6...Quidditch.




「明日はいよいよクィディッチの試合だ!!」


朝から興奮気味に、ジェームズは呟いていた。
どうやらグリフィンドールチームの初戦らしい。
相手はハッフルパフとのことだ。


「怪我だけはしないようにね。マダム・ポンフリーに迷惑を掛けないように。今日も練習あるんでしょ?」


「俺達がそんなヘマするかよ、なぁジェームズ?」


にやにやと笑ってシリウスがジェームズの背中を叩いた。
いつもながらにハイテンションな二人は、手間がかかる。
授業中だってやたらそわそわしているし(これが主席と次席だと思うと泣けてくる)、休み時間なんかはもう凄い。
その二人が静かになったのは授業が全て終わってから…つまり、明日の試合前の練習時間になってからだ。
意気揚々と談話室を飛び出していく二人を見送り、ボクはため息を付く。


「今年は随分張り切ってるみたいだね、二人とも   …」


隣のソファに腰掛けたリーマスが、くすくすと笑いながら言った。
手には何やら分厚い本が握られていて、時折ページを捲る音がする。
もう一度、今度は小さくため息を付いて、ソファに腰掛けたまま上半身だけを捻った。
窓から微かに競技場が見える…しかし、さすがに何をやっているのかは見えない。
明日になれば試合という形で彼らの活躍を見ることが出来るだろう。
だけど……気になる。


「リーマス、ボク競技場に行って来るよ。誰かに聞かれたら、そう答えておいてくれる?」


「別に良いけど…練習見に行くの?」


「気になってしょうがないんだ。クィディッチファンなものでね。」


肩をすくめ、ボクは談話室を後にする。
歩き慣れた競技場への道を真っ直ぐ進んだ。
今頃双子はどうしているだろう…気にはなるが、前みたいに苦しくなることはない。
戻らなければいけない、それは解っているし、思い出す努力もしている。
だけど記憶に関して言えば、努力したからと言ってどうこうなる問題ではないことも知っていた。
自然に思い出すのを待つばかり…だからボクは、出来るだけたくさんのことに触れるようになった。
記憶を失う原因となったものに触れると記憶を思い出す、というのは良くある話らしい。
頭打って記憶を失った人が、もう一度頭を打って思い出す…というのもあるし。
そんなことを考えていたら、既にそこはクィディッチ競技場だった。
中から聞こえてくる練習の声に胸を震わせて、観客席に登る。


「うわぁ……」


その練習風景は、とにかく息をのむ物だった。
とにかくチームワークが良い。
互いが互いを思いやり、常にフィールド全体に目を向けている。
シリウスはブラッジャーを激しく打ち叩き、狙われている味方を完璧に守っていた。
いつもの軽薄な姿からは思いも寄らない、真剣な眼差しをしている。
ジェームズはのんびりと浮遊したり、突然急滑降したりを繰り返していた。
空中で宙返りをすることもあったし、彼が有名な技を見せたときは夢中で拍手もした。
そしてあっと言う間に、今日の練習時間は終わってしまった。
キャプテンらしい人がゆっくり寝ろと声を掛け、皆が寮へ帰っていく。
僕も帰ろうとすると、シリウスとジェームズが箒で近づいてくるところだった。


!!見に来てくれるなら、言ってくれれば良かったのに!」


「突然見たくなって…でも、やっぱり凄いよ!ジェームズなんて、あの技…難しいって評判なのに、完璧だった!!」


降り立った二人の肩を抱き寄せると、二人は当惑したように何度も瞬きをした。
さっきまでずっと練習していたため、二人はかなり汗を掻いている。
このままだと風邪を引いてしまう、早く風呂に入れなければ。


