「な…っ、!?」
下卑た男に連れられて、秀麗ちゃんと影月君が室に放り込まれた。
驚いたような顔で俺のことを見ているが、まだ破落戸めいた男は室の中にいる。
つまり俺は"俺"で、二人に優しく微笑みかけられる俺じゃなくて。
だからひゅっと細く息を吐き出した後、俺は"俺"になった。
皮肉っぽくにやりと笑いながら、高慢さを纏って床に座り込んでいる二人のことを見下ろす。
「主賓のご到着ですね…いいですよ、あとは俺が見ていますから」
しっし、と追い払うようにぞんざいに男を追い出す。
男は不愉快そうに俺を見ながらも、仕事を思い出したのか大人しく室を出ていった。
パタリ、と静かな室の中に扉の閉まる音が響く。
「…?な、に……どういう事…?」
「俺の趣味、人間観察だって言ったよね?」
ふ、と"俺"をやめて俺は秀麗ちゃんに微笑む。
罪悪感を胸の中に抱きながら、俺はさっきまでの印象を払拭させるようにその場に横になった。
基本的に俺は暇なときには寝るか人間観察をするかの二択だから、秀麗ちゃんも影月君も俺の横になる姿は見慣れていたはず。
案の定、秀麗ちゃんがほっとしたような顔で俺の側に近寄ってきた。
「観察した人間を真似るのも得意なんだ。…『驚いたか?』」
言葉の最後を珀明っぽく喋ると、秀麗ちゃんはびっくりしたような顔をした後そのままくすくすと笑い出した。
よかった、笑ってくれた。
俺は安堵の息を吐きながら、影月君に視線を移す。
影月君は秀麗ちゃんと一緒に俺の側に来ては居たが、その表情は余りすっきり爽やかなものではない。
まぁ普通はさっきの俺の豹変っぷりに戸惑ったままなのが普通なんだろうけどね。
人を信じ過ぎちゃう秀麗ちゃんにちょっとした不安を覚えながらも、俺は影月君を安心させるためににこにこと微笑んだ。
「胡蝶さんにはずっとお世話になってたもんだからさ、あの辺の会話とかも聞こえたりしてたんだよね。だから二人の力になろうと思って、取り敢えず味方装って潜り込んでみた」
俺の言葉に秀麗ちゃんが少しだけ表情を硬くした。
まぁ胡蝶さんが前々から秀麗ちゃんを陥れる計画をしてた、って言ってるようなものだし、小さい頃からずっとお世話になっていたって言う秀麗ちゃんからすればそうとう衝撃は大きいんだろう。
でも俺はそんな秀麗ちゃんを横目に言葉を続ける。
いつあいつらがまた来るか判らない。その時には俺は"俺"じゃなきゃいけない。
「俺は、胡蝶さん達の仲間で秀麗ちゃん達を内部から崩すための要員、っていう設定になってる。だからこの先厳しい言葉も多くなるだろうけど、本気じゃないから」
「……大丈夫よ、。今までだって色々言われてきたし、今後も言われることは判っているもの。それくらい耐えられるわ」
決意を込めて秀麗ちゃんはそう微笑んだ。
けれども表情にはやっぱり陰りも疲れも衝撃も消えていない。
笑うに笑えていない笑顔だった。
それでも秀麗ちゃんの意気込みとか、心意気とか、そう言った強いものは伝わってくる。
それが秀麗ちゃんが持つ凄く強くて折れないものだった。
それが、眩しいくらい光り輝く強さだった。
秀麗達を安心させるために潜り込んだので、しっかり暴露大会。
そして次は官吏になった理由の暴露大会が始まる訳です。