10...Midnight roam. 真夜中の廊下を、気配を消して進む一人の少女がいた。 まるで闇の色をそのまま移したかのような色の髪と、一見すれば黒だが明るいところで 見れば焦げ茶色に見える瞳。 真っ白ではなく乳白色に近い色の肌と、東洋系特有の幼い顔立ち。 グリフィンドール4年生の・は、既に消灯時間の過ぎた廊下をひたすら 突き進んでいた。 時折立ち止まって周囲の気配を探りながら進むは、顔立ちの幼さからは想像でき ぬ程に慣れた様子で進む。 ローブのポケットに右手を差し込んでいるが、その手は杖をしっかりと握りしめていた 。 そして左肩に大きめの鞄を掛けている。 (リリーにバレないように急がないと…) 周囲に気を配ることは怠らず、少しだけ歩みのペースを上げた。 それによって肩に掛けている鞄が少し大きく揺れるが、音を立てる事はない。 鞄の中にはが作ったドリンクが入っている。 もちろん普通なら瓶同士がぶつかる音がするのだが、そこは魔法の凄いところ。 衝撃を吸収する魔法を瓶に掛けてやれば、音が生まれることはない。 落としても瓶が割れることはないし、一石二鳥という訳だ。 ずんずん進んでいたが、急に立ち止まった。 視線を真っ直ぐに固定して虚空を睨み付ける。 (気配がする…こっちに近づいてる?) は目を細めて正面を睨んだ。 耳を澄ませれば、極小さな音ではあるが足音も聞こえる。 明かりが見えないから教師の見回りではないし、管理人の見回りでもない。 と言うことは、と同じく規則違反をしている生徒、と言うことになる。 幼い頃から暗い森の中で過ごしてきたは、暗い中でも通常と同じ位の視力を 保つことが出来る。 ホグワーツに入学してからは双子と悪戯するときにもっぱら活用されていた能力。 は近くにあった甲冑の影に滑り込んだ。 口元だけに笑みを浮かべて、じっと暗闇を見つめる。 徐々に足音は大きくなっていく。 それに伴ってじわじわと、こちらに向かってくる人物の姿が見えてきた。 体付きはしっかりしているようだから上級生、しかも男。 気配を消して息を殺し、その男の顔が見えるまでじっと待つ。 「…………!」 声を上げそうになって、は根性で堪えた。 正面から近づいてくる人物…それは先日投げ飛ばしたグリフィンドールの6年生。 グリフィンドールに似合わぬ粗野な性格で問題が耐えないらしい。 そう言えばリリーに気を付けるよう言われたな、とは心の中で呟いた。 ああいうタイプの人間は、自らが侮辱されることに対して異常なほどの反応を見せる。 一度でも何らかの問題を起こせばいつまでも根にもたれ、些細なことで突っかかって 来るようになる。 そのタイプの人間のしつこさを既には知っているので、心の中で深く息を付い た。 (金輪際関わらないようにしよう…姿を見たら逃げる。声を聞いたら逃げる。) 幸いなことに相手は明かりを持ってはいない。 真横を通過されたとしても、よほど注意を払っていなければ気付かれる事はないだろ う。 森の中で野生動物から逃げるときのように、息を殺して気配を消す。 …気配を消したところで、相手に気配を探る能力があるかと言われればそれは疑問 だが。 しかし相手は周囲に気を配り警戒しているのだから、気付かれないとも言えない。 早くあの男が通り過ぎるのを心の中で祈りながら、は身を縮めた。 陰に隠れるためには今廊下にしゃがみ込んでいる。 背中は壁に押し当てられ、廊下には座り込んでいる状態。 つまり、冷える。 (もうすぐ10月も終わる…ノルウェーと比べればイギリスは暖かいけれどね、それでも 夜は冷えるし床は冷たいよ!) コツン、と足音が止まった。 体も顔も動かさずに視線だけを上げれば、の目の前で男は立ち止まっていた。 まさかバレたのか?に戦慄が走る。 しかし次の瞬間には、男は何事も無かったかのように歩き出した。 再び足音が響き始める…というか、夜に徘徊するのに足音も消さないと言うのは 一体どういうつもりなんだろうか? ホグワーツの天井は高く、音はかなり広い範囲まで反響する。 足音なんて立てていればあっと言う間に見つかるだろうに。 (……そこまで頭が回ってないのかもね) 年かさといえども尊敬しない相手には容赦がないだ。 足音が聞こえなくなり気配も感じられないほど遠くまで男が進んで、ようやく はその場から立ち上がる。 廊下の真ん中に他ってもう一度気配を探った後、大きく伸びをした。 狭い場所で縮こまっていたから身体が痛い。 それからはっとして腕時計に視線をやった。 (う、わ…!予定時間オーバー!) は走るようにして廊下を突き進む。 それでも足音もローブが風を切る音も息遣いも、何もかも聞こえない。 気配すらしっかりと消したまま、はグリフィンドール寮まで急いだのだった。 「さぁて……説明してもらえるわよね、?」 部屋のドアをそっと開けると、そこには不機嫌そうなリリーが仁王立ちしていた。 その後ろには心配そうな顔をする同室の二人 は三人の顔それぞれを見つめて、降参を示すように両手を上げる。 「説明するよ、ちゃんと…」 は自分のベッドの端に腰掛け、未だに眉根を寄せているリリーをちらりと見た。 それから肩に掛けていた鞄から瓶を取り出し、リリーに差し出す。 リリーはそれを受け取り、その瓶に貼られているラベルを見て目を見開いた。 