今日も今日とて、秀麗ちゃん達は朝礼の鐘の音と同時に室の中に滑り込んできた。
様相はへろへろで今にも意識が飛びそうな顔をしているのもいつものことだ。
そして俺が周囲から奇妙な視線を浴びるのも、いつものこと。
俺たちの仕事の状況を見ていない一般進士たちは、どうやら俺と秀麗ちゃん達が同じくらいの仕事をしていると本気で思っているらしい。
だからこそ、秀麗ちゃん達のへろへろ具合を見たあとで俺を見る。
(何でお前は元気そうなのかって?余分な仕事してないからだよ!)
不躾な視線にちょっと苛立つ心を抑えながら、俺はふらふらと歩く秀麗ちゃん達を見つめた……あ、珀が止めた。
二人は正規の仕事以外にも課題のために時間を割いているから、あんな感じ。
俺は正規の仕事しかしないでちゃんと寝てるから、こんな感じ。素晴らしい対比だ。
今日だってしっかり一刻寝たし、昨日は二刻も寝てしまった俺は贅沢者だろう。
更に言うなら徹夜仕事になれている青年期の俺と、そういった仕事になれていない少女秀麗ちゃんと少年影月君を比べること自体が間違っているんだけど。
「 規定の出仕時刻?この二人の勤務時間は規定をかなり超えています。帳尻は充分あっているのでは」
「では君が、彼らの代わりに午前中、厠掃除と沓磨きをするかね」
「いいでしょう。やります」
きっぱり言い放った珀明に、俺はもう隠すことなく溜息を吐いた。
そしてさっとその場で挙手をする。
珀明の発言にざわめいていた室が急に静まり、視線が俺に集まった。
「何だね、進士」
「私も厠掃除と沓磨きの手伝いをさせていただきたく存じます。靴を磨きながら厠の掃除は出来かねると思いますので」
それだけ言って、俺はその場に立ち上がった。
昨日の俺だったらこの場でもぐずぐずしていただろうが、開き直ってしまった今は何の問題もない。
董承恩の未来も、秀麗ちゃんと影月君の輝かしい未来も、どっちも掴み取ってやると誓ったのだから。
人並みを潜って呆然としている秀麗ちゃんの腕を取る。
不安そうな眼差しに俺はにっこりと微笑みかけ、背後から掛けられた声に頭だけ振り返ってみせた。
「待ちなさい。許可した覚えもなければ、昨日の報告もまだだ」
「完璧です。これで報告を終わらせていただきます」
「付け加えますと、本日分の仕事は既に終了してますので問題ないはずです」
ちょっとずつ繰り上げていった仕事は、昨日の段階で丸一日分の業務に達した。
明日までに処理しなければならない案件はもう終わっているし、進士の所に大至急処理しなければならないような緊急書翰は流れてこない。
扉の前でしっかりと一礼してから、俺と珀は秀麗ちゃんと影月君を引きずって室の外に出る。
扉を閉めてから大きく息を吸って顔を上げたら、珀明と眼があった。
「いい顔になったじゃないか、」
「何言ってんの珀、元からそれなりに顔は良い方だよ」
喉の奥でくつくつと笑いながら俺は眼を白黒させている状元と探花の二人を見下ろす。
そして俺は悪戯っぽくにやりと笑いかけた。
こういう表情はこの二人に見せたことはなかったので二人とも眼を丸めるが、俺は気にせずに笑みを深めた。
「それじゃ、仮眠室までご案内ー♪」
明日から書翰の量が増やされるんだろうなとか、進士達がいろいろ煩いんだろうなとか、思うところはあるけれど、今のこの時間には代えられない。
この瞬間に作り上げられた俺たちの関係には代えられるはずもない。
こうして俺たちは、本当の意味で更に仲良くなったのだった。
……ちなみに戸部での書翰が一気に二倍になって俺も連日徹夜組に参入することになるんだけど、このときはまだそんなこと知るよしもなかった。
知らないって、良いよね…本当に。
最初は君も仮眠室行きにしようと思ったのですが、せっかく前回で決意表明を
新たにしたのでちょっと格好良く決めさせてみました。
一刻=約30分でお話は成り立っています。一時間睡眠は贅沢らしいです。