吏部を目指せ!


暗 雲 た れ 込 め 日 は 差 さ ず

七日に一度の公休日。
特に何もすることがない俺は、今日も今日とて姮娥楼に足を向けていた。
及第してからもずっとお世話になりっぱなしだが、いい加減にちゃんと住まいを考えないといけないかもしれない。
特に、格式高い姮娥楼は渦巻く欲望までも誘い込んでしまうから。


「……今日、なんでしょ?胡蝶さん」


姮娥楼に帰ってきたとき、冷たい空気をたたえた胡蝶さんが俺を出迎えてくれた。
その後ろには胡蝶さんには不釣り合いすぎる破落戸のような男。
胡乱な眼差しで俺と胡蝶さんを見ているその男の様子に、俺は口元を綻ばせた。


「ねえ、俺は何処に居るべきか、もう決まってる?」


    それをずっと迷っていたところなのよ、


口を開いた胡蝶さんの声は、とろけるような甘やかさを含んでいた。
普段の胡蝶さんじゃない、妓女としての胡蝶さんの声だ。
この一瞬で、俺は胡蝶さん達が用意した舞台にしっかりと組み込まれたことになる。
そんなのは此処に足を運ぶ前から判っていたことだ。
だから俺は胡蝶さんが口を開く前に小さく笑う。


「俺、あの子達に随分信用されたよ。だから閉じこめるなら、俺も一緒に入れて?俺が居たらきっと無茶もせず、大人しくしてるだろうから」


きっと胡蝶さんは今まで俺を巻き込まないようにしていてくれたんだと思う。
それは俺のためを思ってじゃなくて、余計な駒は使いたくなかったって言うのが心情だとは思うけれど。
必要以上に手駒は増やしてはいけない。使えるのかどうか判らない駒を要地に置いておくのも得策とは言えない。
だから胡蝶さんは俺を今回の舞台から遠ざけていた。
でも俺は秀麗ちゃん達の面倒を見ると決めたから、此処で巻き込まれない訳にはいかない。


「手前ェも仲間なのか?」


「ええ、そうです。私は私で中で立ち回っていたんですよ…同じ進士として、彼らと仲良くなって内から崩すために」


何も知らない場所に一人放り込まれる辛さ、寂しさ、恐ろしさ。
そんな想いから二人を切り離したいという俺の利己的な願いのために、俺は微笑む。
理知的な悪党なんて飽きるほど見てきた。観察もし放題だった。
だから俺は、そいつを演じることが出来る。
押し隠してもにじみ出る高慢さを身に纏い、頭脳では俺に勝てない相手を心の中で見下しながら、ねっとりとした口調で笑う。
片眉だけを器用に上げた胡蝶さんが見えたが、"俺"はそんな胡蝶さんにも不躾な視線を、女を見下すような感情を交えながら送りつける。


「さて、と…いい加減演技も疲れました。上に行っても構いませんよね…胡蝶さん?」


最後の呼びかけだけ、敢えて元の俺の調子に戻す。
そうして"俺"は自分の演技力を鼻に掛けるように笑いながら、悠々と姮娥楼の奥へと進み階段を上っていく。
目指すは最も豪華絢爛な姮娥楼の華の華、胡蝶さんの室。
そこで俺は放り込まれるであろう秀麗ちゃんと影月君を待つことにする。


『大人しくしてれば無事に帰して差し上げますよ…坊ちゃん?』


参考資料として思い出し続けていた声に俺は吐き気を覚えながら、豪奢な室の真ん中にごろりと寝そべった。
部屋の隅に蹲っていたあの時の感覚を忘れるために。

脳天気すぎるだけでは話が続きませんので、ちょっと過去を用意してみました(何
過去にあった出来事が作り上げた今の君、と言うのを盛り上がりのメインにしたい
なぁと思いつつ、実は演技達者だったという特技も公表。
趣味が観察なので特技は模倣なんですよ、なんてこんなところで言ってみる。