12...Letter.




刻一刻と、ハロウィンは近づいていた。
悪戯仕掛け人はせっせと悪戯の準備をしているらしい。
その証拠に、の隣でシリウスが大きな欠伸をした。
ピーターも眠そうに目を擦っている。
が声を掛けようとした瞬間、ばさばさという羽音が大広間に響き渡った。
フクロウたちの手紙の配達だ。
一羽のフクロウがすーっとシリウスの方に近寄り、薄桃色の封筒を落としていく。
それを視界に入れた瞬間、シリウスが顔をしかめた。


「またラブレター、シリウス?」


楽しそうなジェームズの声に、シリウスの機嫌はぐんぐん降下していく。
しかし事実、シリウスはかなりモテていた。
眉目秀麗、成績優秀、クィディッチではビーターを務める次席。
更に言えば、純血一族で有名なブラック家の嫡男でもある。
女子生徒に人気があるのはある意味当然のことだろう。
は冷めた目でその桃色の封筒を見つめた後、すぐに食事に戻った。
初めてシリウスが手紙を受け取ったのを見たときは驚いたが、今はもう慣れてしまって いる。


「物好きな人間もいるんだね……あぁシリウス、振るにしても誠意を持って対応する んだよ。」


「…誰が振るって言った、?」


「あれ、それじゃ付き合うつもりなの?」


の言葉に、シリウスは鼻で笑った。
まっぴらゴメンだ、と言いたいらしい。
は呆れたようにシリウスを見て、それから肩をすくめて食事に戻る。
すると今度は、に向かって一羽のフクロウが降下してきた。
食べかけのオートミールに入りそうになる手紙を空中でキャッチして、宛名を確認する 。
表には確かに「様」とぎこちない字体で書かれていた。
裏返しても差出人の名前はない。


「もしかして、のもラブレター?」


興味津々と言った様子で身を乗り出すピーター。
しかし受け取ったは眉根を寄せて、封筒を何度も裏表に返していた。
光に透かすように封筒を持ち上げ、再び宛名をじっと見やる。
怪訝そうな顔をする周囲の生徒を気にすることなくしばらく作業を続けた は、 それをゆっくりとテーブルの上に置いた。
ローブのポケットから杖を取り出し、軽く二回封筒を叩く。
すると突然、封筒から白い煙が立ち上った。
煙はすぐに消えたが、は表情を険しくする。


、まさかそれって      …」


「呪い入りの素敵なラブレターだよ、ジェームズ。どうやらボクには熱狂的なファンが いるらしいね。」


溜息を付きながら、は躊躇うことなく封筒を開いた。
息を呑むピーターに、しかしはにっこりと微笑む。
開いた封筒をひらひらと見せながら、中から白い紙を取りだした。
そこにはおどろおどろしい字体で「いい気になるな」と大きく書かれている。
はそれを読むと呆れたように息を付いた。


「随分暇なんだね、この人は……」


「冷静だね」


リーマスが固い声でに言った。
シリウスはさっきより更に不機嫌そうだし、ジェームズも不快そうに眉を寄せている。
ピーターは顔を青くしてを心配そうに見つめていた。
は手紙を同じように畳んでから封筒に仕舞う。
その封筒をポケットに入れたのを見て、ジェームズが訝しげに を見た。


「このテの手紙は慣れてるんだ   言っておくけどボク宛じゃないからね。 父さんに来る手紙の半分はこんな調子だから。」


「お父さん…?」


意外そうにピーターが呟く。
は溜息を付いてオートミールをつついた。


「そう。父さんは  アー   社会的弱者ってやつなんだ。制度もま だ整ってないから、風当たりが強い。こういう親切な手紙を送ってくれる人もたくさん いるんだよ。」


「ごめん、……」


申し訳なさそうに顔を伏せるピーターを、はきょとんとした顔で見た。
それからクスクスと笑い始める。
話を聞いて気まずそうにしていた4人はほぼ同時に顔を上げた。
それでもはおかしそうにクスクスと笑い続ける。


「いや…ボクは気にしてないよ。父さんもこういう手紙は笑いながら読んでる。 それに実は何度か助けられたこともあるんだよ……呪いの解除は試験にも良く出る 分野だからね。」


