追いかけた先にあったのは、昼間だって言うのに静まりかえる歓楽街だった。
つまりはまぁ、夜の街。雰囲気からして妓楼みたいだ。
その中でも一番煌びやかな門を潜っていった軒を見送り、俺は腕を組む。
貴陽の妓楼で一番格式高いのは「姮娥楼」だと聞いているから、つまりは目の前のこれが噂の「姮娥楼」らしい。
「……働き口あるかなー…」
算盤弾くのは生活の一部だから問題ないし、まぁ掃除洗濯も普通に出来るし、普通の店ならば断られる筋合いがないくらいの技術は持っている。
でも相手は妓楼、しかも貴陽一と来たもんだ。
さすがに俺も妓楼で働こうと思い至ったのは今回が初めてだから、就職に必要な技術に関する知識も乏しい。
…取り敢えず訪ねてみて、駄目だったら近くの店を回るか。
「失礼しまーっす」
門番が見あたらなかったので勝手に中に入る。
すると入ってすぐの処にさっき見た軒が留めてあった。
建物の方に近づくと、なにやら熱心に売り込みをしているらしい商人の声が聞こえる。
掃除やら洗濯やらの妓楼とは思えない生活感溢れる音が聞こえる中、ゆっくりと扉を開けて中に身体を滑り込ませた。
扉から入ってすぐ、玄関口とも言える場所で商人は俺に気付かずに口上を並べ続ける。
「いかがです、大旦那?これほどの品は滅多に手に入りませんよ」
「そうだねぇ……」
大旦那、と呼ばれた人は俺の姿をちらりと見たが、特に気に留める様子もなく目の前の商品を眺めている。
外見はおっとりしているように見えるけれど、さすがに貴陽一の妓楼の大旦那ってだけあって肝は据わって居るみたいだ。
追い返される様子もないみたいだから、俺は興味本位で大旦那が見ている商品をちらりと覗いてみる。
そして思わず眉をひそめた。
「……すっごい自信だけど、贋作の売買は犯罪ですよね」
覗き見た商人の手元にあるのは、近頃人気を博している画家の絵だった。
売れ初めて時が経っていないとはいえ、真筆を見たことがあれば目の前の作品が贋作だと見分けるのはさほど苦もないことだろう。
筆に込められた力、色の乗せ方も全然違うし、何よりも生命力に欠ける。
俺の存在に気付かずにいた商人は慌てて振り返り、俺の顔を見て額に青筋を浮かべた。
若干顔色が悪いのは図星を指されたからだろう。
商人が何か言い出す前に俺は小さく咳払いをして見せ、視線を大旦那に向けた。
「大旦那は気付いていらっしゃったようでしたから、差し出がましい発言ではありましたけれども」
「そうだね…でも、素晴らしい観察眼だ。一目で見破るとは…君の名前は?」
「と申します。家が碧州にて画商を営んでおりまして」
俺の言葉に大旦那と商人が軽く目を見開いた。
そして大旦那は感心したように、商人は顔を土気色に変えていく。
どうやら貴陽でも「碧州の画商」の名前は使えるみたいだ。
唯一の碧家お墨付きの画商で、最も確実に碧幽谷の真筆を手に入れられる店。
紅藍両家が強すぎて霞みがちだが、それでも碧家は立派な彩八家の一つ。
特に碧幽谷は誰もが知る超有名人だから、それに伴ってウチも名前が売れてるんだろう。
「あの画商の…碧州からは遠かっただろうに……。ところで、どうして姮娥楼へ?」
「いえ、賃仕事の職が空いていないかと伺いに」
そう、別に贋作なんて物は放って置いても見つかって捕まる物だから言い。
でも俺の仕事は探さないと見つからないんだ!
親父のことを知っている素振りではあったけれど、どうやら格別親しい訳じゃない。
つまり、ココで働くことは親父のコネを使うというわけじゃない。
なんとしてでもココで働かせてもらうか、働き口がなければ紹介状でも書いてもらえば俺の就職は万々歳だ。
貴陽一の姮娥楼の紹介状を無下にできる店なんてこの辺りじゃないはずだ。
「賃仕事…?ウチの店で働いてくれるのかい?」
「一月だけなのですが…むしろ働かせていただきたいと思っています」
「もちろん、もちろん!大歓迎だよ!さっそく皆に伝えよう」
「ほ…本当ですか!?有り難うございます!!」
やった!これで取り敢えず暮らしていける!!
まさかあっさり決まるとは思っていなかったけれど、兎にも角にも俺の暫くの住まいはこうして確定したのだった。
え、あの贋作を売り込んでた画商?
なんかいつの間にか男衆が運び出されてたみたい。
ああいう人間は実家で嫌ってほど観察済みだから気にも留めてなかったけど。
君の住処は「姮娥楼」に決まりました。ぱふぱふ。