「リリー・エバンス専用…?、これは何なの?」 「栄養ドリンク。ボクの…アー…趣味みたいなものだよ。リリー、最近眠りが浅い って言ってただろ?だから眠りを深くしやすい成分が入ってる。それと、これは アリスとマーリンの分。」 鞄から瓶を二つ取り出し、は二人に差しだした。 リリーの瓶には澄んだ淡い緑色の液体が入っているが、アリスの瓶は白、マーリンの 瓶にはピンクの液体がそれぞれ入っている。 興味深げに瓶を見つめる二人とは異なり、リリーはに厳しい視線を送ることを やめなかった。 は諦めたように小さく溜息を付く。 「もっと早くに帰ってくるつもりだったんだけど…ちょっとしたアクシデントがあって 。ああでも平気だから!そんな大したことじゃ」 「平気じゃないわ!」 リリーがぴしゃりとの言葉を遮った。 その声には何処か悲痛さが含まれている。 「私は心配なのよ…!前も言ったでしょ、あの6年生は質が悪いのよ!昼間みんながい る場所なら、人の目があるから手は出さないわ。でも…そうじゃない場所では? 遠慮せず反撃してくるわ!」 リリーの表情が曇っていくのを、はただ呆然と見つめていた。 漠然と、リリーが心配してくれているという事は感じられる。 しかし頭が上手く働かなかった。 「が最近夜に寮を抜け出していること、あの6年生も知っているのよ!つまり、 は狙われているの!」 「…リリー、狙われているって言うのは言い過ぎじゃぁ…」 「アリスは黙ってて!」 アリスはリリーの剣幕にぴたりと口を閉じた。 アリスの隣に座るマーリンも、同様にして口を閉じる。 はしばらくリリーの顔を見て、それから嬉しそうに微笑んだ。 「リリー、心配してくれてありがとう…凄く嬉しい。」 「、貴女判ってるの!?」 「判ってるよ。単独行動は控えるし、リリー達に心配掛けないようにする。その… 恥ずかしい話だけど、こういう風に友達に叱られたこと無かったんだ。叱ってくれる 程親しい友人が…女友達はいなかった。男友達はそんなタイプじゃなかったし。」 フレッド達ならばその6年生が反撃をする気にもならないようにするに違いないと、 は確信的に思った。 もしくは夜の出歩きに付いてくるか。 もしかすると「忍びの地図」を貸してくれるかもしれない。 つまり、「夜出歩くのは危険だ」と叱るようなタイプでは絶対に無いという事。 唖然とするリリーを見つめながら、は少し照れくさそうに笑った。 「ほら、小さい頃からノルウェーの森で育ったって言っただろ?だからあの頃は同年代 の友達なんかいなかったんだ。一番歳の近い人でも父さんと同じくらいの年齢だった し。」 幼い頃から年上の人とばかり接していたは、同年代の子供との接し方を知らなか った。 大人びた考え方をしていたし、何より周りの子供達が自分と同い年であることが 信じられなかった。 一番最初に出来た友達がフレッドとジョージ…コンパートメントに一人でいる に彼らが声を掛けたのが始まり。 半ば無視を決め込んでいたにさんざん悪戯を仕掛け、遂に の無表情を うち破った強者だ。 だからは、自ら友人を作るという行為がいまいちよく判らない。 しかしリリーの言葉に、は今まで見えなかった形を見出したような気がして いた。 「だから変な話かも知れないけど、嬉しいんだ 微笑むに、リリーが表情を崩した。 そのまま飛びかかるようにしてに抱きつく。 は驚いて思わずアリスとマーリンに視線を送るが、二人とも優しく微笑むだけ だった。 ぎゅっと、リリーはを抱きしめる力を強める。 「り、リリー…?もしかして気を悪くした?それだったら」 「そうじゃないわ!」 リリーの声は微かに震えていた。 はおろおろしながら、そっとリリーの背を撫でる。 「私も…嬉しいの!がそう思ってくれたことが、嬉しいの……だってずっと 不安だったわ!部屋にいるときは頻繁に喋るけど、休み時間や食事の時はずっとポッタ ー達と一緒だったから 顔を上げたリリーは、これまで見たどんな笑顔よりも素敵な笑顔を浮かべていた。 鼻の頭は少し赤くなっていて目も潤んでいたけれど、一番輝く笑顔だと は 思った。 リリーは鼻をすすり、目の端をハンカチで押さえてから握ったままの瓶を見やる。 アリスとマーリンも立ち上がり、それぞれに軽いハグをした。 今度はが事情を飲み込めずにおろおろと視線を彷徨わせる。 その様子に気付いたマーリンがぷっと吹きだした。 「つまり、あたし達みんな友達ってコトよ!」 「そう!だから友達として言わせて貰うわ 「え…あ、うん……」 アリスの言葉に、サはこくこくと頷いた。 それから呆然としたまま三人を見つめ、ようやく状況を完全に理解する。 は笑みが零れるのを止めることが出来なかった。 そしてそれを見た三人がぱかっと口を開ける。 「って…って、何て可愛らしいの!!」 「男らしい所もあるけど…でも可愛いわ!!」 「こんな可愛いを独占していたなんて…ポッター達はずるいわ!!」 アリスが頬を染めてに抱きつき、マーリンは拳を握りしめ、リリーは男子寮 の方向を睨み付ける。 そんな三人の反応が可笑しくて、思わずツカサは声を上げて笑い始めてしまった。 その笑顔はいつもどこかに感じる大人びた空気を払拭させるような、 の等身大の 姿を映しだしていた。 |