未知で既知な世界

投げ出されたのはどうもさして高くない場所からだったらしい。
そのため逆に受け身の体勢を取る暇もなく地表に辿り着いてしまった。
つまり見事に落下し、盛大に体勢を崩した。眼鏡が衝撃に耐えきれず飛んでいく。
眼鏡を空中で受け止めようと前のめりに状態を乗り出すと、足下でぐぇっと潰れた蛙のような声が聞こえ、地面が揺れた。
……いや、地面が柔らかいはずもなく、つまり私は地面でない何かの上にいた。

「え…ええぇぇぇっ!?人間!?」

背後から女の子の叫び声が聞こえてきた。相当気が動転しているような声だ。
人間、というのは私のことを差しているんだろうか。
想像するに空中の何処かから放り出されたかのように出てきた何かが人間だった事への驚きなのだろう。そう思いたかった。
人間外の何かと対比しての人間なのではなく、未知の何かが人間だったという、一般常識的な反応であって欲しかった。
何でそんなごく当たり前のことを願わなければならないのか。
…私だって目の前に明らかに人間外としか言いようのない尻尾と角を生やした少年を目の前にしていなければそんな仮定すら思いつかなかったさ!

「で、め……いい加減に退きっ、やがれ!!」

がばり、と足下の何かが体勢を起こし、それと共に私はバランスを崩すことになった。
だが空中から放り出されるなんてあり得ない現象に比べれば随分と常識的な結果だったので、すぐにバランスを取り戻して自らの足で地面に立つ。
今度こそ足下にあるのは堅い、緑の草に覆われた母なる大地だった。
自分の状態を再確認したところで、再び眼鏡がないことに気付く。
伊達眼鏡だから視力的に問題はないにしろ、身につけることが当然となっている今となっては眼鏡をしていないことに対する違和感がかなり大きい。

「っ手前ェ、人のこと潰して置いてシカトか、あァ!?」

「あ」

眼鏡を探して視線を彷徨わせていると、私が潰していたらしい男ががなり声で捲し立てながら私に一歩踏み出してきた。
そしてそこには、私が探していた眼鏡が当にその位置に落ちていた。
次の瞬間には男の荷重に耐えかねた眼鏡が拉げる音が私の耳に入ってくる。
だが耳に入り込んできた音はそればかりではなかった。

「君たちは馬鹿かっ!?失敗したなら失敗したなりに、次の行動で挽回してみせたらどうなんだ!!」

「た、助けなきゃ!」

「なんだか良く判らんが…あの姉ちゃんを放っとくワケにもいかねーわな」

三人の声のうち、若干二名分の声にどうしてか心当たりがあった。
特に一番最初に聞こえてきた声は特徴的すぎて間違えようもない。台詞も記憶中枢を刺激する言い回しだ。
そして私を庇うようにしてがなる男の前に身を滑り込ませたのは、奔放に跳ねる藍色の髪をもつ精悍な顔立ちの青年だった。
その腰には現実感を遠のかせる大振りな大剣。
白と紺を基調にしたような服を着た彼は、よく見ればその手に宝石のようなものを持っていた。
ダイヤモンドカットに似たような切り口を見せる石は若草色。

(……え、あれ…?)

「ゴメン、事情は後で説明するから…俺の側から離れないで!」

青年のその言葉を引き金に、彼らと男達との衝突が始まった。
それは喧嘩なんて言えるような生易しいものじゃない、言葉にするなら戦闘、だ。
そして時折現れるまばゆい光と、さっき見たような人間外としか言いようのない何か。
更に時折聞こえてくるのはリビングルームで聞き慣れてしまった言葉の数々。

(ギヤ・ブルース?誓約?フォルテ?)

目の前で繰り広げられているものは、画面越しによく見ていたゲームの戦闘風景だった。
まさかこれは…サモンナイト?


   *    



未だに名前変換が無いという体たらく。い、一話が短いから…!
ようやくサモキャラも登場しました。