「二人とも、早く帰ろう!風呂に入って汗を流して、夕食はたっぷり食べて、早いうちに寝る!!明日の試合、凄く楽しみにしてるから。」


「………、クィディッチ好き…なのか?」


「ああ、大好きだとも!あんなにわくわくする競技は存在しないよ…ん?二人とも、どうしたのさ?そんな驚いた顔して。」


珍しく興奮しているボクを、二人はじっと見つめていた。
それからはっとして、ボクは二人に厳命する。


「さっさと風呂に入って、汗を流す!風邪引くよ!?」


そしてボクは二人を客席から追い出して、自分は寮へ戻った。
談話室に戻るとリーマスはまだ本を読んでいて、その隣に腰掛ける。
その少し後には二人が戻ってきて、それからすぐ夕食の時間になった。
ボクらは連れだって大広間へと向かう。
夕食の席で、シリウスとジェームズはやっぱり興奮気味だった。
しかし練習前ほどではなく、ボクは二人の食べるものを注意深く見ながら会話に参加していた。
チキンばかり食べるシリウスの皿にサラダを山盛りにしたりもした。
そしてそんな様子を、リーマスとピーターが不思議そうに見ている。


「それにしても、驚いたよ…がクィディッチファンだったなんて。」


「しかもかなり詳しいな。あの技は、あんまり知られてない。」


大量のサラダと格闘するジェームズとシリウスが、ボクを見て呟いた。
そりゃそうだ、と心の中で呟く。
森にいるときはクィディッチの存在すら知らなかったが、双子と知り合いになってからその楽しさを教えられた。
いろいろなチームの試合を見たし、双子のために色々調べたりもしたことがある。
小さく肩をすくめると、リーマスがじっとボクを見た。


「ビーターやってたって言う、前の学校の友達?」


「そ。入学するまではクィディッチなんて言う競技が存在することすら知らなかったよ…だけど、あいつらが楽しそうに話すもんだから。そのままボクもクィディッチに魅了されたって訳。」


そう言うと、リーマスは少し悲しそうに微笑んだ。
それがぎゅっと胸を苦しめる。
見慣れた笑顔…彼らが、あの場所の多くの人たちが浮かべる笑顔。
しかしシリウス達は気付いていないらしく、サラダに専念していた。


「そう言えば…来週末はホグズミードらしいね。」


「そうだね。……は許可証、貰ってるんだろう?」


「もちろん。あー、もう楽しみでしょうがない…!」


そこまで言って、浮かべた笑顔はそのまま、内心かなり動揺していた。
なんと言ってもボクは留学生…ホグズミードは知らないはず。
去年一年間で通い尽くした店も、何も知らないはずなのだ。
もちろん、ホグワーツの廊下から繋がる隠し通路も。


「リーマス、もし良ければ案内してくれる?……ほら、ホグズミード初めてだし。」


「僕で良ければ、喜んで。」


そう微笑むリーマスは、今度はきちんとした笑顔だった。
ホッとして微笑むと、いつの間にかシリウスとジェームズがボクらをじっと見つめている。
怪訝そうに隣に視線を向けると、シリウスはにやりと笑った。


「それじゃあ、俺達はお邪魔だな…来週は、二人で楽しんで来いよ。」


「溜まったレポートをやらなきゃね…ピーター、君も用事だろ?」


ジェームズもにやりと笑う。
シリウス達は行けないのか、残念だねと口にすると、二人は顔を見合わせ、リーマスを見た。
リーマスは何故か迷惑そうにシリウスとジェームズを睨んでいる。
よくわからないまま、騒がしい夕食は終わりを告げた。















その翌日、グリフィンドールの試合は素晴らしい物だった。
シリウスはとても優秀なビーターで、仲間の窮地を何度も救っていた。
ジェームズも時折フェイントで急滑降をしては、相手のシーカーを混乱させていた。
そして、試合が終わった後の談話室は、宴会状態だった。


「グリフィンドールの勝利に、乾杯ー!!」


厨房から持ってきたたくさんの料理とジュースとで、談話室はかなり煩かった。
ヒーローであるシリウスとジェームズの周りには人が絶えず、ボクは何となくジュースを口にしながらいつものソファに座っていた。
隣にはいつものようにリーマスが座り、この煩い中本を読み続けている。
凄い集中力だと思った。
すると、空いていた目の前のソファに、集団から抜け出したシリウスとジェームズがどかっと腰を下ろした。
疲れた様子の二人にジュースのグラスを差し出すと、嬉しそうにその中身をあおる。
それから、不思議そうにグラスを見つめた。


