俺の会試受験には、早々から暗雲が立ちこめていた。
その暗雲のせいで俺は宿舎入居初日から毎日ガミガミと叱られている。
暗雲の名前は碧珀明、俺が国試受験の事実を告げていなかった親友だった。
「 聞いているのか!?だいたい調べたら州試のあの成績、あれは何なんだ!?あんな成績で及第するなんて僕は許さないぞ!!」
「えーと…珀明、珀、落ち着け?な?周りの室の人たちに迷惑だろ?」
「僕なんかよりもあの孔雀頭の方がよっっっっっっぽど迷惑だ!!!」
どうやら珀明は怒り心頭らしい。その矛先を俺に向けないで欲しいが。
ちなみに孔雀頭とは藍龍蓮、先日会った藍様の実の弟という噂だ。
藍龍蓮と言えば藍家の切り札として有名だが、もしかすると頭脳的な意味ではなく体面的な意味でも切り札なのかもしれないと俺は思った。
頭の中身がどうであれ、外見がアレでは最後まで出したくないと思うのが人の常だろう。
その点に関しては藍将軍と語り合えそうな気がする(あの人は以外にまともな感性を持っていそうだ、一部を除くが)のだが、どうだろう。
「だからさぁ…何度も言ってるだろ?珀明に誘われたときは本当に国試受けるつもりなんかなかったんだって」
「だ・か・ら!それなのにちゃっかり及第していることに僕は苛ついているんだ!!」
「ちゃっかりって…志願するつもりはなかったにせよ、一緒に勉強はしてただろ?今回の成績だって日頃からの積み重ねだって …」
「積み重ねであんなしょうもない成績になるか馬鹿が!!」
弁解すればするほど怒鳴られる。なんて不憫なんだろう、俺。
でも珀明に黙っていたことは俺の咎だし、怒られても文句は言えないよな。
ひとまずは志願理由は聞かれてないし(珀明のことだから予想しているのかもしれないが)
そのことについて怒られるのは先のことになりそうだ。
国試を目指す場合、そのための勉強は一夕一朝でどうにかなる量ではない。
そして、一夕一朝で会得出来るほど生やさしい内容でもない。
芸事に関する才能がなかったと言って勉強を始めた珀明に無理矢理つきあわされたのは何年前だったか。
親友が家の中で辛い思いをしているのかもしれないと幼心に思った俺は、真面目に珀明と一緒に勉強をしたものだ。
それで珀明の気が紛れるのなら容易いものだと思っていた。
「でも……ほんと、珀明が居なかったら俺、此処まで来れてない。なのに黙ってて…ごめん」
珀明と一緒に勉強をしていたから、実力を身につけていたから、俺は国試受験という選択を手に入れた。
何処かの商家に婿入りするという決められた人生から俺はこうして抜け出せた。
更には俺はこうして堂々と趣味に勤しむことが出来る!
それもこれも、珀明のおかげだって言うのは大げさな言い方じゃない。
「しっかし偶然って怖いな……まさか珀明の隣の室とは」
国試及第してから「実は俺も受けてたんだぜ☆」計画がこの室の割り振りのせいで全て塵と消えた訳なのだが、今は感謝しないこともない。
少なくともすぐ側の室に秀麗ちゃんと影月君が居るって言うのは嬉しい驚きだ。
入居初日に挨拶に言ったらやたら驚かれたな、国試受験のこと話してなかったし。
珀明も歳が近いってことで秀麗ちゃんと影月君とも仲良くなっている。
珀明は性格的に女だから、子供だから、って理由で二人を拒むような人間じゃない。
そう言う同世代との関わりは二人にとって大きな励みとなるだろう。
この先はきっと辛いことばかりが待っているだろうから。
(……俺ってなんか、若い子の心配ばかりしてるなぁ)
俺自身も若いはずなのに、何でこんな年寄り臭い思考なんだろう。
なんか新人を見守る高官の気分だ。ていうか賃仕事での世話役みたいな気分。
ピーひょろろ、と笛の音が聞こえてくる。
周りの人たちをとても感情的にさせる笛の音だ。
碧家と交流があるってことで俺も耳は肥えている方だけど、この音色は聞いていて飽きない。
もちろん、程度によっては俺も疲れてくるけど…何よりも藍龍蓮っていう人間を表している気がするからつい耳を傾けてしまう。
そしてそのついでに、あの笛の音により生まれる阿鼻叫喚を観察するわけだが。
「うーん、今日も良い人間観察日和だなぁ……」
うっかり断末魔にも聞こえる悲鳴を聞き流しながら、俺はそう呟いた。
次の瞬間には珀明に頭を殴られるわけだけど。
会試での日常が始まります。捏造まみれですが…。