吏部を目指せ!


と っ て お き の 贈 り 物 を 君 に

「俺の話はこれでお終い。そんなことよりも話すべきことはあるんじゃないですか、主上?」


俺がそういうと、はっとしたように主上が表情を改めた。
よしよし、これで俺の話が蒸し返されることもない。
世間一般からしてこの話題は哀れまれることはわかっているから、自分から昔のことをぺらぺら喋るのはまるで哀れんで欲しいとでも言っている気分になるから好きじゃなかった。
だからって口をつぐむとまた謝られて哀れまれるって言う悪循環なんだけど。
今回は上手く話を切り上げられたことに満足しながら、主上が秀麗ちゃんに語る話をぼんやりと聞く。
内容はさっきまで俺が想像していたことと同じで、つまり莫迦どもが秀麗ちゃんを吊るし上げようとしているらしいって話。
しかしそれを聞いた秀麗ちゃんが落ち込むことはなかった。


「明日正午の査問会に出て、認めさせれば良いんでしょう?   受けて立つわ」


まっすぐ胸を張ってそういった秀麗ちゃんに俺は微笑んだ。
これだけの強い意思を持って朝廷に挑んできた秀麗ちゃんが、これくらいのことで引き下がるはずもない。
それは秀麗ちゃんの強さと根性を知っている人間なら誰にだってわかる結果だ。
そうしている間に主上がさくさく指示を出して、あれよあれよと言う間に秀麗ちゃんの調整準備が始まった。
秀麗ちゃんと影月君が作っていた提出課題、あれは今回の主犯を追い詰めるのにうってつけの道具だ。
既に資料なんかを運び込んでいた主上の手腕に舌を巻きながら、俺は小さく笑う。
本当はもうちょっとこっそり手伝う予定だったんだけど、仕方がない。


「足りないものがあったら言ってくれ」


「あ、それじゃ主上、ちょっとお願いして良いですか?」


それまで黙っていた俺が口を開くと、主上たちが驚いたように俺を見た。
挙手した手をひらひらさせながら俺は懐から一つの鍵を取り出す。


「府庫で俺が使っている机の横に小さな棚があるんですけど、棚の荷物を全部取り除くと奥に扉が見えるんで、この鍵で開けて中に入っている書簡を持ってきてもらえませんか?」


「中身は何なのだ?」


「俺から秀麗ちゃんへのとっておきのご褒美、ですよ」


俺は片目を瞑って悪戯っぽく秀麗ちゃんに微笑みかけた。
莫迦の中にも少しは頭の回るやつがいるみたいで、一見すると問題がなさそうな偽造文書もいくつか存在していた。
そしてそういう書簡の内容はたいがい重要機密に近しいものがある。
俺は実家の手伝いをしているから金回りには厳しいしそれを見る目もあるけど、帳簿付けの手伝いをやっているとはいえ自分の手腕で沢山のお金を動かしたことのない二人には気付けない事実。
そんな書簡の写しと疑問、矛盾点を羅列して指摘した俺の覚書。
きっとそれらは秀麗ちゃんたちにとって有用になりこそすれ不利益は生まないはずだ。


「それじゃ、俺はこれ以上ここにいても邪魔になるんで戻りますよ…あぁ、影月君は俺の寝台に運んでおきますね」


この件に関して、これ以上の領域に俺は踏み込めない。
俺は査問される立場のものでもなければ、秀麗ちゃんを庇護できるだけの充分な地位を持っているわけでもない。
結局のところ、これ以上先の問題になると俺は部外者でしかないのだ。
健やかな寝息を立てている影月君を担いで、俺は軽く頭を下げた。
そしてそのまま室を出て行く。
俺は部外者だけど、でも次に向かう場所は決まっている。
決意を固めて一歩、俺は脚を踏み出した。















「む、これは…」


「凄い…!私たちが気付けなかった部分まで、しっかり指摘してあるわ…」


「彼は…君は、本当に十七位及第なんですか…?」


「十七位だけど、目立ちたくないからって手を抜いて試験受けてたんだって。普通はそんなこと聞かされたらカチンってくるけど、なんでかしら、だから笑って済ませられちゃったのよね」


……俺が立ち去った後でこんな会話が繰り広げられているだなんて、当然のように俺は知らずにいた。

棚は君の私物です。
さすがに公共物を改造したりはしないはず。
姮娥楼での一悶着が終わって、取り敢えず一段落。