5...Special drink. ぐつぐつと鍋が煮える。 その様子をじっと見つめて、ボクは薬草を手に取った。 全体から泡が噴き出すのを見て、さっと薬草をいれて掻き混ぜる。 それまではドロドロとした緑色の液体だったものが、薬草をいれた途端にオレンジに変わり、 まるで水のようにさらさらとした液体になった。 「よし………完成!」 手早くその液体を瓶に流し入れて、きゅっと蓋をした。 ふぅと小さく息を付いて、杖を振って鍋を綺麗に片づける。 それからボクの方を興味津々に見つめている屋敷しもべ妖精に目を向けた。 「ありがとう、場所を貸してくれて…迷惑だったろう?」 「いいえ、滅相もありません!お嬢様のお役に立つことが出来て光栄でございます!!」 甲高いキーキーとした声で、一番近くにいるしもべ妖精が応えた。 ボクはお礼を言って、厨房を後にする。 今日は前回みたいにリーマスもいないし、透明マントもない。 ボク自身の力で進むしかない。 (まぁ…簡単なことだけどね) ボクはゆっくりと、談話室に向かう。 廊下の窓からは、大きな満月が顔を覗かせていた。 朝、談話室に降りると、少し疲れた顔の悪戯仕掛け人達がいた。 ただしリーマスはそこにはいない。 お母さんの具合が悪いとかで、実家に帰っているのだ。 「オハヨ…どうしたのさ?みんな揃って疲れた顔で。夜更かしでもしてたの?」 「あぁ、……悪戯の計画を立ててたんだけど、なかなか良い案が浮かばなくてね… 気付いたらかなりの時間で。」 肩をすくめたジェームズも、時折眠そうに欠伸をしている。 ピーターなんかはソファに座ったまま頭を前後に揺らし、居眠りをしていた。 シリウスも眠そうだ…ただし彼の場合、眠そうではなく不機嫌そうに見えるのだが。 「リーマスは、そろそろ帰ってくるんだよね?」 「そんなに長くは居ないって言ってたしな、アイツも。そろそろじゃねーの?」 「大丈夫かなぁ……」 「酷く悪い訳じゃないってリーマスも言ってたし、大丈夫じゃないかな?」 ジェームズの言葉に、ボクはきょとんとしてジェームズを見つめた。 それから、言葉が足りなかったことに気付く。 「あー違う違う。ボクが心配してるのはリーマスのお母さんじゃなくて、リーマス自身のこ と。」 ボクがそう言うと、シリウスとジェームズが目を見開いた。 二人で視線を合わせ、もう一度ボクを見つめてくる。 何を驚くことがあるのだろうか? ボクはため息を付いた。 「だってリーマス、ここ最近顔色が悪かっただろう?それなのに看病に行って…むしろリー マスの方が 看病されそうだよ。」 言いたかったことが伝わったらしく、ジェームズとシリウスが苦笑した。 再び二人で視線の会話絵をして、ボクを見る。 シリウスが盛大に欠伸をした。 「大丈夫だって……リーマスだって、そんなにヤワじゃねぇよ。」 シリウスがそう言ったのを最後に、ジェームズがピーターを起こし、朝食に向かうことにな った。 リーマスは居ないために、ボクの正面にはピーターが座る。 相変わらず隣で欠伸を連発するシリウスにボクは軽くため息を付いた。 シリウスはかなり整った容姿とその家柄(本人は嫌っているが)、それに成績優秀なことも 相まって 女の子に大人気だ。 こうして行動を共にしているボクからしてみれば、そんな神経が信じられないけれども。 まぁ、恋愛なんてボクには無縁の話だし、関係ないか。 「………オイ、?」 「へぅ?…なにさ、シリウス?」 何故かボクの目の前の皿を睨み付け、シリウスが眉根を寄せた。 なんだ?朝からチキンは食べてないぞ。 そんなボクの主張には気付かずに、シリウスは怪訝そうにボクを見た。 