15...Secret.




「あら…こんな時間に?」


リリーの声で顔を上げると、一羽の森フクロウが目に入った。
今は夕食の時間である。
通常、梟便は朝食の時間に届けられるために周囲の視線を浴びている   が 、梟は気にした様子もない。
迷い無く、梟はの元に舞い降りてきた。
これにはも驚き、目を見開いて梟を凝視する。
朝食でよく見るように梟が封筒をに向かって落としていった。
食べかけのスープに入らないよう空中でキャッチして、その封筒を眺める。
その封筒には宛名があるだけで、その他には何も書かれてはいなかった。


「まさか…、ラブレター!?」


こんな会話をどこかでした気がする…と思考を飛ばし、 ははっとした。
スリザリンの女子生徒による、熱烈なラブレターがまさにこれとそっくりだった。
よく見ると、使われている封筒や宛名の筆跡までも瓜二つである。
は微かに目を細めて、しかし迷い無く封筒を開けた。
中から一枚の紙を取りだして、周囲に見えないようにそれを見る。
書いてあることに目を通し、はすぐにそれを封筒に戻し、ポケットに仕舞った。


「誰から?まさか本当にラブレターだったの?」


「まさか、そんな訳ないよ。…ちょっとした事務連絡。」


「えぇー?、ラブレター貰ったことはあるの?まさか無いなんて事は」


「無いよ」


にやにやと笑うマーリンの声に、は彼女の方を見ることなく答えた。
二回目は質問を遮るようにして矢継ぎ早に言う。
すると尋ねたマーリンだけでなく、リリーとアリスも持っていたスプーンを取り落と してしまった。
幸いなことに二人ともスープは跳ねることがなかったが。
驚いたようにまじまじとを見つめる3人に、が溜息を付いた。
スープ皿に固定していた視線を友人達に向ける。


「何がおかしいんだい?別に当然の事じゃない」


「そんな!がラブレターを貰ったことがないなんて…あり得ないわ!


「こんなに可愛らしいのに!」


「こんなに器量好しなのに!」


リリー達の驚きように、は呆れたように彼女たちを見つめた。
しかし3人はショックを隠せない様子でをまじまじと見やる。
一度に向けられた視線に多白いながら、は引きつった笑みを浮かべた。


「い、今は…ほら、食事中   …」


「みんな目が節穴なのよ!そうでなきゃこんなに可愛い を放っておけるもんです か!!」


拳を握りしめて力説をするリリーに、マーリンとアリスも同調する。
これは止めるだけ無駄だと判断したは、他人のフリを決め込んだのだった。

























薄暗い部屋。
以前と同じように、を取り囲むようにスリザリンの女子生徒が並んでいる。
その様子を眺めながら、は呆れたように溜息を付いた。


「それで……今回は何の用でしょう、先輩?僕がマイヤー家の者であると知った上での 行動というからには、当然ちゃんとした理由があるんでしょう?」


「マイヤーの家の者…ねぇ?」


楽しむかのように、中央に立った金髪の女子生徒が口を開いた。
ねっとりと絡み付くような視線をに向ける。
赤く色づいた唇が蠱惑気に弧を描く。


「貴女のお父様は、社会的地位が低いそうね?」


     盗み聞きですか?随分と宜しい趣味ですね。」


「そして貴女はノルウェーに住んでいた。」


自信たっぷりに述べる姿に、は微かに眉根を寄せた。
今回はよほどの自信があるらしい。
そうでもなければ、由緒正しきマイヤー家の者であるに喧嘩を売るような態度は 取らないだろう。
薄暗い部屋の中で、豪奢な金の髪が光を弾いて輝いた。


「まだ知っている者は少ないけれど…ノルウェーには養護施設がある。」


そこで初めて、はハッキリと表情を動かした。
その幼さの残る顔に浮かぶのは   純粋な驚き。
スリザリン生達はその反応に、不満そうに眉をひそめる。
しかしはそれに気付くほどの余裕が無くなっていた。
それを悟った金髪の女子生徒がにぃっと笑った。


「そう、社会的地位の低い者達を集め、対処するための施設   人狼養護施 設が。」


「…………わざわざ調べたんですか?随分と暇だったんですね、先輩。」


「貴女の父親は人狼ね。」


勝ち誇った笑みは揺らぐことがなかった。
は内心を表に出すことなく目の前の女子生徒を見る。
そのの様子に彼女は更に笑みを深くした。


「人狼なんかが純血一族の名を名乗れるはず無い   貴女がマイヤーの家名 を名乗っていないのがその証拠だわ!例え相手が純血だろうと、マイヤー家ほどの家柄 ならば婿入りになるはずよ?」


東洋人でありながら西洋の魔法に適性があったの父は、本来ならばマイヤー家の 婿養子として西洋魔法社会の一員となるはずだ。
しかしの家名は""…東洋系の家名である。
純血一族はヒト族以外の生き物を軽視する傾向が強い。
半ヒト族などには侮蔑と嫌悪の視線を投げかけ、迫害するほどだ。
そんな純血一族が人狼を認めるはずもない。


