて、言葉を選ぶように言葉を濁らせる。

「テメエら仲間なんだろ、合流できねえ後ろめたい理由でもあるのかよ?」

「おいリューグ、失礼だろ!」

「兄貴こそコイツらの言うことをそのまま信じるつもりか!?一緒に合流してた連中からコソコソ隠れる理由なんざ、見つかったら困るような後ろ暗い事がある以外に何があるってんだよ!」

激高するリューグに、それでもさんは俯いたまま反論も口にしない。
困ったようにリューグとさんを見比べていたさんが、止まらないリューグの台詞に小さくため息を付いた。
それにリューグが更に勢いを強めそうになるが、それを止めるように彼はまっすぐリューグを見つめる。

「………理由ならあるさ。は、あの中に居た召喚師に召喚されてるんだ」

彼のその言葉に、流石にリューグも驚いたように言葉を止める。
それはもちろん僕も同じだ。
他の誰とも変わらないように見える彼女が……召喚獣?


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