複雑そうな表情を浮かべる4人を見やり、は苦笑した。
それから腕時計に視線をやり、表情を固める。
それに気付いたシリウスがと同様に時計に目をやり、げっ、と顔を歪めた。


「後10分で授業だ!」


「えぇっ!?まだ半分も食べてない!」


「しかも、最初は"占い学"だよ…北塔まで行かなきゃいけないのに!」


慌てて朝食を掻き込み始めるシリウス・ジェームズ・ピーターの3人に、リーマスも つられたようにして食べるペースを速める。
しかしはスピードを変えることなくオートミールを口に運んだ。
の足下には鞄がしっかり用意されており、そして数占いの教室は大広間から ほんの少しの場所なのであった。




















どんっ、と鈍い音が、今は使われていない空き教室に響く。
その直後に、数人の女子生徒がクスクスと笑った。
薄汚れた壁に背をぶつけたは僅かに顔をしかめ、ゆっくりと息を吸い込む。
背中は鈍く痛むが、鋭いかぎ爪に引き裂かれたときの方が何倍も痛い。
は目の前の女子生徒をじっと見つめた。
ネクタイの色を見ると、彼女たちは全員スリザリン生であるらしい    そして全員が揃って美人である。
中央にいた女子生徒が深い笑みをに向けた。
緩やかに波打つ長い金糸のような髪、海の色に似た蒼い瞳、それを縁取る長い睫毛、 ふっくらとした桃色の唇。
完璧な微笑みを彼女は浮かべていたが、その蒼い瞳は欠片も笑っていない。


「今朝のお手紙、受け取っていただけましたかしら?」


「有り難く頂戴いたしました。紙も封筒も、随分と高価そうな物でしたね。」


がにっこりと微笑むが、彼女たちはクスクスと笑うばかり。
美しい顔には嘲笑が張り付いている。
あまりにも似合いすぎるそれに、は思わず感心してしまった。
さすがはスリザリンの生徒である。


「それならば話が早いですわ。目障りですの、消えて下さらない?」


「ホグワーツ校内で"姿くらまし"は出来ませんし、それ以前にボクは"姿くらまし"を習 得していませんから、今すぐ消えることは不可能ですね。申し訳ありません。」


「あら、私たちが願っているのは貴女の"存在"の消失ですのよ。」


微笑みを張り付けたまま、中央の女子生徒がすっと杖を に向ける。
杖を握る白く細い指先に塗られているのはまるで血のような紅。
ぴたりとその杖はの心臓に狙いを定めていた。
も笑みを張り付けたまま、真っ直ぐにその女子生を見つめる。


「随分と短絡的な考え方ですね。スリザリンは狡猾、でしょう?」


バチン、と大きな音が響いた。
その直後、に向けられていた杖が弾き飛ばされて教室の隅に転がる。
素早く杖を抜こうとする残りの生徒を牽制するように、 は隠し持っていた杖を それよりも早く取りだした。
ポケットに手を入れていた生徒も、の杖を見てゆっくりと手を出す。
の正面の女子生徒は、先ほどまで杖を握っていた手を押さえながら悔しげに を睨み付けた。


「これくらいの反撃は予想できるでしょう……そして、」


は視線を正面に向けたまま、杖を真横に向ける。
赤い閃光が杖先から飛び出し、どさっと言う音が壁際から聞こえた。
それに、以外の全員がさぁっと顔色を変える。
壁際には失神した女子生徒の上半身のみが転がっていた。
は再び杖を正面に向ける。


「こういう展開も予想できます。透明マントは万能じゃない   気配は消せ ませんよ。」


の表情は、先ほどの女子生徒と同じ…顔は笑っていても目は笑っていなかった。
幼さの残る顔に張り付く微笑みが、その場の空気を冷やしていく。
それは誰がどう見てもスリザリンの微笑みであった。
決して、グリフィンドールの生徒が浮かべる種類の笑みではない。
けれどもまるでそれが当然であるかのように、はその笑みを浮かべる。
そしてそれは全く違和感なく、の幼く見える顔に収まっていた。


