胡蝶さんが来てから物事はあっと言う間に進んでいった。
凛とした声でなますが何とかとか言いながら(俺は聞いてない…聞いてないったら聞いてない!)用心棒の人を使って破落戸を蹴散らしていくのを、俺はただただ見つめることしかできなかった。
そして破落戸が全員沈んだところで秀麗ちゃんと胡蝶さんの感動の抱擁。
胡蝶さんも秀麗ちゃんを騙していたことをうち明けて、これで今回の俺の立ち回りは終わったかに見えた。
ていうか、終わって欲しかった。俺疲れたよ!
「秀麗!」
「お嬢様!」
破落戸を情け容赦なく踏みつけて(丁寧に全員踏んで歩いているように見えるのはきっと気のせいじゃない)秀麗ちゃんに駆け寄ったのは主上と静蘭さんだった。
傷一つ無い秀麗ちゃんの様子にほっとした二人は、そこで揃って俺の方を見て胡乱な顔をする。
うーわー美形二人が並んでる。しかも顔も似てる。血縁だから仕方がないだろうけど。
公の場でこの二人が並ぶことはないにしても、以外と骨相が読めるって言うのは身の危険を招くもんなんだなぁと改めて実感してみた。
だって王の庶子とか判別できちゃったら内乱のただ中に放り込まれるかも知れない。
この主上の統治で内乱なんて起こらないとは思うけど。
「…なんでが居るんだ?」
「胡蝶さんの計画は知っていたんで、俺も勝手に参入したんですよ。演技力と監禁状態における平静さの保ち方については自信がありますから!」
「…なんですって?監禁?」
「こんなんでも俺、有名商家の次男坊ですよ?身代金目的の誘拐とか日常茶飯事でしたからねー」
さて、少なくとも俺に関しては取り敢えず此処で一段落着いた訳だが、秀麗ちゃんはまだまだこれからが山場だろう。
わざわざ主上が来たのは多分秀麗ちゃんというか女性官吏排斥を狙う頭の固い奴らが何かしらの行動を起こしたからに違いない。
きっと彼らは公の場で秀麗ちゃんの敗北を見せびらかせたいだろう。
多分審議の場のようなものを用意して、そこで秀麗ちゃんをせめて辞めさせるのが彼らの計画。計画と言うにはあまりにもおざなりだけど。
(むしろ好都合だもんな)
逆に言えば、そういう審議の場は秀麗ちゃんの能力を公に認めさせる良い機会だ。
普段秀麗ちゃんに関わることのないような部署にいる人間が、彼女のその優秀さの一端にでも触れることの出来る機会。
いざというときに頼れるものはこうした些細な機会から生まれた縁かもしれない。
秀麗ちゃんを蹴落とそうとする場を使って、秀麗ちゃんの地位を確たるものにする。
飛んで火に入る夏の虫とは当にこのことだよね!
「で、主上が来たのはなんで…………え?あの」
「…辛い思いをさせたな…」
ぽん、と主上が俺の頭を撫でた。え、なんで?
秀麗ちゃんに至っては少し泣きそうな顔をしているし、笑顔で人を蹴落としそうな静蘭さんまで悲痛さが垣間見えるような顔。
胡蝶さんは泣き笑いのような苦笑を浮かべて俺のことを見つめていた。
え、なにこれ?
「、その…大丈夫だった?さっきまでの…私たちが、閉じこめられてたこと…」
「へ…あ!あぁ、そういうこと!それでみんな心配してくれてたのか」
「え?」「はい?」
驚いた顔をした秀麗ちゃん達に俺は笑いかけた。
確かにヤツの模倣をしているときは胸くそ悪かったけど、小さいときの経験そのものを捨てようとは俺は思わない。
だって。
「その経験を含めて、今の俺があるんだ。小さい頃はただ人間に興味があるだけだったのが、誘拐されて監禁されて、証拠のために相手がどういう人間か探るようになって、そんでそのお陰で人間観察能力が上がった。人間って生き物の多様さが見えた」
色々な人間を見てきた。
犯罪なんて起こしそうもない奴も、進行形で犯罪犯してる奴も、星の数ほどみた。
そして俺の中で分類が出来た。
沢山の種類に人々を割り振って、その割り振りで判断するようになった。
そうやって付き合ったら危なさそうな人間から逃れるすべを学んだ。
「俺の持論なんだけど、人生において経験した事って必ず何処かで役に立つと思うんだ。どんな些細なことも、どんな辛いことも、それを糧にして人間は成長できる。だから俺は自分の境遇を別段悲しむこともないし…それに、苦しいときに手に入れた能力って自分の中で一番信じられると思わない?」
共に苦しみを潜り抜けてきた己の力。
そうして自分への信頼が高まり、より強く進んでいけるようになる。
誰を差し置いても自分自身が自分を信じてあげなきゃ前には進めない。
だから俺はあの時の経験を経て得た俺の力を信じている。
だからその力を得るために経験した境遇を恨むこともない。
「だから、俺は大丈夫だよ」
ハッキリと笑顔で言いきった。
誰かに対してこういう事を言ったことは今まで無かったから、少し爽快感。
それと同時にさっきまで感じていたアイツに対する嫌悪感も少し薄れていた。
俺が今まであった中で一番綺麗で醜悪だったアイツ。
でもそいつも今日の出来事にあったように俺の糧になっていた。
(これだから止められないんだよなァ)
俺は豆鉄砲を食らったような顔をしてる秀麗ちゃん達を見て喉の奥で笑った。
こんな過去にしてみました。しかし割り切りすぎです君。
持論の説明に熱くなって長くなった…。