会試結果発表日。
俺は合格者の名前が連なる榜札を左から順番に目で追っていっていた。
しかし、なかなか俺の名前は見つからない。
徐々に冷や汗を浮かべながら名前を探すうちに、とうとう半分まで来てしまっていた。
ざぁっと顔から血の気が引いていくのがよく判る。
名前が見つからない。つまり…不合格?
「は、珀に殺される……」
一緒に受験したのに(しかも席はばっちり隣だった)俺だけ不合格だなんて知れてみろ。
想像するだけで俺の人生お先真っ暗だ!親父にも殺されるかも!!
俺の我が侭が通るのも人生で一度きりだろう。
落ちてたら…この先は導かれるままの人生を送るしかない。
「龍蓮にも合わせる顔がないよな…」
さっきから煩いくらいに騒がれているのは上位及第者の情報だった。
状元は影月君、榜眼に龍蓮、探花に秀麗ちゃん。
珀明は惜しくも四位だったけれど、それでも十分上位及第だ。
一体俺はこの先どうすれば良いんだろうと半ば途方に暮れていると、突然目の前の人垣が割れて小さな影がいくつか飛び出してくる。
誰かと思えば、それはついさっき考えていた上位及第者達だった。
つまり、珀明が居るわけで。
「!?貴様あの成績はどういう事だ!!」
「ギャー!珀明ほんっっとにゴメン!!」
「十七位及第だと?何でそんなに順位が低いんだ!!」
「申し訳ありません本当にゴメ…え?」
今、俺の耳が可笑しくなければ十七位及第って聞こえた気がする。
十七位… 十 七 位 及 第 だって!?
その瞬間、更に俺の顔から血の気が引いていくのを感じた。
きっと俺の顔色は青いを通り越して青白いんじゃないだろうか?
秀麗ちゃんが心配そうに俺に声を掛けてくれるけれど、そんな言葉も耳に入らないくらい俺はとにかく驚愕し、そして恐怖していた。
だって俺の及第目標順位と比べものにならないぜ十七位!!
「十七位ィ!?本当かよ珀明!?」
「当たり前だ、どうして嘘を付く必要がある!!」
「嘘だろー!?三十位及第目指してたのに!!」
俺の言葉に心配そうだった秀麗ちゃんの表情が固まり、珀明が怒りに顔を赤く染めた。
そのまま珀明は俺の側頭部を遠慮無しにバシバシ叩き始める。
しかしそんなことも苦にならないくらい俺は混乱し、怒っていた。
何でみんな揃って会試当日に不調だったんだ!?
あの手応えなら確実に俺は三十番台で及第だったはずなのに!
「やっぱり手を抜いていたな!!」
「当たり前だろ!?上位及第なんてして目立ちたくなかったんだよ俺は!!」
「………予備宿舎にいた頃から妙に目立ってた気がするけど、さん…」
ぼそりと呟かれた秀麗ちゃんの言葉に俺は思わず動きを止めた。
なんだって!?目立ってた!?
俺の驚愕した表情に、逆に秀麗ちゃんと影月君が驚いたようだった。
目を丸くして二人揃って俺のことを見上げてくる。
「龍蓮と四六時中行動していて目立っているつもり無かったの!?」
「何だかんだでさんも予備宿舎で勉強してなかったですしー」
突きつけられた言葉に俺はガクリと項垂れた。
なんて事だ、目立っているつもりなんか無かったのに目立っていただなんて…!
……でも、考えてみたらその目立ち方は「同時期に及第した人間」に対する目立ち方のような気がしてきた。
既に及第している人間からすれば、俺は十七位で及第しただけの小僧になる。
それならば…それならばまだ俺の夢は費えていないかも知れない。
「そうだ、まだ俺の夢は終わっちゃ無い…」
小さく俺は呟いた。
そうだ、まだ俺の夢が費えたかどうかなんて誰にも判らないんだ。
朝廷での身の振り方次第で俺への評価はいくらでも変わる。
その間に慎重に俺という人間への存在を刷り込んでいけばいい。
俺が朝廷で求める、俺という人間の印象を。
「終わったことは仕方がない。今後に期待だ!」
「理由になっていないぞ!?手を抜いた理由を教えろと…むぐっ!?」
「ごめん秀麗ちゃん、影月君。珀明が煩いからいったん帰るね。龍蓮に今度飲もうって伝えておいてー」
モガモガと叫く珀明を引きずって俺は呆然とした二人の元から離れた。
そう、俺には俺の夢がある。
俺には俺の目指す場所がある。
其処に到達するまではどんな努力も惜しまないし、気配りも忘れない。
「まぁ取り敢えずは一歩前進だな」
追記。
どうやら俺の及第順位が予定外のものだったのは、俺の手の抜き方の誤りではなくて龍蓮の笛による影響を受けて順位を下げた人間が多かったかららしい。
まったく、はた迷惑な話だ。
会試終了ですー。十七位及第でした。中途半端な順位ですねぇ。
この先は「龍蓮台風」沿いを飛ばしまして「花は紫州に咲く」の流れに続きたいと思います。
お話の都合上其処まで絡ませられないもので…期待されていた方がいらっしゃれば申し訳ないです…。