吏部を目指せ!


青 絹 布 っ て や た ら 目 立 つ よ ね

宴もたけなわに食事が進んでいる最中、話を聞き流していた俺には唐突に飛び上がった影月君を見て驚いた。
真っ青な顔で荷物をひっくり返し、どうやら何かを探していたらしかったが、結局何も見つからずに更に顔を蒼白にする。


「なななない!!」


「なななにが!?」


札。
影月君は声には出さなかったけど、確かにそう口を動かした。
それを見て俺はすっと表情を消した。
影月君が此処まで慌てる"札"…つまり会試の受験札。
それが消えているということは、もしかすると。


「影月君、それ    え、あれ!?」


気付くと影月君も秀麗ちゃんも酒楼から走り去っていくところだった。
邵可さんと視線を合わせた静蘭さんも、後を追うように走っていく。
そんな三人の後ろ姿を見送った後、俺はのんびりと食事を進める邵可さんを見た。
邵可さんのことだ、状況は把握しているだろう。この人は見た目の温厚さとは違う何かをその内に秘めているような人だと思うから。
そしてそれでも動じないと言うことは静蘭さんを信頼しているんだろう。彼なら大丈夫だと、心からそう思っているんだろう。


「………青巾党、ですか?」


「そうだろうね…まぁ此処まで派手に暴れていれば親分衆が黙っていないと思うし、心配せずとも大丈夫だよ、君」


それより、君は大丈夫かい?


唐突に掛けられた言葉が最初は理解出来なかった。
だけどじわじわと言葉が染み込むにつれ、俺は目を見開いていった。
邵可さんは気付いたのだ、俺が何も言わずとも。

俺もまた、国試の受験者なのだと言うことを。


「詩の朗読のとき、君も真面目な顔だったからね。それに秀麗と影月君のことをとても"近い"目線で見ていたからね…二人と同じ状況に居るんだろうと思ったんだよ」


秀麗ちゃんと影月君の共通項、それは国試受験。
俺は邵可さんの観察眼に笑うことしか出来なかった。凄い!
まぁ隠してはなかったけど、自分からは何も言ってなかったのに。
俺は微笑みながら懐から木簡……会試の受験札を取り出す。


「武術はからっきしですけど、観察眼と演技力にはコレでも自信あったんですよ」


「そう感じたよ…まだ若いのに良い腕前だね」


「実家が実家でしたから」


幼い頃から両親が働く姿を見ていたし、俺自身も下っ端に混ざって働いていた。
でも俺は次男坊で、の家を継ぐことは出来なくて。
それが前提にあったからなのか、仕事をしているときの俺の興味は商業じゃなくて客にあった。
どんな客が何を買うのか、どういう客が何を求めるのか、そんな興味から始まった今の趣味。
自覚してからは仕事中も余暇の時間も、全てを人間観察に費やした。


「……秀麗ちゃん達にはこのこと、黙っていてもらえますか?」


「受験のことかい?」


邵可さんの言葉に俺は頷いた。
知られたくない訳じゃない、でももしかすると秀麗ちゃんたちからバレる可能性がある。
何も言わずに紫州まで出てきてひっそり働いている今の努力を潰したくはない。
そんな俺の心まで読みとったのかどうかは知らないが、邵可さんはそれ以上何も聞くことなくゆっくりと頷いてくれた。


「さっき出てきた親友に知られたくない……かな?」


「だ…大正解、です……」


何もかも見透かされている気がするのは俺だけだろうか…。
でも間違いじゃない。俺は受験のことを親友である碧珀明に黙ったままだ。
別に劣等感があるとか、そう言うのじゃない。
神童と言われていたとしても珀明は誰よりも努力していたし、今回の結果だって全ては今までの努力が実った当然の結果だ。
ただ、俺は。


「朝廷に行きたい理由が理由なので…知られると煩そうですから」


「それは、私が聞いても良い理由かな?」


「全然構いませんよ。でも、人間観察をしたいだけ、なんて言ったら珀に殺されるかも」


かつて最年少で状元及第した李絳攸さんに憧れて、そして碧家を守るため朝廷を目指す珀明にそんなこと正面から言える勇気はない。
でも、一番面白そうな人間観察場所って言えばやっぱ朝廷だろ。
特に人事をとりまとめる吏部なんて人間観察が仕事みたいなものじゃないか!
趣味と実益を兼ねた仕事って、何よりも楽しそうじゃない?
そんな感じの俺の言葉に、邵可さんは何も言わずに微笑みを返してくれた。
それは、とても暖かい微笑みだった。

碧州出身で碧家に繋がりのある画商が実家ですから、珀明君とも知り合いです。むしろ親友。
そして夢のためにひたむきに頑張る人たちの前ではおいそれと口に出来ない志願理由…。
でも受験生の誰もが秀麗達みたいな夢ばかり持っている訳じゃないと思うので。
ここまでちゃらんぽらんな志願理由もおいそれとは見つからないことでしょうが……。