(うっわぁー…)
飛び込むようにして大堂に入ってきた秀麗ちゃんと影月君を見て、俺は思わず頭を抑えてしまった。
そして聞こえてくるあからさまな誹謗中傷にも頭が痛くなってくる。
かなりボロボロの格好をした二人は、きっと間違った開始時刻を書かれるとか言う典型的な嫌がらせを受けたのだろう。
それでも真っ直ぐ前を見ている二人が、凄く眩しかった。
(こんな馬鹿なことしか出来ない人たちより及第順位が下って認識されるのもなんか悔しい気がするな)
まぁ過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。
用意された席に着いた二人の背中を見つめながら、俺はため息を吐いた。
取り敢えずまだ盛大に嫌みをぶちまけている馬鹿の顔と名前くらい覚えておこうと周囲を見渡した瞬間、下吏がさっと扉の横へと動いた。
それを受けて周囲のざわめきが水を打ったかのように静まりかえる。
「蔡礼部尚書、および魯礼部官のおなりでございます」
とうとう、俺たちの進士としての一日目が始まる。
俺たちの全ての告げる声の後にカラリと開かれた扉から入ってきたのは二人の男だった。
一人はやたら恰幅の良い、にこにこと笑みを浮かべている初老の男。
もう一人がいかめしい面もちをした威厳と存在感に溢れる男。
服装と佩玉から判断するに、恰幅がよい方が礼部尚書でしかめ面の方が魯官吏のようだ。
始まった蔡尚書の祝いの口上を聞き流しながら、俺は二人の姿をじっと見つめる。
(コレが、礼部の人間か)
朝廷の仕組みも、各部署の働きも把握はしている。
けれども現職で働く人間を見るのはコレが初めてだった。
そして書簡から見えたものと現実との差違に心の中でひっそりと息を付く。
商人として仕事をしていれば、人間の外見と中身が一致しないなんて事はもはや常識的な認識になる。
そしてどんな人間が腹の底でどんなことを考えているのかも、ある程度は類推出来るようになる。
(最初からコレですか…何かもーやる気そがれるー)
外面は真面目に話を聞いている新進士のまま、内面だけぐでぐでとだらけ始める。
俺は問題ないだろう。ただの第十七位及第者だし、実家も名の知れた商家だ。
問題は秀麗ちゃんと影月君。
後ろ盾が何もない影月君と、女の秀麗ちゃん。
胡蝶さんとの約束を守るためには、どうやら随分と奮闘しなきゃいけないみたいだ。
「 さて、あなたがたの教導官をつとめるのは、この魯礼部官になります。何度もこういったことを経験しておられる方ですから、良く皆さんを導いて下さるでしょう」
これまで長々と何かを言っていた蔡尚書が、そう言って退出していった。
代わりに俺たちの目の前に進み出てきたのは魯礼部官だ。
鋭い眼差しで進士達を見回し、隠すこともなく値踏みするように俺たちを見てくる。
俺ともばっちり視線があったが、魯礼部官は微かに目を細めただけですぐに俺の隣へと視線を移した。
一通り全員に目を向けた後で秀麗ちゃんと影月君の格好を叱責し、そして淡々と実務的な仕事内容の説明を始める。
「今年度の新進士上位二十名に関しては、配属が決まるまで礼部官である私の監督下に置かれる。それぞれに仕事を割り振るのも私の役目であり、また参考のために吏部にも逐一君たちの情報を書き送ることになっている」
ざわり、と空気が揺れた。
人事を司る吏部に情報が送られると言うことは、魯官吏の評価が今後の配属や位に影響する可能性があると言うことだ。
わざわざそれをこの場で口にするのは、それに伴う身の振り方すらも考慮対象になるという意思の表れであろうか。
続く説明で配属前二月の仕事が城内での実務であること、一月半後に実務を通して思ったことをまとめて提出する課題についての言及された。
最後に朝礼があることを述べると、魯官吏は懐から書簡を取り出してそれを開いた。
「それでは仕事と配属先を告げる。状元、杜進士 午前中は各部署で沓磨き。午後は府庫で書翰整理。探花、紅進士 午前中は各部署で厠掃除。午後は杜進士と同じく府庫で書翰整理」
告げられた上位及第者の仕事に、周囲はざわめいた。過半数は中傷と嘲笑だったが。
俺は思わず右腕を真上に付きだした。
及第順に並べられた席で俺は一番後ろの列にいたわけだが、衣擦れの音で俺が何かの行動を起こしたことを悟ったのだろう、挙手した瞬間に一斉に進士達が俺を振り返った。
魯官吏が僅かに眉を動かして俺の方を射抜くように見つめる。
「何か、進士?」
「ええ少しばかり。各人何か思うところがあるにしろ、彼らは確かに状元と探花です。その及第順位にふさわしいだけの学力は備わっているはずですから、使わないと勿体ないとは思われませんか?」
「私はそうは思わない。何よりも仕事を決めるのは私だ。ふさわしい仕事を割り振ったつもりだが?」
ふさわしい、という魯官吏の言葉に嘲笑が強くなった。
一番最初に秀麗ちゃん達の服を見て「鶏小屋か何かと勘違いしているのではないか」と言った言葉のままの仕事になったわけだ。
挙手していない左の拳をギリと握りしめながら、俺は魯官吏を真っ直ぐ睨んだ。
しかし魯官吏は僅かばかり目を細める以外の表情の変化を見せない。
「宜しい、ならば進士の仕事ではその学力を考慮するとしよう」
皮肉にも聞こえる魯官吏の言葉に、嘲笑の的は俺にまで広がったことを感じた。
俺は挙げていた右腕をゆっくりとおろし、嘲笑うために俺を見ている進士達に鋭い視線を突き返した。
途端に顔色を変え手前を向く馬鹿共を視界から追い払い、再び仕事の割り振りを始めた魯官吏をとにかく真っ直ぐ見つめる。
それこそ、魯官吏が俺たちを一番最初に見たのと同じように。
十七位及第者の仕事割り振りまでは、まだ、遠い。
魯官吏も登場しまして、ようやく原作沿いっぽくなってきました。
そして君の仕事割り振りは次回持ち越しです。長くなっちゃったので…。
さーてどうしようかな(まだ考えてない)(無計画ぶり丸出し)