「お前、いっつも思ってたんだけど…そんなに朝飯少なくて、平気なのか?もっと食えよ。」 「………シリウス、ボクは育ち盛りの男の子じゃないの。君たちと違って小食なんです。」 「それにしたって少なすぎるだろ…肉食えよ、肉。」 「食べてるよ!…て、こら、シリウス!?朝からそんな分厚い肉が食えるかッ!!」 勝手にボクの皿に取り分けていくシリウスを慌てて押さえつける。 こいつ、フレッド&ジョージと同じ事しやがって…! ボクが生物学上は一応女だって事、忘れてるだろう、絶対。 不満そうにボクを見るシリウスを見て、ボクは盛大にため息を付いた。 「ボクはこれで充分なの!つかこれ以上食えないから。」 「まぁまぁ…でも、本当に大丈夫なの?」 「そうだよ!、凄く細いもん…」 …ピーター、君に比べれば……げふげふ。 細いのか?とシリウスを見れば、こくこくと大きく頷いてくれる。 ボクは首を傾げて、服の上から腕を触ってみた。 別に、細くないと思うけどな…むしろ太いぞ、これ。 「ちゃんと付いてるよ?筋肉。」 「………は?誰が筋肉の話なんかしたんだよ。」 「え?だって細いって言ったじゃないか。」 ほれ、とシリウスに腕を差しだしてみる。 一瞬怪訝そうにボクを見て、それからそっと二の腕に触れてきた。 無言のままボクの二の腕を見つめるシリウス…なんか傍目から見たら怪しいぞ。 「小さい頃から鍛えてるし、そりゃ余分な脂肪はないけど…だからって細くもないよ。 むしろ筋肉太りしてるって。」 「……………………」 シリウスは無言のまま、今度は己の二の腕に手をやった。 それから真剣な眼差しでボクを見る。 え、今度はなに…? 「、腹筋割れてるか?」 「「シリウス!?」」 ジェームズとピーターがげほげほと盛大に咽せた。 しかしシリウスは居たって真面目な顔をしている。 ボクは呆然としてシリウスを見つめた。 「…腹筋は、割れてないけど……」 「よし。」 「よしじゃないだろシリウス!?君は女の子に何を聞くんだい!?」 ジェームズがせき込みながらシリウスをまじまじと見つめた。 しかしシリウスは、何をそんなに驚くことがあるのか、とでも言わんばかりの顔。 器用に片眉だけを動かし、怪訝そうにジェームズを見つめた。 「別に、聞いただけだろ?何が悪いんだよ。」 「悪いって言うか、一般常識の問題だろパッドフット!」 慌てるジェームズと訝しげなシリウス。 そんな二人の様子を見つめて、ボクは噴き出した。 シリウスは何がなんだか分からない様子で、突然笑い出したボクを見ている。 抜けてる…!! シリウス、いつもは嫌みなくらい何でも知ってて、しかも両家の出身だからマナーとか綺麗 だし。 それなのに…それなのに…!! 「今、凄くシリウスに親しみを感じたよ…!!グッジョブ!!」 「いや、何がだよ。」 いやー最高だ! シリウスって…シリウスって!! 結局そのまま、朝食は終わったのだった。 シリウス=へたれ 素晴らしい図式が脳内に完成した。 「失礼しまーす…あれ、リーマス?」 奥にあるベッドのカーテンの隙間から、リーマスが見えた。 そちらに近寄ると、リーマスの苦笑が出迎えてくれる。 「お見舞いに行ったんじゃなかったの?」 「行ったよ…それで、今朝帰ってきたんだ。」 「………怪我して?」 リーマスの腕の所々に巻かれた包帯が痛々しい。 それでもリーマスは微笑む。 その顔はかなり青白く、微笑みも何処かぎこちなかった。 ボクはリーマスを見つめて、ため息を付く。 「良かったら、これ飲んで。…ほら、この間厨房まで案内してくれたお礼。」 「え?お礼って…宿題手伝ってくれただろう?」 たかだかあれくらいのことは、お礼に入らない。 