9...Suddenly.




「あ。」


同じ学校、同じ学年、そして同じ宿題が出ている生徒同士、レポートの資料 を探している途中でばったり会う可能性をはすっかり失念していた。
しかも目の前の彼が持っているのは、正にが探し求めていた本。
ただばったり出くわすだけならば良かったのだが、は彼を見つめ、ぱかっと 口を開けてしまっている。
このまま何事もなかったかのように通り過ぎるのは明らかに不自然だ。


「………お前、留学生の」


です。えーと…、ミスター・スネイプ。」


スネイプ教授、と言いそうになるのを飲み込んで、は軽く頭を下げた。
目の前の彼、セブルス・スネイプはを見て顔をしかめ、ちらっと周囲に 目をやる。
その様子から彼の意図をくみ取り、は苦笑した。


「大丈夫、ジェームズ達は此処にいないよ。今日はボクの単独行動だから。」


しかしセブルス少年は信じた様子もなく、寧ろ更に疑わしげにを見た。
はなんと言うべきかしばらく言葉を探し、そして話題を変えるのが一番だと 判断した。
ここでいくら否定したとしても、それはセブルス少年の疑惑を煽るだけだろう。


「ところでその本、返しに?それとも借りに?」


「……これから借りるところだ。」


不機嫌そうな様子を隠しもせず、寧ろ前面に押し出して、低い声で彼は言った。
しかしそこは気にせず、はセブルス少年の答えに少しだけ落胆する。
返すところであれば直接借りることが出来たが、どうやら彼が返すのを待つしか ないらしい。
しかしセブルス少年の本が無くとも、既に手元にある本で十分にレポートは 書くことが出来る。
仕方がない、とは諦めることにした。


「いや、ちょうど借りたいなって思ってた本だったから。いつ頃返却予定?」


「…昨日のレポートを書くのに使うのか?」


セブルス少年の質問に、は驚いて彼をじっと見つめた。
まさか質問に質問で返されるとは…いや、それよりも、セブルス少年がグリフィン ドール生に物を尋ねるという行為自体が驚きだ。
かつて過ごした3年間の授業で、はスネイプ教授の他人に関して無関心であると いう性格を知っているからである。
それから質問をされたことを思い出し、驚きで彷徨っていた思考を慌てて まとめた。


「そのつもり。応用法についても調べろって言われたからね。」


「……知っていたのか?」


ようやく、は合点がいった。
昨日の授業中に出された魔法薬学のレポートは、簡単な薬の応用法についてだった。
薬は必ずしも用途が一通りというわけではなく、組み合わせ等によって性質が 逆転する薬も珍しい物ではない。
セブルス少年の持つ「超難解魔法薬学」(あまりに難解すぎて元の時代では絶版に なった)には、ほとんど知られていない意外な利用法が記載されている。
正直なところ実用性は薄く、実験してたら偶然作れました、と言うような紹介で 書かれており、正規の方法で作った方が手間も時間もお金もかからないのだが。


「まぁ、ちらっと読んだことがあったから、その本。ただレポート書くには 記憶が十分じゃなかったから、見ようかなって思ったんだ。でも別に急ぎじゃないから いいよ、ミスター・スネイプが読み終わった後でも。」


「……………」


しばらく、セブルス少年は何かを考えるようにを見つめていた。
そして相変わらず不機嫌そうな顔のまま、手に持っている「超難解魔法薬学」をに 差し出す。
その突然の彼の行動に、はしばらく状況を理解できなかった。
目の前に差し出されている本を見て、セブルス少年を見て…それを幾度か繰り返した後、 おずおずとその本に手を伸ばした。
しかしの手が本に届くよりも先に、それはの手に押し込まれている。


「特に理由があってそれを借りようと思ったわけではないから、先に使えばいい。」


「え……良いの?本当に?」


の方を見ずにそう言うセブルス少年の顔は、不機嫌さを更に増していた。
しかしが良く知っているスネイプ教授の性格を考えれば、それは単なる照れ隠し、 もしくはそれに類する物であろうと予想は付く。
はセブルス少年の横顔を見つめ、それからふわりと笑った。
関わることはよそうと、ずっとそう思ってはいたが、やはり心の中に興味がないか と言えばそれは嘘になる。
そして(未来の姿ではあるが)知っている人の優しさに触れると言うことは、とても 嬉しい。


「ありがとう、ミスター・スネイプ。なるべく早く終わらせてすぐに返すよ…そうだ な、明後日にでも。」


「………そう言えばお前も、魔法薬学は得意だったな。」


ぽつりと呟かれた言葉に、は微笑んだまま頷いた。
通常ならその本に書かれている内容を二日で理解すると言うことは不可能に近い。
しかしにとって魔法薬学は何よりも得意な教科であり(もちろん他の教科もジェーム ズ達と争えるほど優秀なのだが)、セブルス少年も日々の授業を通してそれを 知っている。
通常ならば敵対関係にあるグリフィンドール生になど注目は払わないが、 途中から授業に入ったにも関わらず遅れを見せることなく着いてくるにセブルス 少年は多少の興味を示していた。


「では明後日に。」


「あ、待って。何処で渡せばいい?」


「…魔法薬学関係の本に近い席にいる。」


それだけ言って、結局最後まで不機嫌そうな顔は崩さないままセブルス少年はその場を 去っていった。
はその後ろ姿を何となく見送りながら、手の中にある本の重みを確かめる。
彼の最後の台詞から考えるに、つまりは直接渡せと言っているようだ。
他人との接触をあまり好ましく思っていないスネイプ教授だが、若い頃はそうでも 無かったのだろうかとは考え、そしてすぐさまそれを否定する。
スリザリンの中でも基本的に個別行動をしている姿をしょっちゅう見ていたからだ。


「人間、歳と共に変わるモンだね…」


ぽつりと呟いた言葉は幸運なことに誰にも聞かれることはなく、静かな緊張感漂う 空気の中に溶けて消えたのだった。



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突然のセブルス少年との出会い。
ここから先は三人称で展開していきたいと思います。