俺が孔雀の君と友の契りを交わしたその次の日、珀明の堪忍袋の緒が切れた。
努力を無下にしているような態度とか、騒音きわまりない笛の音とか、気が狂いそうな笛の音とか、碧家の一員として問いただしたい笛の音とかに我慢ならなくなったらしい。
ほとんど笛が原因だというのが珀明らしいところと言うか。
珀明自身に芸事の才能はないにしろ、碧家は芸学に秀でた一族だ。そのことをふまえれば珀明の怒りも納得出来なくはない。
「あの騒音孔雀男め…!今日という今日こそは我慢も限界だ!!」
「えー…珀明、落ち付けって。奇妙奇天烈で独特な音だけど、無視しようと思えば何とか」
「巫山戯るな!あの笛は類い希なる名品だぞ!?そんな笛を吹いておきながらあんな奇怪な音を出すなんてことを許せるか!!」
だんだん論点がずれているが、珀明は自分の論理に熱中しすぎて気付いていない。
というより、上塗りにしていた大義名分が壊れて本音ばかりが飛び出している、と言う方が正しいのだろうけれど。
慣れない生活が続いていて沸点が下がっているからなのか、珀明は今にも飛び出して龍連を殴り飛ばしそうなほど怒り狂っている。
いつもは俺の突発的な行動(=人間観察癖)を留めるために文句を言う珀明を、今は俺が必死に抑えていた。
まぁ仮に俺が手を離したとしても武術はからっきしの珀明がなかなか腕の立つ龍連に勝てるはずもないことは判っているけれど、珀明の矜持のためにここは落ち着かせるべきだ。
「落ち付けって、な?珀明らしくねーよ」
「離せッ、 」
「」
珀明が今にも飛び出そうとしていた扉が、突然ガラリと音を立てて開いた。
そこに立っていたのは当に俺の苦労の原因である孔雀の君、藍龍蓮。
しかもご丁寧にその手には珀明も認める上質な銀の笛がしっかり握られていた。
噂をすれば影、火に油、その他色々な言葉が一瞬にして頭の中を流れる。
そのせいで珀明を捕まえていた力が緩んでいたらしく、気付いたときには既に珀明が龍連に噛み付いたあとのことだった。物理的にではなく、比喩的な意味で。
「貴様、孔雀男!お前は少しは周りのことを考えようとは思わないのか!?いつもいつもいつもいつもいつも!お前のその笛の音は何なんだ!!笛に対する侮辱だ!!」
「………、これは何だ?」
「これとは何だ、これとは!!僕には碧珀明という名が むぐっ」
「お・ち・つ・け!ゴメン龍蓮、珀明って熱くなると止まらないから……」
更に怒鳴り散らそうとする珀明の口を後ろから押さえて、俺は困ったように笑いながら龍蓮に小さく謝った。
俺と珀明が頭一つ分くらいの身長差があるから出来る芸当だ。
ちなみに龍蓮は俺と同じくらいの身長だったりする。
龍蓮はモガモガと暴れ続ける珀明をじっくりと観察するように見つめたあと、唐突にその頭を恐る恐ると言った手つきではあったが、そっと撫でた。
それに珀明は驚いたように硬直し、俺も目を見開く。
まだ知り合って間もない俺と龍蓮だが、それでも龍連が他者に対してこういう行動を気安く取るような人間じゃないことは判る。
龍蓮は天才だ。その名が現すがごとく、その噂が現すがごとく、俺たちとは乖離した世界を生きているような人間。
「……龍蓮?」
「よく怒るな…そうか、そなたは怒りん坊将軍だったのか!」
なんだそれは。
俺が口をふさいでいるから言葉を発せ無い珀明も、きっと同じ事を言っていただろう。
唖然としている俺たちだったが、そんなこと気にも留めない様子で龍蓮は途端にウキウキとして珀明を見つめる。
そして手に持っていた笛を構えて曲を奏でようとする動作を見せた。
「ならば怒りん坊将軍に出会えたこの喜びを曲にしようではないか」
「……ぷはっ、いい加減にしろ貴様!はた迷惑だ!!」
「そうかそうか、興奮するほど嬉しいのだな」
「勝手に奇怪な解釈をするなこの馬鹿孔雀め!!」
…………。
珀明と龍蓮のそんなやりとりを見つめながら、俺は思わず小さく笑った。
どうやら素直に食って掛かってくる珀明を龍蓮は気に入ったらしい。
乖離した世界を生きる龍蓮にとって、俺や珀明みたいな普通の人間との普通の時間はとても貴重で大切なものなんだろう。
秀麗ちゃんと影月君と俺。それに今この瞬間、珀明が加わった。
それが何となく嬉しくて思わず笑みがこぼれる。
俺の勝手な解釈なのかもしれない。俺に龍蓮の本当の気持ちは判らないから。
でも、俺が見ている龍連は、珀明との応酬をとても楽しんでいるように見える。
だから、良いんじゃないかと思った。
ていうか俺が嬉しいからそれで良いよ。
友達と友達が友達になるって、幸せなことだ。
珀明を書くにつれてどこぞの我が侭プーに近づいているのは気のせいだろうか…。
会試編は余り長引かせないつもりなので、次かその次辺りで終わりまーす。