4...Kitchin. 「もうクィディッチのシーズンだね。」 十月に入り、ジェームズがわくわくとした様子で言った。 聞いた話だと、ジェームズはチームのシーカーらしい。 しかしジェームズの隣で同様にわくわくとしているシリウスを見て、彼も選 手なのかも知れないと思った。 「シリウス、君もメンバーなの?」 「ああ、オレはビーターだ……は、前の学校でクィディッチはやらなかったのか?」 「やってないよ。」 そう言うと、二人は驚いたような表情を作る。 何に対して驚いているのだろう、この二人は? 「あれだけ上手に箒に乗れて、クィディッチをやってない!?なんて勿体な いんだ!!」 「や、だって、チームワーク苦手だし。」 同年代の知り合いが全く存在しない環境で育ったボクにとって、団体行動は 酷く辛いモノだった。 今でも、団体競技とかそう言うのは向いていない。 列車の中でフレッドとジョージに声を掛けられていなかったら、未だに友達 も出来てなかったかもしれないなぁ。 クィディッチといえば、どんな競技よりもチームの団結を必要とする競技で ある。 シーカーはチームの信頼を全て背負っているわけだし、ビーターも味方を守 るのだから、重要なポジションだ。 仲間への思いやりは溢れているこの二人に、クィディッチはいい競技だろう 。 ……クィディッチで疲れれば悪戯も出来ないかも知れないし。 「クィディッチか……友達はビーターやってたけどね。練習に付き合わされ たりもしたけど…ボクには向かないよ。」 「何だ、残念。あの箒裁きを試合に利用できたら、グリフィンドールに負け はないだろうに…。」 「人には向き不向きってモノが存在するんだよ。」 「………お前が言うと、その台詞嘘臭い。」 半眼で呟くシリウスに拳をお見舞いして、それからボクは談話室の窓から競 技場を見つめた。 クィディッチシーズンになると、いつもフレッドとジョージがはしゃいでい た…今年こそ、我らがチームは優勝だ! そして試合の後は真っ先に駆け寄ってきてくれるのだ。 "俺達のプレーを見たか?最高だっただろう!" そんな些細なことを思い出してしまう。 ただ時代を遡るだけなら良かったのかも知れない…こうしてホグワーツで生 活していると、いろいろな思い出がよみがえってくる。 日常が日常じゃなくなり、変わっていく…。 グリフィンドールの談話室も、僕たちの時とは少し違っていた。 ソファの位置とか、壁の染みの具合とか。 どうでもいいことすらも気になり、色々と思いだしてしまう…ホームシック だろうか? 「……?」 「え?ああ、ゴメン…前の学校のこと、思い出してた。」 「ホームシックか?」 「うっさい」 にやりと笑うシリウスを無視して、ボクは髪をがしがしと掻いた。 そうだ、ボクは思い出さなきゃいけない…。 最近まですっかり忘れていたことを思い出した。 早く思い出さないと、元の時代に戻れなくなる…それはイヤだ。 確かにこの時代も面白いけれども…やっぱり、元の時代がいい。 フレッドにジョージ、リーがいて、4人で馬鹿なことで笑って。 ノルウェーに帰ると阿呆な父親がいて、周りにはたくさんの人たちが…。 ああ、本当にこれはホームシックだ。 「……寝てくる。」 「え?、もうすぐ夕食だよ?」 「あんまり食欲無いから。」 背中を向けてひらひらと手を振った。 そのまま女子寮の扉を開き、階段を上っていく。 自分の部屋に辿り着き、ベッドに倒れ込む。 ぼすん、と音がして、少し埃っぽい布団の臭いがした。 布団に横たわると、眠る気がなくても眠くなる。 疲れていないつもりで、実は疲れていたのかも知れない…ある意味、慣れな い生活に。 ゆるりと寄ってくる眠気に、ボクは身を委ねた。 ふと、目を開けると、既に同室の子達は眠っていた…随分と寝たらしい。 枕元の時計(これもダンブルドア校長がくれた)を見ると、もうすぐ日付を 越えるところ。 そう言えば制服のままだったと気づき、音を立てないようにシャワーを浴び た。 制服をハンガーに掛けてパジャマ代わりの普段着を着て、何となく小腹が空 いたので談話室に降りた。 誰もいないだろうと思っていたが、そこには一人だけ、誰かが宿題をやって いる。 リーマスだった。 「リーマス、宿題?」 