秀麗ちゃんと影月君を仮眠室に引きずり込んだ日から、珀明も府庫に来て仕事をするようになった。
二人のことを案じて手を貸したら嫌みを言われてプッツリ、という成り行きなのだが、無理しすぎる二人の抑え役として珀明は最適だ。
俺は俺で、自分の書翰の山脈を二人に見られたくないので(今の一山の手伝いも拒否されることになるだろうから)正直助かった。
初日に俺の書翰の群れを見せたら珀明は何も言わずに二人を俺の仕事場に近づけなくしてくれたんだけど。
さすが珀明、以心伝心とはこのことだろうか。
「けど…なんで珀明まで折詰?」
「は?……あぁ、別に弁当なぞ食べられればそれで良いからな」
四人で礼部支給の折詰弁当をつつきながら、俺は心の中で溜息を吐いた。
そんな俺たちに秀麗ちゃんがお茶を注いでくれる。
さすが家事全般が得意なだけあって、作業手順に差違はなくとも秀麗ちゃんがいれたお茶が一番美味しいことは既に実感済み。
茶葉は医者を目指していた影月君が選りすぐった疲労回復の効能があるものであるらしい。至れり尽くせりだ。
もてなされてばかりは居心地が悪いので、俺も先日からお気に入りの胡麻団子を全員に配っている。
碧州にも支店を持つ有名な菓子屋の胡麻団子なので、みんな喜んでくれた。
珀明は「またか」って顔をしていたけれど。
「そういえば、。って何で官吏になろうと思ったの?」
そう突然問うてきたのは、俺のことを敬称無しで呼ぶようになった秀麗ちゃんだ。
さっきまで珀明の官吏になる事への想い(つまりは李侍郎への溢れてる尊敬の念)を聞かされていたから、会話の振りとしては順当と言えば順当なのかも知れない。
考えてみれば秀麗ちゃんと影月君にはまだ話してなかったな。
珀明にもハッキリとは話していなかったが、そこは付き合いが長いから勝手に察してくれている。
「ほら、俺って人間観察が趣味でしょ。今まで見たことのないような人たちが集まる場所って何処かなーって考えてみたら、朝廷が出てきて。朝廷にはいるには官吏になるのが手っ取り早かったから、それがきっかけかな」
「「え」」
「あ、もちろん今は官吏としてのやり甲斐も見つけたけどね?」
俺がそう言うと何故か二人はかなり驚いていた。
隣で珀明がかなり呆れたような顔をしているのは見慣れているから無視。
二人は互いに顔を見合わせて、そして乾いた笑い声を発した。
「やっぱりって、ちょっとヘンだわ…」
「ちょっとどころか相当可笑しいぞ、コイツは」
「ひどっ、人を変人みたいに」
影月君、二人がいじめるー!って言いながら泣きついたら優しく慰めてくれた。
その分珀明には何だかんだと過去のやんちゃをつつかれたけど、珀には今更何を言われても傷つかないから別に気にしない。
聞き流しながら俺も昔は若かった、なんて感慨に浸る程度だ。
そしてだんだん顔色を変えていく秀麗ちゃんと影月君はなるべく視界に収めないように努力した。
……珀明が俺の昔話をすると、いっつも誰かしらが顔色変えるんだよな。
「っあー、ごちそうさまでした!んじゃ仕事に戻るかね」
取り敢えず珀明の語りを掻き消すように俺は伸びをして、机案の上に書翰を積み上げはじめた。
まずは手伝いを申し出た一山分の書翰から片付けることにする。
毎日のように計算をしていれば計算力も向上するわけで、近頃は算盤に触らずに会計書翰を整理する日々が続いていた。
おかげで書翰をさばく速さが増し、近頃は余分に二人の書翰を手伝っても終了時間に変化があまりないため気付かれない。
こうして今日も俺は一山の書翰を片付けて、こそこそと自分の山脈を切り崩していくのだった。
だんだん秀麗と影月君にも自分の手の内を明かしていく君でした。
そろそろ「紫宮」も佳境に入りますね、君が介入できる場面で。