16...Werewolf. 「……本当は、まだ知られたくなかったな」 グリフィンドール寮。 ジェームズ達に割り当てられた4人部屋で、は寂しげに微笑んだ。 4人とも硬い顔をしていたが、リーマスが一番混乱していた。 はそんな様子のリーマスを見つめて目を伏せる。 「全部聞いてたんでしょ?他に聞きたいことはある?」 「あの リーマスが勢いよく顔を上げてを見た。 言葉を発しようと口を開くたびに、思い止まったように口を閉じる。 それを幾度か繰り返してから、リーマスは深く息を吸った。 それから真っ直ぐを見つめる。 「のお父さんは 「人狼だよ」 リーマスの言葉を遮るようにしてが言った。 俯いているの表情は、リーマス達には伺えない。 それにびくりと体を震わせるが、リーマスはから視線を動かさなかった。 の表情を隠す赤茶の前髪をじっと見つめる。 「ボクが小さい頃に噛まれて人狼になった。母が死んでから、父さんとボクはその 施設にお世話になった。」 の言葉にその場の4人は驚きに目を見開いた。 彼女の母親が死んでいたと言うことを、彼らは今まで知らなかったのだから。 今回のことにしても、何も知らなかった。 のことは何も知らなかったのかも知れない、とリーマスは唇を噛みしめた。 リーマス自信、長い間自分をさらけ出すような事をしなかったから判る。 その必要性もその辛さも、そして 「何年もの間、ボクは人狼達の中で生活してきた 「僕が人狼だって事が?」 躊躇い無くその言葉を発せたことに、リーマスは驚いていた。 が、それ以上に驚いたのは周りだった。 もその例に漏れず、パッと顔を上げてリーマスの顔を凝視する。 リーマスは真っ直ぐ、の目を見つめた。 「ずっと……怖くて言えなかった。に嫌われたらどうしようって、ずっと思って た。ジェームズ達はそれでも一緒にいてくれているけど 「………ふぅん?リーマスは君が人狼だって位でボクが友達止めるような薄情者だと 思ってたんだ?」 「だけど、人狼は 「月に一回人間じゃなくなるだけだろ!?それに、それも満月が出ている間だけだ! 人狼だから何だって?ボクはリーマスから言ってくれるのをずっと待ってた!!」 は立ち上がって、リーマスを睨み付けていた。 リーマスはきょとんとした顔で、じっとを見つめ返す。 いつも冷静なが声を荒げる姿は、リーマスから焦りや混乱を奪っていった。 は大きく肩で息をして、それから勢いよく椅子に座る。 イライラとした様子で自分の短い髪を掻き混ぜた。 「リーマスが言ってくれたら、ボクも言おうと思ってた。初めて大広間で会った時から 気付いてた、って。」 「え……そんな頃から気付いてたの!?」 ジェームズの声は微かに上擦っていた。 彼らは満月の日にいつもいなくなるリーマスを不審がった結果、その正体を知った。 けれどもは彼を見た瞬間にその正体を悟ったのだ。 その事にジェームズは驚きを隠せない。 「空気で判るんだよ、だいたいね は半眼でジェームズ、シリウス、ピーターを順に見やった。 リーマスには正体を知っても励ましてくれる友人がいた。 身近にそう言う人間がいるといないとでは、その人の心の状態は大きく変わってくる。 現にの知る人狼の中には発狂寸前で施設に現れた者も少なくはないのだ。 もちろん、同じ境遇の人間が集まる環境での生活がそれを改善するのだが。 ある種の連帯感や安らぎが生まれる場所、それがが育った"人狼養護施設"。 「"人狼養護施設"って、どんな場所なんだ?」 「別に、普通だよ。満月の夜に全員が人間でなくなるけどね…それ以外はただの共同 生活の場。食事当番とか買い出し当番とかがあって、喧嘩もあるし恋愛もある。 一応魔法省の管理下にあるから、時々監査役が来たりするけど。」 「魔法省の シリウスの質問に答えたが、肩をすくめた。 首を傾げたピーターをちらりと見つめて、自嘲を含んだ笑みを浮かべる。 が嫌う魔法省、それが彼女の家である施設の管理者。 それもそうだ、魔法省は其の施設に良い感情を持っていない。 社会的に制限が多い彼らが一所に集まれば、反乱を生むかもしれない。 集団で街を襲うなどの事件が発生しない保証もない。 