さようならがしたいのに夕食が終わって数時間。私が自分から別離について提案してから数時間。 「……ですから、皆さんにそこまで迷惑をおかけするわけには…」 「迷惑なんかじゃないよ!それに元々は俺たちのミスなんだから…だから、俺たちが責任持ってを元の世界に還すから!」 それを人は迷惑と呼ぶのだろうけれど、マグナやトリスには適応されないらしい。 正直(存在は知っていたにせよ)赤の他人である人物に対して、困難が雨のようにバラバラと降り注いでくる旅路を乗り越える決意を出来る程同情心も好意も抱けるはずがない。 ストーリーを知ってしまっているから尚更だ。私は偽善者ではない。 結局の所一番大事なのは自分自身の身の安全であり、そして私の唯一の家族の心身の健康と安全がほぼ同列に並ぶのだ。 だから私は別離を目指しているというのに、その理由の根幹が説明出来ないなんて、なんて歯がゆい! 何もかもぶちまけて見放されるという最終手段もあるにせよ、この先何が起こるか判らないからあまり彼らの記憶にも残りたくない。ああ、歯がゆい。 「私だって自立して生きていけます…それに、戦えない私は足手纏いです」 「一人守れないほど弱くないもん!安心してよ、ね?」 胸を張るほど、この場で彼らは強くはないはずだ。 けれども戦うことが出来ないと前置きしてしまった私には、彼らの戦闘レベルについてとやかく言うことは出来なくなっている。 一応剣道を習っていたし護身術くらいはできるから、さっきの野盗レベルであれば簡単に逃れることは出来るのだけれども、それも言えるはずもない。 「いえあの、私は平穏無事な生活を送りたいんですけれど…」 「そもそも君はこの世界の常識や観念を知らないだろう?そんな状態で置いていくのは余りに薄情な行動だとは思わないか?それくらいの責任はこいつらに取らせてやって欲しいんだ」 確かに全くの正論で、私は此処で口を噤むしかなくなったのだ。 常識も観念も知り尽くしているけれど、その入手経路について聞かれたら一巻の終わり。 私は苛立ちと焦燥を押し込めて、申し訳なさそうに微笑んで見せた。 抵抗すれば抵抗するほど自分の首を絞めている気がする。 やることなすこと言うこと何もかもが裏目に出ている。少なくとも私の希望には全くそぐわない形で物事が着実に進展していっている。 言い訳をするならば、この場にいる人間は私が今まで言いくるめることに慣れてきた人間たちとあまりにもタイプが違いすぎた。 全身を脱力感が襲う。 (ここで更に抵抗したら、ある意味それが記憶に残るかもしれない…) 印象に残らないようにする一番の方法は、言われたままのことをやり、自ら動こうとはせずにいることだと私は思っている。 それならば今が引き時かも知れない。 此処で同行を受け入れたとして、次に別離が訪れそうなのは何処だ? ひとまずゼラムに行けばギブソンとミモザを味方に付けて彼らから分離することは出来るだろう。 あるいはレルムの村であれば、村が燃えるより早く村から抜け出してしまえば姿の見えない私は殺されたものとして記憶の中の存在を抹消される。 そうすれば、私という存在はリィンバウムから消える。 私個人の身の安全も、少なくとも全世界的な情勢が変化するまでは保たれるはずだ。 まだ、可能性は残されている。 「 私は諦めたように、それでも線引きを明確にしながら言葉を紡ぐ。 あくまでも私と彼らの関係は召喚獣と召喚主一行というものでしかないのだ。 今のうちからその辺りの認識を明確にしておかないと、なし崩しに仲良くされてしまってはこちらが困る。私はリィンバウムと決別するのだから。 醒めない夢。その夢が醒めるのと、私がストーリーを乗り越えて元の世界に帰るのと。 どちらの方が早いのかなんて私には判らないけれど、不確定要素にばかり頼っているわけにはいかない。 「ご、ご主人様って……!?」 「わわっ、!?」 「? 現に私とあなた方は召喚獣とその主人でしょう?誓約とやらが結ばれているとネスティさんも仰っていましたし、お互いの関係はハッキリさせておくべきです」 そう、私と彼らの間には誓約が存在していた。 それは通常からは考えられないほど繋がりの薄いものらしい。 それでも私と彼らの間には誓約が存在し、繋ぎ止められている。 完全な誓約でない上に私を召喚した石は私が属する世界のものではない。 力ずくで無理矢理事を為そうとすれば歪みが生じてしまうことは想像に難くない状況設定になってしまっているわけだ。 私とリィンバウムという世界との絆を希薄なものにしていく。 それは一種の自己防衛の手段でもあり、私が今までの生活の中で学んできた人間関係における基本事項の一つでもあった。 (私の居場所は此処じゃない。此処に居場所を作っちゃ駄目だ) 今日からの全ては、離別と再会のために。 これ以上家族を失うわけにも、失わせるわけにも行かないから。 リィンバウムからの離別、家族との再会。 長くなってしまった…。 |