8...Love sick. 「……元気かな、父さん。」 夜の空を見上げて、唐突にそう思った。 本来ボクがいる時代では、ボクはどうなっているのだろう? 元の時代に帰ったら、一日しか経ってなかったってパターン? それとも…まるで日本の昔話みたいに、何年も、何十年も経っている? そう思った瞬間、背筋に冷たい物が走った。 ボクは父を取り残して、何をやっているんだ? これじゃ、まるで…… 母さんと、同じだ。 「どうしたの、?なんだか元気がないわよ?」 「何でもないよ…大丈夫。リリーこそ平気?」 ボクの言葉にリリーが首を傾げ、理由を尋ねようとした瞬間。 突然静かだったはずの談話室が騒がしくなった。 騒ぎはどうやら入り口付近が原因らしい…それを見て、リリーが盛大に顔をしかめた。 ボクの顔を見て、思いため息を付く。 「しつこいったら無いわ…、どうにか出来ないの?」 「さすがにね…個人の想いはどうにもならないよ。それに、その権利はボクにない。」 ボクが言うと、残念そうに肩をすくめた。 そして騒ぎの中心がこちらに近づいてくると、さっとローブを翻して女子寮に帰ってしまう。 それと入れ替わるように、さっきまでリリーが座っていた場所にジェームズが腰掛けた。 ジェームズがその場所を選んだのは絶対に偶然ではない。 その証拠に、ソファを撫でながら何やら一人ぶつぶつと呟いている。 「………ジェームズ、いくら何でもそれはやめておいた方が良いと思うけど?」 「どうしてだい!?僕の愛しのエバンスがここに座っていたんだ!!」 「それじゃまるでストーカーだぜ。」 呆れたリーマスと顔をしかめたシリウスの言葉も、恋に夢中なジェームズには届かないらしい。 いつも呆れるくらい冷静で頭が切れるのに、こうも恋とは人格を変える物なのか。 未だ初恋も迎えていないボクにしてみれば、奇妙にしか映らなかった。 そしてそれは表情に表れていたらしく、シリウスがにやりとボクを見る。 「、お前はどうだ?ジェームズの気持ち、解るか?」 「……はぁ?わかるわけないでしょ、ボクはジェームズじゃないんだから。…あぁでも、 リリーの気持ちなら少しはわかるかも。」 「何ッ!?」 ジェームズが必死の形相でボクの腕を掴んだ。 ぎらりと光る眼鏡の奥の金の瞳は、ほんの少し充血しているように見える。 これが親友でなければ、殴り飛ばして気絶させてから変態だと通報するところだ。 さっきまで心の浮かんでいたリリーの率直な言葉を、ボクはいかにオブラートに包もうかと (つまりリリーの辛らつな言葉を軟らかく表現するために)必至に頭を働かせた。 が、なかなか難しい作業である。 しかも目の前には切迫した雰囲気を待つジェームズの顔アップ。 「…えっと、つまりだね……アー…積極的すぎる?」 ようやく見つけた言葉に、ボクは息を吐いた。 それからジェームズを引き剥がして、元の場所に座らせてやる。 ボクの言葉に、積極的であることが何故いけないのか、と本気で悩んでいる様子。 リリーに心の中で同情し、同時に謝りながら、ジェームズを見た。 「ジェームズ、リリーの反応を見ればわかると思うけど、今の君の行動は彼女の意にそぐわ ないものなんだよ。もしこのままの行動を続ければ、最悪嫌われるよ。」 「そ、そんなぁっ!?僕のリリーへの想いが…!!」 シリウスがぼそっと「既に嫌われてるだろ」と呟くが、幸運なことにジェームズには聞こえな かったらしい。 軽くシリウスを睨んでから、混乱するジェームズの肩を叩いた。 「今ならまだ間に合うかも知れない。リリーに好印象を与えるんだよ。格好いい姿を見せるのも 良いかも知れないけど……女の子は、"親切"に弱い物だよ。リリーが困っているときに、優しく 手助けしてあげるんだ。」 ジェームズは深く頷いて、ボクの話に聞き入っている。 シリウス、リーマス、ピーターは、変な生き物を見るような目でボクを見ていた。 ちなみにこれらの意見はボクの物ではなく、ボクの周りの意見。 つまり、恋する女の子の意見。 今の彼氏との馴れ初めを話したり、片思いの相手の素晴らしい点をつらつらと述べている 女の子達の話を総合した形になる。 「ジェームズの場合、初めの印象が……その、苦手な感じだったろう?だからこそ、 ここで良い印象を与えれば、それがギャップになってプラスになることもある。」 ジェームズが瞳を輝かせてボクを見た。 あまりの輝きに、ボクはジェームズから少し後退する。 とりあえずジェームズの肩をもう一度軽く叩いて、ボクは席を立った。 リリー側にも多少はフォローをいれなきゃ…ジェームズがあまりにも哀れすぎる。 「とにかくジェームズ、なるべくリリーと自然体で接するんだ。そのほうが 今よりも断然良いと思うよ。」 