吏部を目指せ!


観 察 す る 側 、 さ れ る 側

近頃予備宿舎を覆う空気は酷く陰鬱なものだった。
全ての原因は藍龍蓮という孔雀の君、別称怪奇音の製造者だと言うことは明白なのだ。
既に多くの受験生は気が狂って宿舎から出ていき、忍耐力で残留している受験生も管理人に訴えを毎日続けている。
俺はと言えば、この状況が生み出す人間の変化という、この機会を逃せば拝めない目の前の光景に俺はいたく感動を覚えながら毎日観察を続けていた。
ただ、そろそろ潮時かもしれない。
現状を重く見た王達が龍蓮の隔離を画策し始めているという噂を聞いたからだ。
人間観察を続けたい俺としては、なるべく人数の多い方に混ざりたい。すなわち宿舎からの離脱組として龍蓮と別れると言うことだ。


「でもなぁ……」


人間観察を続ける身としては、俺はそこそこ技術力があると思う。
俺は姿を隠すのではなく姿を紛らわせる観察方法なのだけれど、時と場合によっては隠れる観察も数をこなしてきた。
やる側としての経験は、やられる側に回ったときであっても活かされる。
つまり、周囲の人間の視線や探るような目線には敏感だと言うこと。
龍蓮を隔離するにしても、人道的に龍蓮一人だけを何処かに移動させる訳にはいかない。
予備宿舎という環境は管理人だけでなく、受験生同士で互いを見張り合うという緊張感を保つ場所であるべきだ。
それを龍蓮一人だけ免除というわけにはいくまい。


     俺も候補入りか)


悪い言葉で言えば道連れ。良い言葉で言えば   …あれ、なんだろ。
とにかく俺を含めた数人が龍蓮と一緒に何処かに移される可能性が濃厚だ。
一切周囲の迷惑にならないところ。
一体俺はどうなるんだろうか。若干面白そうではあるけれども。










「前言撤回だ。全然面白くない!」


「煩いぞ!脈絡もなく叫ぶな!!」


俺と珀明の声が、じめじめとした薄暗い石壁に反響した。
そう、俺は断固として「面白そう」なんて言う言葉を撤回する。
だいたい何で国の宝となるであろう会試受験生を獄舎に放り込むんだ!?
季節考えろよ、真冬だぜ!?凍え死ぬだろうが!!


「それにしてもー…珀さんとお知り合いだったんですね、さん」


「まぁ、幼馴染みだな。家も近かったし、商売相手でもあったし、歳も近かったし…仲良くなるには十分すぎるほどの条件があったって訳だ」


「僕は時々後悔するがな…今なんかその良い例だ」


「でも見捨てないんだよなー、珀ってば優しいしー」


にやりと笑いかけると珀明は寒さとは違った意味で僅かに頬を染め、やたらと勢いよく俺から顔を背けた。
その勢い出方から毛布をずり落としてしまい、珀明はブルリと背中を震わせる。
俺は自分に分け与えられた毛布も珀明にまとめて投げつけて、それから同じように隅で震える秀麗ちゃんに龍蓮の毛布を掛けてあげた。
龍蓮はそんな俺の行動をちらりと横目で見たあと、何事もなかったかのように居眠りを続ける。


「ちょっ、さん?いくら龍蓮がどうしようもない馬鹿だっていっても、毛布を取っちゃうのは可哀相じゃ……」


「心配しないで、秀麗ちゃん。龍蓮のあの服って結構暖かいし、龍蓮自身も武術を納めてる人間だからこれぐらいじゃ凍え死なないよ」


「え…えぇ?さんって龍蓮とは予備宿舎に入ってから知り合った…のよね?その割には随分と詳しい気がするけど…」


「気になったから聞いたら教えてくれた。あとは俺の観察眼と勘だね」


珀明の「人間観察馬鹿が…」なんていう悪態が聞こえてきたけど、俺はすぱっと無視することにした。
特に俺の弁解を求めているわけでも、会話の応酬がしたいわけでもなさそうだし。
秀麗ちゃんはそれでも俺のことを不思議そうに見つめていたが、暫くすると諦めたようにため息を付きながら肩をすくめた。
秀麗ちゃんの隣にいた影月君も困ったように笑いながら俺を見る。


さんって、第一印象と違いすぎるわ。なんていうかその…お茶目すぎ?」


「正直に巫山戯すぎだと罵った方が良いぞ小娘」


「………珀も、なんか日々俺に優しくなくなってくよね」


「日頃の行いだ、馬鹿」


毎日のように繰り返される応酬だったが、さすがに獄舎につれてこられた疲れからか、それとも寒さからだろうか、珀明の声には元気がない。
というか、冒頭の叫びで力を使い果たしたって感じかな。
秀麗ちゃんも珀明の様子に気付いたらしく、突然すっくと立ち上がって移動を始めた。ずりずりと毛布を引きずりながら。
向かった先には管理人さんが情けで持ってきてくれた秀麗ちゃんの調理道具一式だ。
どうやらご飯を作るつもりらしい。


「あ、でも材料が    …」


それから先の言葉は、手際よく雑草を抜き始めた秀麗ちゃんの姿を見て飲み込んだ。
そうか、アレが俺たちの今日のご飯か……ハハ、アハハハハ。
今からこんな環境には耐えられないと泣いて縋ったら俺は獄舎から出られるだろうか、なんて考えるだけ無駄なことを思わず考えてしまった。
そんな思いは食べた瞬間に消え去るんだけど。
本当に秀麗ちゃん、いつかウチで庖人やってくれないかなぁ…。

ようやく獄舎入りです。それにしても君が最強キャラっぽくなりそうで戦々恐々の思いで 書いてます。
更には最近読んでいる別小説の影響で気違いじみそうになるのも止めようと必死です。
………君は巻き込まれヘタレ不憫キャラなんだ!!(どんな主張だ)