「胡蝶!胡蝶!!姮娥楼の用心棒も助っ人に連れてこい!」
そんな言葉に秀麗ちゃんは身を震わせた。
俺は秀麗ちゃんの背中をぽんと叩いて安心させるように微笑む。
目線を扉に向けると、ちょうど胡蝶さんが室に入ってくるところだった。
彼女は俺を見て、俺の隣にいる秀麗ちゃんを見て少しだけ目元を緩める。
だがそんなことは感じさせないように、胡蝶さんは凛とした表情で助けを乞う破落戸を視線だけで射抜いた。
「 馬鹿をお言いでないよ」
そして命知らずの破落戸が一人宙を舞った。
破落戸は影月君(別人)が居る方に飛ばされたが、彼は身軽にひょいとそれを避けて俺たちの方に移動してくる。
「あ、ええと、ありがとう影月君」
「ただの気まぐれだ。それに俺は"陽月"だ」
影月君(別人)、もとい陽月君は秀麗ちゃんにそう言い放った。
ほら、やっぱり影月君とは別人だった。
ちゃんと「自分を表す言葉」として名前を名乗っている。
少なくとも影月君が演技をしながら偽名を名乗っている訳じゃない。
影月君とは異なる個の人間が、自らを識別する名を名乗った。
そのことに俺はほっとして微笑んだ。
「あ、やっぱ別人だった…って何しようとしてるのかなー!?」
ほっとして秀麗ちゃんの方を見たら今にも陽月君が口吻ようとしていた。
こら!キミまだ13歳でしょ!?
陽月君の手つき気が妙に慣れたものだったことはこの際無視しながら(そこまで気にしたら俺の頭が爆発するに違いない)慌てて二人を引き離す。
すると猫みたいな目をした陽月君は興味深そうに俺の方を見た。
「ふん…少しは判るヤツみたいだな」
「ま、明らかに別人だったしね、キミと影月君」
二人を見分けたことに対する評価を貰ったみたいだったので、俺はそう返した。
すると陽月君は更に目を細めてにやりと笑う。
いつも穏やかな顔をしている影月君の顔も、やろうと思えばここまで凶悪になれるんだなぁ…なんて場違いなことに意識を飛ばした。
だって別人だけど身体は同じだから顔も同じなんだもん!
「色々と聞きたいことはあったが…ち、時間切れか」
陽月君がふらりと身体を揺らした。
それに苛立ったようにこめかみを押さえた後、その身体は完全に力を失った。
側にいた俺は腕を伸ばしてその身体を支える。
まだ小柄なその身体はさっきまでの凶悪さを潜ませて健やかな寝息を立てていた。
その様子は完全に影月君だった。
(……戻っちゃったなー)
少しだけ残念だと思ったことは心の中にだけ秘めておいた。さすがに俺だって空気くらいは読めますともさ。
ただ、いつか陽月君をじっくり待ったり観察できる日が来るよう、願うことだけは自由だろ?
(だってあんな観察しがいのある人間はそうそう居ないよ!?)
あくまでも君は原作傍観なので、基本的に関わりは持ちません。
でも、興味のある人間にはウザイくらい積極的に関わります。
ってわけで陽月君にも照準を定めてみました。ある意味珍獣扱い。