吏部を目指せ!


王 様 と い っ し ょ

「……あれ?」


午前の業務を根性で終えて辿り着いた府庫には、いつもくるくると働いている若い二人の姿がなかった。
代わりにほくほく顔でお茶をすすっているのは現職国王で自称"衛士"の紫劉輝今上陛下だ。近頃秀麗ちゃんたちの"護衛"として入り浸っているから驚きはしないが、それでも怪訝には思う。
そもそも護衛対象と一緒にいない護衛ってどうなんだろうか。
しかも俺が入ってきた瞬間に何故か妙に表情を輝かせた。


!待っていたぞ!」


「…はへ?俺に用ですか、主上?」


「ともかく座ってくれ。あぁ、今、茶を入れるからな!」


そんな俺の疑問に気付く様子もなく主上は手際よくお茶の準備を始めた。
どうやら茶器に入っているのはもう冷めてしまっているらしく、茶葉から準備するつもりらしい。しかも妙に様になっている。
呆然としているうちに用意されたお茶は普通に美味しかった。…なんで?
目の前にいるこの人は確かに彩雲国の国王で、つまりちやほやされてて、最近では貴族のボンボンもお茶を注ぐことすら出来ない人もいて、それなのに主上は茶葉から準備出来て…あれ?なんで?
俺が頭を混乱させていることを気にもとめていない様子で主上は少し俺を見て、それから急に真面目な顔になった。
え、なに、今から話し始めるの?俺こんなに混乱してるのに?


「話というのは他でもない、前に会った時に言っていた骨相のことなのだ」


「こつそうこつそうこつ…ッ!?骨相!?」


茶器を落とさなかった俺は、我ながら素晴らしかったと思う。
骨相、という言葉を聞いて真っ先に俺の頭に浮かび上がったのは姮娥楼で主上と初めて会った時のことではなく、骨相をたたき込まれた昔の情景だった。
芋蔓式に浮上してくるしょっぱい思い出に弛んでくる涙腺を自覚しながら、俺は慌ててそれを振り払おうとした。
落ち着け俺、此処は府庫此処は府庫此処は府庫…!
脳内でひたすらそれを呪文のごとく唱えて平静を取り戻し、そして深呼吸をしてから改めて主上に向き直った。


「失礼しました…えーと、骨相?どうしたんです?」


「ど、どうかしたのはの方……いや、忘れてくれ…そう、骨相だ」


俺の必死の形相に主上は若干冷や汗を浮かべて俺から視線を逸らした。
そして視線を彷徨わせながら主上は少しずつ語っていく。
真面目な時にはまともに喋るのに、こういう突発的な出来事には対処の手際が悪い気がするんだよなぁ。
とりあえず台詞の中身を整理すると、簡単に骨相が習得出来てしまえば危ないから詳しく教えてくれってことだった。
一瞬また浮かんできた記憶に慌てて蓋をして、当たり障りのない笑みを浮かべる。


「それに関しては心配いらないですよ。俺は碧歌  じゃなくて幽谷から直接手ほどきを受けたんで」


「なっ、碧幽谷!?」


「国試四位及第の碧珀明と仲良くさせてもらってたんで、その関係で付き合わされたんですよ。もう思い出したくもないようなことばかり経験したので、普通は耐えきれないでしょう。設備も必要ですから」


骨相って言うのはつまり骨の形を見極めることが必要になるわけで、人骨に馴染まなきゃいけないわけで、骨の上に人肉があることも考慮しなきゃいけないわけで。
一生引きずるんじゃないかって言うくらいの衝撃映像の連発だった。
子供だったら泣いてるどころか失神モノだ。
妙なところ完璧主義な碧幽谷様に実地体験をやたら積まされた訳だが、後から珀明はそんなことをしていないと知った時の俺の衝撃といったらない。
でも珀明もかなり遠い目をしていたから、実地が無い分色々とやらされたんだろうと思う。


「だから心配しなくても大丈夫ですよ」


……そなた、苦労しているのだな…」


妙に心情のこもった声でそう言われ、お茶を注いでくれた。
主上も色々と辛い経験があるみたいだからか、我が事のように言ってくれるその態度に俺は主上への好感度を上げた。
それから秀麗ちゃんたちが帰ってくるまで俺と主上は過去に起こったしょっぱい思い出を語り合い、やたらと意気投合してしまった。
戻ってきた秀麗ちゃんに凄く胡乱な顔をされたけど、いいんだ…俺はこうして味方を手に入れた!
……でも考えてみたら主上も年下なんだよな。国王って庇護対象になるんだろうか。とりあえず観察を続けながらそこは考えていくことにしよう。

骨相のお話でした。骨相に関しての知識がないために色々間違っているかもしれませんが、くんは幽谷さんに連れ回されて頭蓋骨とランデブーしてた感じです。
彼の不憫さはもはや楸瑛に並ぶとも劣らないんじゃないだろうか。
………楸瑛が不憫なのは仕様ですよね?笑