吏部を目指せ!


大 人 し い 人 ほ ど 人 格 変 わ る っ て 言 う け ど さ

どたん、ばたん、どかん、ずどん、ばきべきぼきめきょ…

愉快な音と共に重量を無視して宙を舞っていく男達を見つめ、俺は引きつる頬を止めることは出来なかった。
秀麗ちゃんは既に二度目のご対面らしく、俺よりは少し落ち着いた表情をしている。もちろん表情は引きつっているけど。
俺たちの目の前で気分爽快と言った顔で暴れまくっているのは影月君。
そう、影月君なのだ。


「ど、どうなって…?」


「影月君って、お酒飲むと人が変わっちゃうのよ…」


「ていうかあれは完全に別人だよな…」


まるで別人のようだ、という意味に秀麗ちゃんには聞こえたんだろうな、と思いながらも俺は敢えて訂正はしなかった。
目の前にいる影月君は、影月君じゃない。
何かを演じる場合、いつだってその根底には演者である自分の存在が切り離せない部分に存在している。
だから見えない何処か深い部分は共通しているはずだ。だって同じ人間なんだから。
だけど、今の影月君から「影月君」を感じ取ることは出来ない。
かといって俺の知っている影月君から、今目の前にいる影月君を感じることも出来なかった。
だから俺は、影月君が酒によって人が変わったんじゃなく、酒が切っ掛けになって彼の中の何かが切り替わって全く別の人間になったのだろうと確信する。
そしてきっと影月くんは自分がそうなることを理解しているだろう事も。


「でも…いつもお酒断ってる理由は判ったかな…」


俺たちは若干うわずった声で会話をしていた。
走行している間にも破落戸がまた一人宙を飛んで壁に激突。
次から次へと現れてくる破落戸にも情け容赦なく拳をたたき込んでいく。
あの小柄な身体の何処にそんな力があるのか判らないが、とにかく凄い。
そんな中、かろうじて意識を保っている破落戸が一人、息を切らせながら俺たちの方に近づいてきた。
秀麗ちゃんの隣で大人しくしている俺に向かって何事か怒鳴りつけているが、どうにも打撃音やら衝突音が響く室では声が聞き取れない。
だがまぁ、多分加勢しろとか、なんで秀麗ちゃん守ってんのかとか、性格変わってないかとか、そういうことだと予測は出来る。


「あー…何言ってるのか判りませんケド、残念ながら俺は最初から秀麗ちゃんたちの味方ですよ?」


胡蝶さんと同じように、という言葉は胸の中だけで呟く。
室の済みに追いつめられて危機一髪という状況は記憶の琴線を少しだけくすぐるが、相手がボロボロの破落戸となればそんな感傷もあっと言う間に消えていく。
今は今だ。むかしの、あのときじゃない。
冷静に側に置いてあった酒瓶をガツンと男の脳天に振り下ろすと、鈍い音がして男の手が力無く床に延びた。
影月君みたいに瓶が割れることはなかったのでほっと一安心。
取り敢えず俺だって女の子の一人くらい護らないとね。しかも秀麗ちゃん年下だし。


「悪役としては三流以下だね…まったく」


(アイツとなんか比べるべくもないくらいに、)


俺は自分の行動を後悔しながら戦況を見つめていた。
こんなことなら張り切ってアイツの真似なんかするんじゃなかった、胸くそ悪い。
やさぐれてくる気持ちを感じながらも、今更になって胡蝶さんに助けを求める 破落戸達の姿を俺は冷ややかに見た。
後ろで秀麗ちゃんが「胡蝶」って名前に反応するのが判ったけど、俺は何を言うでも なく前だけを見つめる。
胡蝶さんが胡蝶さんである限りちゃんと秀麗ちゃんに微笑みを向けることも、この出来事が全て茶番であることも、みんな知っているから。
だから俺は、また一人吹っ飛ぶ破落戸を見て口元だけ微笑んだ。

君、陽月と出会う。なんだかんだで初邂逅。
ちなみに君は人並みにしか戦えません。
だからいざというときは手段を選びません(=笑顔で酒瓶アタック)