魔法省にとって、不安要素ばかりの施設は自らの首を絞めかねないものだった。 ダンブルドアやフラメルといった力のある魔法遣い達が施設運営の続行を要求し続けて いるため、今のところ施設が潰れる心配はない。 それでも何かにつけて、魔法省は文句を付けてくるのだ。 「各地に存在する人狼を集めてしまえば人狼被害は起こり得ない 「当然……?」 「魔法省が人狼として把握しているのは全体の一部だけだからさ。先天的な人狼の場合 は調べが付くけど、後天的な人狼の場合は何かしらの情報がないと動けない。 存在を把握していない人狼が、どれくらいのスピードで仲間を増やしているのかも わからない。第一 この世に完璧なものなど存在しない。 社会的に"完璧な"人であると認定されない人狼達の中で育った には、ひどく 悲しい現実だった。 それでも人間は完璧を求めようとする。 そしてそれを求めるあまり、完璧でないモノを排除しようとするのだ。 自分たちの空間内だけは完璧なモノばかりが集まるように、空間内から排除する。 作られた"完璧"な世界 「後は……そうだね、人狼養護施設は"理性ある人狼"を目標にしているんだ。」 「理性ある人狼?それってまさか……人狼が自我を保つ、ってことかい?」 驚きを隠せない様子でジェームズが口を挟んだ。 はそれに小さく微笑み、しっかりと頷く。 ジェームズとシリウスがお互いに顔を見合わせて同じタイミングで瞬きをした。 リーマスは信じられないと言った顔をしている。 ピーターは驚きのあまり一切の動きが停止していた。 「最初はとにかく、誰も傷つけないようにするんだ 「経験から…って 「実際に満月で変身した状態の所に人間を近づける。その人間を襲わないように努力 する。もちろん最初から成功する人なんて誰もいないけど…でも、一年もすれば だいたいが出来るようになるよ。」 「そんな、もし噛まれでもしたら リーマスが表情を白くして引きつった声を上げた。 しかしはきょとんとした様子でそれを見つめている。 リーマスがどうしてそんなに驚くのか、分かっていない様子だ。 しばらく視線を天井あたりに向けて、それから「あ」と小さく呟く。 「そう言えば言ってなかったね……ボク、実はアニメーガスなんだ。万が一噛まれそう になったら変身すればいいし 「………驚きすぎて感覚が麻痺してるみたいだ…」 ジェームズが複雑な表情で呟いた。 そこにはもう既に驚きの感情は見えていない。 麻痺した、と本人が言っているところからすると、がアニメーガスだという話は 驚くに値しないものとなってしまったらしい。 アニメーガスになるのは非常に難しい。 少しでも失敗すれば元のように戻ることが不可能、と言うこともあり得ない話ではない 。 アニメーガスは、複雑な理論と様々な術の応用発展によって成り立っている術なのだ。 の話しぶりでは、彼女がアニメーガスになったのは最近の話ではないようだ。 そして当然、魔法省には登録していないだろう。 危険な行為として止められるばかりではなく、些細な出来事が施設の取り壊しへと 繋がってしまうからだ。 「幸いなことに優秀な魔法遣いがたくさんいたからね…アニメーガスになる方法も 教えてくれたし、練習にも付き合ってくれた。施設にいる人たちは基本的に暇だから ね 社会はどんどん、人狼達に辛い制度を構築している。 そもそもが"半ヒト族"を軽視する傾向にある社会なのだから、制度や法律がなくとも 就職はかなり大変であろうが。 にとって大切な人たちは皆、法律や制度によって雇用を制限されている。 そのために収入がほとんど見込めず、も含め施設に暮らす人たちは魔法省からの 援助金によって生活しているというのが現状だ。 しかしその援助金も年々減らされる一方。 "暇"という言葉に含まれた真意を察したジェームズは、悲しそうに目を伏せる。 リーマスとてホグワーツという庇護下から出てしまえば同じような思いをすることにな るのだろう。 リーマスは無言のまま視線を床に落とし、そのまま重い溜息を付いた。 「まぁとにかく…施設に関してはだいたいこんな所かな。リーマスも、もし気になる なら一度行ってみない?みんな気さくでいい人達ばかりだよ。」 