3...Homework.







「あ、リーマス。オハヨ。」


「あ……おはよう、。」


躊躇いがちに微笑むリーマスを、ボクはゴブレットの中の牛乳を飲みながら 見つめた。
あれから…つまり、組分けの後だけど、それからボクは悪戯仕掛け人達と行 動を共にするようになった。
そして大広間で食事の際の席順は、いつも同じ。
ボクはシリウスの隣で、シリウスの前はリーマス、その隣にピーター。
何でこの席順かと尋ねれば、僕らの好み上の都合と言うこと。
つまり、甘党のリーマスの隣には座れない、と言うことだ。
ポケットに菓子を忍ばせ、食事の際は寄り甘いモノを探し求めるリーマスの 傍は、甘いモノ嫌いの人間にとっては拷問に等しい。


「そういや、夏休みの宿題のレポート、そろそろ帰ってくるよね?」


新学期が始まってもうすぐ一週間だ。
徐々に教科書と共に進むようになった授業に胸を躍らせながら、それと同時 にその宿題が帰ってくるのも心待ちにしていた。
ボクがうきうきしているのが解ったらしく、シリウスが隣で怪訝そうに見つ める。


「確かにそろそろだろうけど…何でがそんなこと気にすんだよ?まさ か留学生に夏の宿題は出してねぇだろ?」


「ああ、出されなかったさ。だけどボクが、やりたいってダンブルドア校長 先生にそう言ったんだ。せっかくホグワーツに来たんだ、腕試し…っていう か、とにかく比較したかったんだよ。」


ボクの言葉に、悪戯仕掛け人は信じられないモノを見るように目を見開いた 。
普段あまり感情を表に出さないリーマスでさえ、ぽかんと口を開けていたほ どだ…まったく、失礼な。
ダンブルドア校長先生も驚いたような顔してたけどさ。
組分けの儀式が始まる前、ボクは先生に宿題の件について聞き、そして先生 は受け入れてくれた。
さすがに全部の宿題をやるのは無理だったから、魔法薬学と魔法生物学、そ れに数占い学だけをすることにしたのだ。
それでも全ての宿題を終えるのに4日もかかってしまった…先生方はやけに驚 いた顔をしていたけれども、何か問題でもあったのだろうか?


「たしか、今日は一時間目から魔法薬学だろ?もう、楽しみで楽しみで…… 」


「勉強が好きだなんて、イカレてる!」


シリウスが大げさに身震いをして、ジェームズが笑った。
だけどボクはじとっと二人を見つめる。
大体、こんなにふざけてる人たちが主席と次席だなんて…。
視線に気付いたらしく、ジェームズが笑うのを止めた。


「随分と心外そうな顔だね?」


「当然。君たちが主席と次席だなんて、信じられないよ。」


「授業なんて、教科書読めば解るじゃねぇか。なぁ、ジェームズ?」


肩をすくめるシリウスを見て、リーマスがため息を付いた。
こんな事さらりと言えるのはやっぱり頭の作りが違うのか。
この2人が相手だと、前の時代のような成績は見込めないな…ボクは小さくた め息を付いた。


「じゃ、ボク先に寮に戻るよ。寝坊して、授業の準備がまだなんだ。」


それだけ言って、ゴブレットの中の最後の牛乳を飲み干し、席を立った。
シリウス達が不満げに声を漏らしているのを背後に聞きながら、大広間を後 にする。
それにしても、彼らと居ると本当に楽しい…特にフィルチから逃げていると きが。
あの奇抜な発想と、それを実現できる頭脳。
悪戯っ子の割にジェームズは主席でシリウスは次席、リーマスも成績はよい 方だと聞く。
ピーターは頑張っているらしいが…。
それにしても、魔法薬学のレポートはどんな感じだろうか?
魔法薬学は得意な教科ではあるが、ジェームズ達の素晴らしいできの頭と比 べると、肩を落とすばかりである。
返されたら、ジェームズとシリウスのレポートを見せて貰おう…。


バサバサバサッ!