小さく声を掛けると、リーマスは驚いたように振り返った。 すとんとリーマスの隣に腰掛けると、彼の目の前の机には魔法薬学の教科書 。 そういえば、他の教科はそうでもないのに、魔法薬学は得意ではなかった気 がする。 リーマスはボクの顔をじっと見つめた。 「?…食欲がないって聞いたけど、大丈夫?」 「うん、平気。そのせいで今小腹空いちゃって…紛らわそうと、談話室に来 たんだ。」 厨房に行こうと思った、とは言えない。 厨房への行き方を知っているものは少ない。 つい一月前にここに留学してきた生徒がそれを知るはずもない。 はにかむようにして笑うと、リーマスは何かを思いついたかのように席を立 った。 「ちょっと待ってて。」 そう言って、彼は男子寮に戻っていってしまった。 その後ろ姿を見送って、机の上の魔法薬学の教科書に目を落とす。 何となく流し読みしていると、リーマスはすぐに戻ってきた。 手に何か握っている。 「ジェームズから借りてきたんだ…"透明マント"だよ。これを使えば、見つ からずに厨房まで行ける……」 「え…わざわざ借りてきてくれたの?」 「代わりと言っちゃ何だけど…宿題、教えてくれない?魔法薬学は苦手なん だ。」 にっこり微笑んだリーマスを呆然と見つめる。 それからじわじわと喜びが溢れてきた。 ボクはリーマスににっこりと微笑んだ。 「ありがとう、リーマス!」 「どういたしまして…それじゃ、行こうか?」 一瞬一人で行けると言いそうになるが、慌てて言葉を飲み込んだ。 ボクはまだホグワーツに来て一月の留学生だ…。 こくんと頷いて、ボクはリーマスの隣に並んだ。 ボクはリーマスに近寄って、リーマスがマントを被せる。 離れると大変なので、ボクはリーマスの手を握った。 リーマスは驚いたようにボクを見たけど、すぐに微笑む。 談話室から出て、夜の廊下を二人で歩いた。 「、大丈夫?寒くない?」 リーマスが耳元で囁く。 声を聞かれないようにしたんだろうけど、少しくすぐったかった。 頷くと、リーマスは微笑みを返す。 本当に、良く笑いかける人だなと思った。 見慣れた食べ物の絵がたくさん飾られた廊下を進み、目的の絵に辿り着いた 。 絵の中の梨をくすぐると、梨が笑いながら身を捩り、ドアの取っ手になる。 驚かないと変なので、ボクはほぅっとため息を付いた。 「さあ、入ろう……」 マントを脱いで、厨房の扉を開いた。 夜遅いにも関わらず、屋敷しもべ妖精は動き回っている。 ボク達が入ってきたことに気付いて、妖精達が大慌てで挨拶をした。 何人かの妖精が寄ってきて、リーマスに用件を聞く…リーマスは良く厨房に 来ているらしい。 「えっと、温かいスープってあるかな?」 「それと、ボクにはチョコレートケーキを。」 それを聞いたしもべ妖精達は、嬉しそうに厨房内に散った。 傍にあったテーブルに椅子を引いて座ると、あっと言う間に目の前に湯気を 立てる美味しそうなスープと、甘そうなチョコレートケーキが並ぶ。 その香りが食欲を誘い、ボクはスープ一皿をぺろっと平らげてしまった。 お変わりを尋ねてくる妖精にボクは微笑みながら首を振り、礼を言う。 リーマスもケーキを食べ終えていて、持ち帰りように少しお菓子を貰い、ボ ク達は厨房を後にした。 「わざわざありがとう…宿題やってたのに、申し訳ない。」 「いいんだよ、僕も何か食べたかったところだし…。」 談話室に戻り、机の上に広げたままの宿題を見てソファに座った。 リーマスはボクをちらっと見つめる。 たぶん、今から聞くか、明日にするかを迷っているのだろう。 ボクは微笑みを返した。 「多分すぐに終わると思うから、今からやっちゃう?…それとも、リーマス はもう寝る?」 「ううん、がいいなら…今から、お願いできるかな?」 「大丈夫だよ。」 そしてリーマスに一通り教えて、宿題が終わったところでリーマスと別れて 女子寮に入った。 階段を上り、そっと部屋に入る…出たときと同じで、誰も起きていなかった 。 ボクは寝る支度をして、布団にはいる。 リーマスはいつでも優しいな…彼が悪戯仕掛け人のメンバーだというのは、 少し信じられない気もした。 目を瞑り、眠りの体制に入る。 夕食前に感じていた空虚さは、少しだけ薄らいだ気がした。 |