、これなんて言うジュースだい?初めて飲む味だ……」


「俺もだ。美味い。」


びっくりしたように言う二人に、ボクはくすくすと笑った。
そしてソファの後ろに隠してあった大きめの瓶を目の前の机に置く。
リーマスが本を閉じて、興味深げにその瓶を覗いていた。


印の特製ジュース。栄養価に優れていて、疲れた時に特にお勧め。」


「…僕がこの間貰った物とは、違うの?」


「違うよ。リーマスにあげたのは、リーマス専用…これは一般用。ただの栄養価が高いジュース。」


「…リーマスに、あげた?」


首を傾げるシリウスとジェームズに、リーマスがほら、この間の…というと、二人は納得したようにボクを見た。
グラスにジュースを注いで、もう一杯飲み干していく。
そうやって美味しそうに飲んでもらえれば、それが一番嬉しかった。


「これと僕が貰ったヤツ、どう違うの?」


「んー…配合?とにかく、あれはリーマスのための個人調合だったから、他人が飲めば…悪くすれば、毒になる。そう言う栄養剤。」


「毒になる栄養剤って……。」


ボクは小さく息を付いた。
それからローブの内側を探り、何本か瓶を取り出す。
それはリーマス用の栄養剤と…それからシリウスとジェームズ用だった。
その3本を並べて、3人を見る。


「たとえば、リーマスには血行促進に効くような成分が入ってる。だけど血の気が余ってるシリウスがそれを飲めば、不整脈を起こして悪くすれば死ぬ。それに、今日シリウス達のために作ったのは、クィディッチの疲れをとるための調合だから、リーマスには合わない。」


そう言って、オレンジ色のリーマス用の薬と、薄いブルーのジェームズ用、琥珀色のシリウス用をそれぞれに渡した。
その瓶をじっと見つめてから、リーマスがボクを見る。


……まさか、これは君が作ってるの?」


「…………え、」


「さっき自分で言っただろ。"今日シリウス達のために作ったのは"って。それにしてもすげーな…どこから材料仕入れてんだよ?」


口が滑った…。
どこかから購入しています、が設定のハズだったのに。
リーマスは何処か申し訳なさそうにボクを見ていた。
心の中で自分の失態を呪う。


「材料は…送ってもらってる。実家の森に、たくさん生えているんだ。」


「わざわざ作ってもらっていたなんて……」


「リーマスも気にしない。ボクの好意を、まさか受け取ってくれないなんて言わないだろう?」


茶目っ気たっぷりに言うと、リーマスはきょとんとしてボクを見つめ、それからふわっと微笑んだ。
それは今まで見た笑顔の中で一番綺麗で。
男の子の笑顔を綺麗なんて形容するのは変かも知れないけど、とにかく綺麗で。
ボクもふわっと微笑んだ。
しかしそこで、シリウスの咳払いが入る。
そちらを見ると、またもやにやにやとしたシリウスとジェームズ。
さっきまでの笑顔は何処へやら、リーマスはあからさまに迷惑そうな顔をした。


「ところで…これは、飲んでもいいのかい?」


「もちろんだよ、ジェームズ。そのために作ったんだから…シリウスも、飲んでくれ。」


そう言うと、二人はその場で瓶の蓋を開け、ぐいっと飲み干した。
そしてからになった瓶を見つめて、しげしげとボクを見つめる。
リーマスも例のオレンジ色の液体を隣で飲み干した。


「本当にが作ったのか、これ?」


「ああ、ボクが作った。」


「すげーよ…やっぱ、はすげー!普通に売れるぜ、これ。」


大絶賛のシリウスに、ボクははにかんだ笑みを浮かべる。
この反応、双子と全く一緒だ…。
ただし、双子はその後悪戯専門店で薬剤担当者として働かないかと勧誘してきたが。


「親友のためなら、これ位なんて事ないよ。」


そう言ってリーマスに微笑みかけると、リーマスはまたあの笑みを浮かべた。
悲しい、あの笑顔を。



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双子はビーターだし、リーは実況係ですから。
ヒロインがクィディッチファンになるのは当然と言えば当然なのかも。