彼女の意見は、全て正確であり事実だった。


「ノルウェーに住んでいるから施設の住人……というのは、少し強引じゃないですか? それだけの事でマイヤーを敵に回すかもしれない行動を起こすんですか?」


「少なくとも貴女は、純血一族としての教育を受けていないわ。マイヤー家は多くの 闇の魔法遣いを輩出している……そんな家系で育ったのならば、闇の魔術に慣れ親し んでいるはずよ?」


は口をつぐんだ。
それに勝ち誇った笑みを浮かべる女子生徒達。
しかしの浮かべる微笑みに、彼女たちは眉根を寄せた。
圧倒的不利な立場にあるがどうして笑みを浮かべているのか?
諦めの笑みではない。勝利の笑みでもない。
呆れたような   まるで我が侭を言う子供を見つめる母親のような目。
それを理解した瞬間、彼女たちから勝ち誇った笑みは消え去った。


「確かに   父は人狼だ。社会的地位も低いし、純血一族の一員としては 見られない。でも     …」


が微笑んだまま、ゆっくりと周囲を見渡した。
誰もいない空間にも微笑みかけるに、女子生徒達がびくりと肩を震わせる。
前回同様、今回も透明マントを着た伏兵を用意してあったのだ。
に見破られたのは攻撃を仕掛けようとしたからだと、彼女たちはそう思っていた のだ。
一つずつ、彼女たちから余裕が消えていく。


「どうしてマイヤー家がイギリスの魔法遣いと縁を結ぶことを了承したと思います? 由緒正しいマイヤー家も、だんだん数が減っているんですよ……それこそ、嫌悪する イギリスの純血一族を引き入れないと滅ぶほどに。」


計画が進んでいると言うことは、マイヤー家がそれを了承していると言う事だ。
何世紀もの間敵視していたイギリスの魔法遣いを血脈に入れるという決断は容易な ものではないだろう。
なぜそこまでマイヤー家がイギリスを嫌うのかは知られていないが、純血一族の場合 その原因が自分たちの都合のいいように後世に語り継がれている。
誰が聞いても悪いのはイギリスだ、と思えるような言い伝えになっているのだ。
幼い頃から刷り込みのようにそれを聞かされ続けてきた場合、それを覆すのはかなり の苦痛でり屈辱である。


「確かに父は人狼です。でも、由緒正しき東洋の純血一族の一員。人狼になったのは 後天的   つまり人狼に噛まれたからですが、それはボクが生まれた後の 事なんですよ。」


人狼になったとはいえ、東洋の純血一族である者と己の一族の間に生まれた子供。
少なくともマイヤー一族の直系であることは確かである。
確かにマイヤー家におけるの位置は、それを考えると宙に浮いている。
しかしそれでも、一族の者であることに変わりはないのだ。
例えこの先マイヤー家の者がイギリスから純血一族を血脈に入れたとしても、当主と なるのはマイヤーの血が流れているになる。
マイヤー家にとって、人狼の父を持つ直系の方が由緒正しいイギリスの純血一族よりも 大きい存在なのだ。
父親のことはちょっと目を瞑るだけで良いのだ   彼が純血だという事実は 変わらないのだから。


「マイヤー家はイギリスの純血一族よりも自分たちの直系を取る。つまり、父親が誰 であろうとボクはマイヤー家の一員なんですよ、先輩方。」


純血一族はイギリスが一番多い。
そして純血一族は年々その数を減らしている。
マイヤー家に釣り合うほどの純血は、それこそ今ではイギリスにしかいないのだ。
遅かれ早かれ、マイヤー家はイギリスの純血から嫁なり婿養子なりを迎え入れることに なるだろう。
と言うことは遅かれ早かれ、はマイヤー家の当主になる可能性があると言うこ とだ。
の他にどれほどマイヤーの直系がいるのか、知る者はマイヤー一族にしかいない 。
純血一族が秘密主義なのは今に始まったことではない。
を害することが直接マイヤー家の滅亡に結びつくのか否か、判る者はこの部屋に いない   張本人であるを除いて。


               ッ!!」


下手に手を出すことは出来ない   今度は確信に満ちた警告だった。
はにっこりと微笑んだ。
その微笑みは少女が浮かべる無邪気なものにしか見えない。
それが逆に、恐ろしい。
あっと言う間に形勢逆転されてしまった…はすべてを予想していたのだ。
スリザリンは狡猾、当然何手も先の相手の行動を予測し、全てのパターンに対応できる ようにしていた。
しかしはその更に先まで読んでいたのだ。
自分たちが優位になった段階で先を考えることを止めてしまった彼女たちは、最初から 勝ち目など無かった。


「もう宜しいですか?やらなければならないレポートがまだ残っているんです。」


呆然と立ちすくむスリザリン生達の間を抜けて、は扉まで苦もなく辿り着いた。
ちらりと誰もいない空間に目をやって、目を細める。
それから視線を中央に立つ金髪のスリザリン生に向けた。


「それでは失礼しました…クロフォード先輩。」


ツカサが名前を呼ぶと、彼女  セシリア・クロフォードは顔を蒼白にした。
しかしは何事もなかったかのようににっこりと微笑み、その場を後にする。
振り返ることなく、しばらく廊下を歩き続ける
そしてぴたりと歩みを止めた。






「さて、話をしようか     ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター 」






振り返ったは、寂しそうに微笑んでいた。



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原作キャラがほとんど出てきていない…!!
次回はたっぷりと出てくる…ハズ。