そんな思考を遮ったのは、教科書類が落ちる音。
振り返ると、そこにはグリフィンドールの制服を着た複数の男子と、その前 で教科書を拾う一人のスリザリン生がいた。
きっと、あの教科書が落ちたのはグリフィンドール生によるものだろう…。
ボクはため息を付いて、踵を返した。


「大丈夫?手伝うよ。」


ひょいっと教科書を拾い上げると、スリザリンの男の子はびくっと肩を震わ せた。
随分と小柄な少年で、きっとボクより年下だろう。
対してグリフィンドール生の方は、5年か6年生。
こっそりとため息を付いて、拾い集めた分を差しだした。


「はい、どうぞ。…大丈夫だった?」


「だ、大丈…夫……で、す…」


「あーあー…女に助けられてやんの。」


嘲笑うような声が近くで聞こえた。
そして無遠慮に腕がボクの肩を掴み、引き寄せる。
下から無言のまま睨み付けるが、男は手を離そうとしない。


「何でこんなトロい奴を庇うのさ?アンタもグリフィンドール生だろ?」


「……今初めて、グリフィンドールに入ったことを後悔しました。まさか貴 方みたいな人と同じ寮だとは。」


無表情のまま肩をすくめると、男の眉根がひくっと揺れた。
肩に置かれた手を払って、既にスリザリンの少年が居なくなっているのを確 認し、男を見上げた。
未だ口元には皮肉げな笑みが張り付いている。


「それではボクはこれで。次の授業の支度がありますから。」


「おい…待てよ。留学生だか知らないが………上級生に対する発言じゃない よなぁ?」


がしっと、今度は腕を掴んできた。
今度は不機嫌さを隠すことなく男を睨む。
仲間がにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
朝食帰りの生徒達も、少しざわついている。
そのざわつきに耳を傾けると、目の前の男達はグリフィンドールでも評判が 悪い6年生らしい。


「ボクは、敬意を払う価値がある人にしか敬意は払わない主義なんです。だ って、勿体ないでしょう?」


無表情のままそう言うと、周囲のざわめきが大きくなった。
中には小さく悲鳴を上げる生徒もいる。
ボクの腕を掴んでいる男の眉が、さっきよりも大きく跳ねた。
後ろの取り巻きが顔を歪め、懐からこれ見よがしに杖を出している。


「いい加減、離していただけません?ボクだって暇じゃないんです。」


その一言が最後の砦を破ったらしい。
男がぎりぎりとボクの腕を握りしめた。
その顔は怒りで紅く染まっている…空いている方の手で、荒々しく杖を取り だした。
先生を呼んだ方がいい…そんな声がざわめきの中に聞こえる。
全く、馬鹿馬鹿しい。
ボクは空いている腕をポケットの杖を取るためには使わずに、捕まれている 腕の方に動かした。
ボクを掴んでいるその腕に触れて…。


「いだだだだだだッ!?」


ぎりぎりとその腕を捻り上げた。
取り巻きも周囲の見物客も呆然とする。
小娘だと甘く見たのが馬鹿だった…これでも護身術は身につけているのであ る。
至近距離なら、相手が呪文を唱えるより早くその身体を地に伏せられる自信 もある。
ひねり上げた腕を引っ張り、男の身体を取り巻きの方に…まさに呪文を唱え て打ち出そうとした男達の方に向けた。
こうすれば呪文からの盾にもなる。


「それでは、失礼します。急ぎますので。」


腕を解放し、バランスを崩して廊下に倒れる男を一瞥して、ボクは背を向け た。
取り巻きが杖を向けようとするが、そのころにはボクは雑踏に紛れている。
はッ、弱い奴は良く吠えるとはこのことだ。
上向き加減だった機嫌が一気に急降下し、ボクは無表情のまま寮を目指した 。















、大丈夫だったかい?あいつ等に絡まれたって聞いたけど……」


「……?あぁ、あの短絡思考のお気楽野郎ね。」


「うわぁ………言っちゃった。」


肩をすくめると、尋ねてきたジェームズは苦笑した。
皆が食べ終わる時間よりも前の出来事だったために見物客はそう多くなかっ たが、それでもある程度いたのは確かだ。
そのために今は、その話で持ちきりである。
教授がまだ現れていない地下牢で、授業の始まりを待ちながら皆が囁き、時 折ボクの方を指さしてた。
ボクは片眉だけを跳ね上げる。