なんといってもわざわざジェームズから透明マントを借り、そして道案内してくれた分が ある。 ボクは今日一日懐に入れていた瓶を取り出した。 オレンジ色の液体が入った瓶は、昨日の夜に作った液体が入っている。 「特製の栄養ドリンク。」 「……栄養ドリンク?」 「ちなみにオレンジ味ね。」 半信半疑でリーマスがボクの手元の瓶を見つめた。 ボクはリーマスにその瓶を手渡し、きゅぽっと栓を抜く。 ふわっとオレンジの香りがした。 「大丈夫、美味しいから。ボクの友人のお墨付き。」 「…苦くないんだね?」 「言っただろう、オレンジ味だって。疲れたときに効くヤツだから、今のリーマスには丁 度良いと思うよ?」 じーっと瓶を見つめるリーマス。 …そこまで警戒しなくても良いのになぁ。 しばらく迷った後、リーマスはそっと、瓶に口を付けた。 そして一気に中身を飲み干す。 全てを飲み下し終わった後、拍子抜けした顔でボクを見た。 「……美味しかった。」 「でしょ?ジュース感覚で飲める栄養剤。」 ボクがそう言って笑うと、今度はボクのことを怪訝そうに見始めたリーマス。 今度は一体何なんだ? 「…は、どうして保健室に?」 「へ?……あー、忘れてた。薬もらいに来たんだよ。」 「具合でも悪いの?」 現在進行形で調子の悪いリーマスに聞かれると、何とも言えない気分だ。 鎮痛剤だというと、リーマスは察してくれたらしい。 まったく、子供なんて作る気もないのに生理痛に悩まされるだなんて…滑稽な話だ。 ぐるりと保健室を見回すが、マダム・ポンフリーは居ない。 「薬品の補充に行くって、しばらく前に出ていったけど…そろそろ戻ってくるんじゃない かな?」 「ふーん…まぁ、後は夕食まで授業ないし、マダムが帰ってくるのを待ちますか。」 近くから丸椅子を引っ張って、リーマスのベッドの隣に腰掛けた。 それからもう一度リーマスの状態を確認する。 全ての傷はマダムによって処置が為されているので、どんな傷なのかは解らない。 けれどその処置済みの様子から、かなり広範囲な物だろうと思う。 「………痛そうだね。」 「そうでもないよ…もう、慣れたから。」 「…お見舞いに行く度に怪我してるの?一体どんな場所にあるのさ……」 呆れたようにボクが言えば、リーマスは悲しそうに微笑む。 その微笑みが、ちくりと胸に刺さった。 見慣れた表情だ…小さい頃から何度も見ている表情。 だからこそそれはボクの胸に小さな傷を作る。 「………?」 「…ゴメン、すこしぼーっとしてた……まだ、調子悪いんだよね?」 「うーん…だけど、のくれた栄養剤を飲んでから、何となく楽になった気がするよ。」 そう言って微笑むリーマスは、今度は悲しそうな微笑みではない。 ボクもくすくすと笑うと、扉の開く音がした。 カーテンから頭を突き出してみると、マダム・ポンフリーだった。 リーマスに軽く別れの挨拶をして、席を立つ。 「まあ、…一体どうしたんですか?」 「ちょっと鎮痛剤を戴きたくて……」 「鎮痛剤?…ちょっと待っていなさい。」 マダム・ポンフリーが鎮痛剤を探している間に、ボクは机の上の薬品を見た。 たくさんの薬品が並んでいる…そのうち一つは、使用に大いに注意する必要がある物で ある。 他にも、劇物に指定されそうな物も並んでいた。 毒と薬はコインの裏表のような関係だから、まあしょうがないんだけれど。 「はい、これが鎮痛剤…毎食後に一錠だけ飲みなさい。」 「ありがとうございます……それでは、失礼します。」 最後にリーマスの方を見て、ボクは保健室を後にした。 もうすぐ夕食だ…その前にもう一度、薬草を補充してこよう。 また、あの薬を作ることになるだろうから。 |