「理由を伺っても宜しいでしょうか?」


「………ッ、ブラック家の嫡男でいらっしゃるシリウス様に、貴女のような女が釣り合 うと思って!?」


ヒステリックに叫ぶスリザリン生は、憎しみを込めてを睨み付けた。
周りの彼女たちも悔しげに唇を噛んでいる。
その言葉に、は驚いたように目を見開いた。
微笑みがその顔から消え去り、彼女たちに掛かっていた言いようもないプレッシャーも 突如として消える。
それに金の髪の彼女がにやりと笑った。


「シリウス様は純血一族ブラック家の一員ですのよ?彼に釣り合うのは同じ純血だけで すわ。所詮貴女は     





「それを決めるのは俺だ」





突然割り込んだ声は、いらだちを含んだ低いものだった。
優越感の込められた彼女の笑顔が一瞬にして固まる。
いつの間にか開いていた扉には、話題の中心人物シリウス・ブラックがいた。
腕を組み、整った顔はスリザリン生達を睨み付けている。


「お前達に口出しされる問題じゃない。俺の行動を決めるのは俺だ!」


「シリウス」


がなだめるように声を掛けた。
シリウスは不機嫌さを隠そうともせず、そのままに視線を移す。
鋭いシリウスの瞳を真っ直ぐに受け止め、は溜息を付いた。
困ったように短い赤茶の髪を掻き上げる。


「どうしてシリウスが此処に?」


「それはこっちの台詞だ!!なんでわざわざ呼び出しに応えた!?」


「その方が楽だからだよ。」


構えていた杖をくるくると器用に回しながら、が溜息を付いた。
シリウスの眉の間に深い溝が生まれる。


「申し出を断ったところで、受けるまではしつこく追いかけられるだろう?なら、さっ さと受けてもう二度とこういった事がないように話を付けるのがスマートな方法だ。」


「だからって    


「そう言う訳だから、少し黙ってて。彼女たちはボクに用があるんだ、君じゃない。」


きっぱりと言い切るに、シリウスは続く言葉を飲み込んだ。
はそれに満足げに微笑んでから、再び視線をスリザリンの女子生徒に向ける。
彼女たちを見つめるの表情には呆れの色が混ざっていた。


「ドイツのマイヤー家を知っているかい?それなりに有名だと思うけど。」


「それなり…って、マイヤー家は誰もが知る純血一族ですわ!」


「そのマイヤー家の血がボクに混ざってるって言ったら、どうする?」


以外の全員が、己の耳を疑った。
しかしそれを認める手段も、ましてや疑う手段も、誰も持っていない。
マイヤー家は純血一族として有名であるが、それと同時にイギリス嫌いでも有名なのだ 。
マイヤー家にイギリス人の血は一滴も入っていない。
そしてイギリス人との交流は一切無い。
それだけのことしか知られていない、正に謎だらけの一族なのである。


「父は日本人だ、イギリス人じゃない。それに父も日本の純血魔法使いだから、何も 問題はなかったんだよ。純血の母と純血の父の間に生まれたボクは当然、純血だ。」


は杖を回しながら、どうでも良さそうに肩をすくめてそう言った。
しかしこの話は、以外の生徒には非常に大問題である。
近年、マイヤー家とイギリスの純血一族を取り持とうとする働きが起こっているからだ 。
純血一族は既にごく少数しか残っていない。
それを保つために国籍を越えた幅広い付き合いが必要だ、というのがその発端である。
此処で余計な波風を立たせることは、その働きを阻害することに等しい。
そうなればそれは純血一族全てに影響する大事になるのだ。


「そう言う訳だから、ボクに構わないで欲しいんだけど。ついでに言うならボクとシリ ウスの間には純粋なる友情しかないからね。勘違いしないで欲しいな。」


固まったままの一同を見つめ、は大きく溜息を付いた。
杖を回すのを止めてポケットに仕舞い、シリウスに近づく。
呆然とを見つめるシリウスの腕を引っ張り、そのまま部屋を後にした。
誰一人として、二人を止める者は居なかった。



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なんとさんは純血でした!
ちなみにさんのお父さんは陰陽師の家系だけど魔法遣い向きだった
ので留学した、という無理矢理な設定です。