吏部を目指せ!


始 ま り の 朝

「うわー…」


お仕着せの白衣を身にまとい、俺は思わず惚けた声を上げていた。
進士という無位無冠の地位を現すための衣装。
白衣は準禁色であるが、武芸に富む白家が進士にならと許可を下した色。
彩七家とは縁もゆかりも   いや、人間関係的にはあるけど血縁はないので、生まれて初めて身に纏う色だった。
何となく感慨深いものがある。


「おや、じゃないか。これから出仕かい?」


「あ、胡蝶さん。そーですけど…えらく早耳ですね」


「はん、この胡蝶を見くびるんじゃないよ」


普通なら吏部試があるところを、上位及第社は朝廷に留め置いて様子見をするらしい。
それを知った上で出仕という的確な言葉を使った胡蝶さんは、驚いた顔の俺を見てからりと笑ってみせる。
しかしその笑みも次の瞬間にはそのなりを潜めていた。
そして俺の顔を真っ直ぐ、そして鋭く射抜いてくる。
この貌は妓女としてのものじゃなくて、親分衆の一人としての貌だと経験で判る。
俺は最近の出来事やら胡蝶さんの客やらを思い浮かべて、思い当たった一つのことに小さく笑って見せた。


「秀麗ちゃんのこと、心配ですか?」


   当然じゃないか」


最近、この妲娥楼では秀麗ちゃんの姿を見かけない。
秀麗ちゃんが国試に受かって少ししてから、胡蝶さんが秀麗ちゃんにもう店に来ないよう言ったのだ。
どうやら龍蓮のお兄さんだという藍楸瑛将軍からの願いだと言うことまでは判っているけど、その先は俺も全く知らない。
でもその行動が秀麗ちゃんを心配したがためのものだってのは判る。
妲娥楼で働き初めてからまだ日は浅いけど、秀麗ちゃんへの溺愛ぶりは知っているし、胡蝶さんの人となりからすれば訳もなく秀麗ちゃんを拒絶するはずないってのは明らかだ。


「俺は細かい事情とか知りませんし、特に知ろうとも思いません。……でもまぁ、秀麗ちゃんは同期のよしみで友達ですから、当然面倒くらい見ますよ」


「すまないね…頼んだよ」


俺はその言葉に微笑み返し、準備が出来たらしい軒に乗るためにその場を後にする。
秀麗ちゃんも影月君もきっと色々と大変なことになるだろう。
ただでさえ朝廷なんて言うのはえぐい場所なんだ。
純真な二人はそんな澱んだ空気に中てられてしまうかも知れない。
それを彼らは自力で乗り越えなきゃ行けないことは判っているし、全てに手を貸すつもりは俺にも毛頭無い。
だけど、あまりにも周囲との扱いの格差が大きすぎるだろうから。
それを俺たちと同等の扱いになるくらいまで引き上げることは構わないだろう。


(それにまぁ、年下の面倒を見るのが年上ってモンだ)


年が明けて俺もまた歳を重ねた。
たまには年相応な振る舞いとかしてみようと思う。
これから始まる、二十二の俺が始める物語。
そんな物語の一幕としては悪くない展開だと俺は心の中で笑った。

まだ序章みたいなものですが、前回とはまた異なる決意表明ですね。
ちなみに君はいまだに妲娥楼に厄介になっています。毎朝妓楼から出仕。笑
年が明けたので君も二十二歳になりました。ぞろ目だー。わー。