それだけ言い残して、ボクはそそくさと談話室を後にした。 これ以上あの場所にいると、今度はシリウスに何を言われるかわかったものじゃない。 絶対にからかわれる。断言できる。 僕は階段を上り、自室の扉を開けた。 部屋にはリリーしかおらず、彼女はベッドに腰掛けて悩ましい顔をしていた。 「リリー」 ボクが声をかけると、リリーがはっと顔を上げた。 どうやらボクが入ってきた音には気付いていなかったらしい。 こめかみに指を当てて、彼女は深くため息を付く。 「ジェームズのこと、悪く思わないでくれるかな…ちょっと、頑張りがいろいろと 空回りしているって言うか……ほら、恋は盲目って言うし。」 「………あの高慢知己が治れば、少しはマシな人だと思えるようにはなるでしょうね。」 リリーは肩をすくめる。 僕は返す言葉もなく、少し項垂れた。 それからそっとリリーの様子を見ると、また眉根を寄せていた。 「…ねぇ、リリー?だぶんだけど、少しでも相手にされてるってわかったら、あんなに派手なことはしなくなると思うんだ。今のは、つまりは自己アピールでしょ?」 「そうかしら?なんか、勘違いされて余計につきまとわれそうだわ…」 「もしそうなったら、差し違えてでもボクがリリーを守るから。」 ボクの言葉にリリーがきょとんとした顔になる。 それからふっと、とても柔らかく微笑んだ。 ボクが大好きなリリーの暖かな笑顔。 「って、本当に"いい男"の条件を揃えてるわよねぇ…」 「……へぇっ?や、まぁ、ボクとしては嬉しい…のか?」 女扱いされるよりは、男扱いされる方がいい。 フレッドとジョージも、最初はボクのことを"姫"と呼んでいたが、いつの間にかその敬称は"陛下"へと代わっていた。 大体周りにボクを女扱いする人間が皆無なのだから。 その方が気が楽だし、逆に女扱いされると戸惑うから良いんだけど。 とりあえずそんなことを思いつつリリーを見るが、彼女は目をキラキラと輝かせていた。 「優しいし、思いやりがあるし、何より自分のことを鼻にかけないわ。」 「リリーの方が優しいよ。自分でも嫌になるくらい、ボクは利己的だから…」 「まぁ!が利己的なら、ポッターとブラックはどうなるのかしら。」 リリーはそれからも何故かボクをやたら褒め続け、照れたり恥ずかしがるボクを見ては「可愛い」を連発していた。 ついさっきボクのことを「いい男」と形容したが、それと「可愛い」は対極なのではないだろうか…。 とりあえずリリーの褒め殺しが落ち着いたところで、ボクは赤くなった頬を元の色に戻そうと冷水で顔を洗った。 「あ……そうだわ、。」 「何?」 「最近、時々部屋を抜け出しているでしょう?」 ぎくっ。 思わず動きが止まりそうになるが、それは全てを肯定するのと同じだ。 努めて何でもないかのように動作を続ける。 リリーはボクの背に訝しげな視線を送りながら、言葉を続けた。 「まさか、危ないことをしてるんじゃないわよね?それとも…まさか、ブラックと付き合ったりなんて……ッ!?」 「シリウスと?まさか、友達だよ。それに、危ないこともしてない……ただ、厨房を借りて料理をしてるんだ。」 「………………料理?」 何か沈黙が長かったような気がする。 リリーはとても驚いたような、同時に探るような目でボクを見る。 栄養剤を作るのも、まぁ料理と言って間違いではないだろうから、嘘ではない。 それに時々普通に料理もする。 ボクはベッドの脇から、この間作ったクッキーを取り出した。 「ほら、これ。こんなんでも家では家事担当だったから、料理は得意なんだ…食べてみる?」 「いいの?」 頷くと、リリーはそのクッキーを口の中にいれた。 サクッと言う音が聞こえて、それからリリーが驚きの顔でボクを見る。 「美味しい…!凄いわ、こんな美味しいクッキー初めてよ!!」 「ありがとう。」 「……でも、夜出歩くのは気を付けてね?ほら…あの6年生、まだあの時の事根に持ってるって聞いたから……。」 心配そうにするリリーにボクは微笑みかけた。 そして微笑みながら、次回からは気を付けようとこっそり思う。 さすがに止めることは出来ない…リーマスの体調不良は目に余る物がある。 いつ倒れるか心配でならないのだ。 それに (早く思い出さなきゃ) 少しでも多くのことに触れ、少しでも思い出す可能性を増やす。 それが今のボクに出来る全てのことだ。 父さんも施設のみんなも、それに学校のみんなも、誰も置いていかない。 ボクは絶対に、母さんのようにはならない。 (絶対に、帰るんだ) それが、今のボクを動かす原動力。 心の中で、リリーに申し訳なく思う。 だけどこれだけは譲れない。 (帰るんだ) ボクはその言葉を噛みしめた。 |