「腕に跡が残ってるんだ、あれくらいで済ませただけ、感謝して欲しいくら いだね。」


「………、見た目に寄らず結構物騒なんだね…」


「君たちには負けると思うけど?」


掴まれた右腕には、くっきりとあの男の手形が残っている。
放っておけば消えるだろうが、消えるまでにまた会えば、今度は何をするか 解らない。
……消えた後だろうが、変わらないような気もするけど。


「ノルウェーの森に住んでるって言っただろう?あそこは、野生の魔法生物 の絶好の住処だから、自衛のために習わされたんだ。まあ実際、そのおかげ で助かったことも一度じゃないしね。」


「野生の魔法生物……って、人狼みたいな?」


突然会話に参加してきたリーマスを見ると、彼は驚きに目を開いていた。
自分が何を言ったのかを理解し切れていない様子で、どうやら無意識の反射 的な発言らしい。
ボクは苦笑してリーマスを見やった。


「何言ってるんだよ、リーマス?人狼は満月の夜にしか変身しないし、第一 それ以外の時は人間なんだから、いる訳無いじゃないか。」


「そ…う、だよね。はは……ゴメン、急に変なこと言って。」


「別に?」


ボクがそう言うのと、魔法薬学の教授が入ってきたのはほぼ同時だった。
捻っていた半身を元に戻し、その手にある大量の羊皮紙にボクは顔を輝かせ る。
その様子に相変わらず隣に座っているシリウスが嫌そうな顔をしたが、きっ ぱりと無視した。


「夏休みの課題を返却する……呼ばれた順に取りに来なさい。」


名前の順ではないらしく、Lの次にWが来たりと、変則的に名前を呼ばれて いた。
途中シリウスの名も呼ばれ、彼は気怠げに受け取りに行く。
シリウスが席に戻ったのと同時に、今度はボクの名前が呼ばれた。
うきうきして取りに行くと、何故か教授はボクのレポートを見て、驚いたよ うな顔でボクの顔と見比べた。


……君はこのレポートを、本当に4日間で仕上げたのか? 」


「違います、教授。魔法薬学のレポートは一番最初に終わらせましたから… かかったのは2日です。」


なんだか周りがざわついた。
首を捻りながらも、教授の顔をじっと見つめる。
教授は動揺しながらも、レポートを返してくれた。
呆然とした声で呟く。



「見事だ……満点。」



喜びに浮かれて席に戻ると、シリウスとジェームズがボクの顔をじっと見つ めていた。
かなり驚いている様子で、その表情が何とも言えず面白い。
こっそりと優越感を噛みしめる。
シリウスが瞬きをして、僕の手からレポートを抜き取った。


「……満点。」


「信じられないよ、!君は本当にこのレポートを2日で終わらせたのか い?」


「…それが何か問題でも?別に、そう難しい問題でもなかっただろ?」


首を傾げながら言うと、シリウスとジェームズが大げさにため息を付いた。
ボクにレポートを返して、それからもう一度ため息を付く。
何を言っているんだろう、この主席と次席は?


「そう言う君たちはどうだったんだ。シリウス、君はもう返ってきただろ? 」


「別に、満点だけど。」


「だったら僕にどうこう言わなくてもいいじゃないか?」


ジェームズの名前が呼ばれ、彼が席を立った。
彼らがレポートで満点を取るのはいつもの事らしく、教授も何も言わない。
ボクはここに来る前はなんとかという田舎の魔法学校に通っていたという経 歴になってるから、そのせいか。
ジェームズのレポートもやっぱり満点だった…それなのに、どうしてボクが 満点だと驚くのだろう?