「そうだね………ありがとう」 リーマスの微笑みは何処かぎこちなかったが、はそれに対して何も言わなかった 。 言えなかった、と言う方が正しいのかも知れない。 確かには人狼の問題を身近に感じながら生活してきたが、どんなに身近に感じよ うと自身の問題ではない。 かなり判っているつもりではあるけれども、全てを判ることは不可能なのだ。 人狼の気持ちは極端な話、人狼にしか理解することは出来ない。 99%までは人狼でなくとも理解できるかも知れないが、残りの1%はどうしても 同じ境遇でないと理解できない。 その1%の部分での言葉を聞いていたリーマスに、 が掛けられる言葉は ないのだ。 「 「あの……っ、は、何の動物に変身できるの…?」 「ボクは鷹だよ。翼を広げて空を滑空するのが凄く楽しいんだ…ただ感覚があまり にも人間の時と違うから、慣れるまでには苦労したけどね。」 苦笑するに、ピーターは尊敬の眼差しを送る。 キラキラと輝く瞳に見つめられ、はくすぐったい気分になった。 「それじゃあ……今日の所はこれでいいかな?レポートが残ってるんだ。」 「口実じゃなかったのかよ?」 「昨日出された数占いのレポートがまだ終わってない。」 呆れたような顔のシリウスに、は至極真面目に応えた。 その言葉に反応したのはもはやピーターのみで、残りの3人は疲れたように笑った だけだった。 はちらりと壁に掛けられた時計に目をやり、それから微かに顔をしかめる。 それに気付いたリーマスが時計を見れば、時刻は談話室が一番込み合う時間を 指していた。 どうやら部屋に来てから随分と時間が経過したらしい。 ジェームズがベッド下のトランクから透明マントを取りだして に差し出した。 「僕が先に出るから、扉が閉まる前にツカサも出てきて。それから一度談話室の外まで 出よう…人にぶつからないようにして進むのは大変かも知れないけど、さすがに談話室 でマントを脱ぐのは危険だからね。」 誰が何処で見ているとも限らない。 男子寮から出てくる姿などを目撃されれば、それだけで一大事だ。 特には様々な理由からかなり目立っている。 ここで下手な噂を流れてしまえば、それがを追いつめる材料になることは確実 だ。 ジェームズからマントを受け取りながら、は何とも言えない微妙な表情に なる。 「まったく…面倒この上ないよ。だけどあの時みたいなのはもうゴメンだからな……」 「あの時?」 「朝帰りだ何だって騒がれたことがあってね」 が心底迷惑そうに呟く。 リーマスの表情が僅かに引きつったが、それを見たのはジェームズただ一人だった。 シリウスはにやにやとした笑みを浮かべての肩を引き寄せる。 構図だけを切り取ってみれば恋人同士が肩を寄せ合っているようにしか見えないが、 二人の表情がそんな甘い空想を掻き消す。 迷惑そうに顔をしかめて、は己の肩を捕まえているシリウスの手をぴしゃりと 叩いた。 「はいはい、その話はまた今度ね 「行ってくるね〜」 の一歩前にジェームズが立つ。 しっかりと透明マントを着込んだは、そのままジェームズの背中を追いかけてい った。 (バレなきゃいいけど…) 部屋を出て扉を閉めたは、心の中で溜息を付いた。 随分と自分の情報を提供してしまった。 人狼養護施設などに関しては、言い過ぎてしまったと後悔の念すら覚える。 今回が口にした内容は、ともすればがこの時代の人間でないという 証拠になりかねなかった。 ちょっとでも調べれば、人狼養護施設に""という名を持つ東洋系の人狼など いないことはすぐに判ってしまう。 まさかそんな事をするはずもないだろうが、それでも可能性を与えてしまった。 近頃、は自分が未来から来たと言うことを忘れつつある。 何となくしこうがぼんやりとしてしまうのだ。 これは記憶喪失の件と何か関わりがあるのだろうか? それとも全くの無関係? (ボクは記憶を取り戻さなきゃいけないんだ…それが、最優先事項なんだ) 様々な出来事が短期間のうちに発生したために、すっかり忘れていた本来の目的。 は気持ちを切り替えるように背筋をすっと伸ばした。 (思い出さなきゃ) 談話室へと繋がる扉を見つめながら、は改めて自分に言い聞かせた。 |