「そんなに、ボクは勉強できないように見える?」


「いや、そうじゃないよ。ただ…凄いスピードだな、と思って。さっき見せ て貰ったけど、本当に正確な内容だし……何処であんないい本を見つけたん だい?」


ああ、そういうことか。
ボクはそういえば言ってなかったなと思い、くすくす笑う。
シリウスが憮然とした顔をしたので、笑いを押しとどめた。


「ボクの場合、家の近くにはたくさん の薬草が生えているし、野生生物からはたくさんの貴重なものが採取できる 。入学前の学生も、魔法を使わない薬剤の調合は違法でも何でもないって事 さ……。」


「それじゃあ、何か?小さい頃からやってるから、だから得意って事か?」


「小さい頃は、それは失敗だらけだった。だけど、その失敗で多くのことを 学んだ…それが今に生かされていると言うことだよ。加えて言うなら、薬を 買いに行けない環境だったって言うのも理由の一つ。」


森のそれなりに深いところに住んでいたから、人里に行くのは多大なる労力 を使うのだ。
マグルの街ばかりだから魔法薬も売ってない。
きちんとした薬を買おうと思えば、やっぱりイギリスまで行かなければいけ ない。
薬学の才能を欠片も持っていない父の代わりに、ボクが独学で薬を作ってい たのだ。
幸い本はたくさん家にあったし、材料にも恵まれている。
爆発音を響かせても迷惑がる隣人もいなかった。
そう説明すると、シリウスとジェームズは互いに見つめ合い、深いため息を 付いた。


「つまり、魔法薬学はの領域って事だね。」


何故か残念そうに呟くジェームズに、リーマスが笑った。
後ろを振り返ると、リーマスがこっそりと耳打ちする。


「あの二人は、に"自分たちの凄さ"を見せつけたかったんだよ… のレポートが悪ければ、満点の二人を尊敬するだろう、ってね。」


リーマスの言葉に、ボクはぷっと笑った。
まるで子供みたいだ…そう思っていると、教授が次の名前を呼んだ。


「次……セブルス・スネイプ。」


さぁっと冷水が胃に流し込まれた…そんな気分だ。
そうだ、魔法薬学はグリフィンドールとスリザリンの合同授業…。
筋張って生気のない顔、脂っこい髪、鉤鼻。
部品ごとに見れば見慣れているモノだが、そこに若さが加わるとかなり印象が違う。
これが、スネイプ教授の学生時代…何となく、罪悪感を感じた。
リリーの話だと、シリウス達はスネイプ先生を虐めていたらしい。
つまり、ボクもそれを見ることになる…見ずにいるということも可能だが、それは彼ら を野放しにすると言うことだ。
それは絶対にいけない。
彼らには、その行動を諫める係りが必要なのだ。


「見ろよ、スネイプのあの顔…陰気臭くて嫌になるぜ。」


シリウスはあまり声を抑えずに言った。
近くの席のグリフィンドール生がくすくすと笑う…もやもやとした気分が胸に生まれる 。
スネイプ先生は無言のまま自分の席に戻った。
そこまで目で追っていると、リーマスの不思議そうな顔が視界の端に映る。


「いや…その。彼は誰と座っているのか、気になってね。」


「はッ、スネイプの奴と同じ席に座る奴なんかいねぇよ。」


また、胸が重くなる。
曖昧に微笑みながら、ボクはもう一度スネイプ先生を盗み見た。
確かに彼は一人で席に座っている。
周囲のスリザリン生も、全く彼に話しかけていない。
セブルス・スネイプと関わると悪戯仕掛け人に目を付けられるとでも噂になっているの だろうか?
グリフィンドール生をねちねちと虐める彼だが、それでもボクはその優しさを知ってい た。
ボクが魔法薬学が得意だと知ると、時折授業の後に呼び出し、専門的な…ボクの家にな いような本を貸してくれた。


(黙って見過ごすなんて…出来ないね、やっぱり。)


黒板に現れた調合の一覧を見て、ボクはため息を付いてから羊皮紙を引っ張り出した。



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スネイプ先生にはいろいろと恩義を感じてるんです。
それにしても、7歳とか8歳が調合する薬…彼女の父はそれを
飲んでいたのでしょうか?(私なら怖くて飲めない…)