触らぬ神にも祟り有り

じろり、と私はリューグに睨み据えられていた。
私は少し怯むようにしながら、それでもリューグの瞳を受け止める。
だが受け止めながらも僅かに後退るのを忘れない。
こんなところで苛立ちに任せて口論を繰り広げたらあっと言う間にドボン、だ。
リューグにしてみれば煩い女が居たと言うだけだろうが、此処まで従順に振る舞って きたマグナ達にとって私のその豹変はアウトだろう。
ああ、なんて歯がゆいことばかり!

「なんだ手前ェ、文句でもあるのかよ!?」

「……ど、どうして…貴方に、そこまで指示されなければ…、な、らないんですか?」

「そうよ!だいたい何の権利があって貴方にそんな命令が出来るわけ!?」

私の僅かに震えた声の言葉に被せるようにケイナさんが声を上げる。
ケイナさんの言葉にリューグは何処か勝ち誇ったようににやりと笑った。
自らには権利がある、だからそれを行使するまでだとでも言いたいのだろう。
浅はかな思考だ、と笑いたくなる感情を必死に押しとどめる。
その代わりに私は、リューグの表情の変化に少し脅えたように再び一歩後退った。
落ち着け私、相手はただの餓鬼だ。実際私よりは年下みたいだし、そう、これは仕方が ないこと。
そう暗示を掛けるようにして私は苛立ちを押し込める。

「権利だァ?はっ、権利ならあるさ。おれはこの村の自警団員なんだからな。」

「ほう?それにしてはずいぶん礼儀がなっていないようだが。」

「なにィ……?」

権利に付随する義務を軽視して権利にあぐらをかいているその様子に、私の中の 苛立ちは次第に諦めに変わっていった。
そう、仕方がない。だってリューグは「こういう人間」だ。
これからマグナやトリス達と関わっていくことで大きく成長して行く。
その前状態がどんなに呆れるような性格でも、仕方がない。

(それに、行動を共にしない私には関係もない)

「喧嘩腰でものをいわれずとも、物の道理ぐらい理解できるさ。むしろ君のその 高圧的な態度は、かえって事態を悪化させているとしか思えないな。」

「…手前ェッ!!」

「そこまでだ!!リューグ!」

リューグと同じくらい高圧的な物言いをするネスティに、リューグが掴みかかろうと した瞬間、遠くから制止の声が聞こえた。
その声にリューグは今まで以上に迷惑そうに眉根を寄せて後ろを振り返る。
遠くから駆け寄ってくるのはリューグを同じシルエットを持る、彼の双子の兄 であるロッカだった。
……ところで双子の間では兄と弟の区分で一波乱起きるというのが定石だと思う のだが、この兄弟はどうやって兄ロッカと弟リューグという関係に落ち着いたのだ ろうか。

「えっ、ええっ!?」

「おっ、同じ顔が二人?」

一卵性の双子を見るのは初めてなのだろうトリスとマグナは、自分たちも双子 (こちらは二卵性の双子だが)であるにも関わらず驚きを露わにしていた。
対するリューグはロッカの出現に顔を歪めている。
双子の兄弟であるとはいえ此処まで性格が見事逆になるというのはいったい どういうシステムなのだろうか。
仮にも同じ場所で同じ環境で生活していたはずだろうに。
そんなことを考えながら今度は目の前で繰り広げられる兄弟げんかを眺めた。

「どんなことがあってもお客様に暴力を振るうなと、あれほど言い聞かせただろう!?」

「口で言ってもわからん奴らには、この方が早ェんだよ!」

「リューグ!」

「……はっ、やめたやめた!テメエの説教なんてまっぴらだ。そうやって一人で偽善者 ぶってろ…バカ兄貴がッ!!」

リューグは最後に私を睨み付けてから去っていった。
あれか、文句だけつけておいて逃げるんじゃねェ、っていう気持ちの表れだろうか。
私だってこの状況じゃなかったら理詰めで言い負かしてるわよ!
でもさすがにこれ以上リューグに文句を捲し立てればそれまでの「私」のイメージと 違ってしまう上に妙な印象を与えることになりかねないから自粛したのよ!
心の中でだけリューグに文句を次から次へと投げつけ、完全にリューグがこちらに 背を向けたところで大きく息を吐いた。

(落ち着け私…落ち着け、!物語序盤なんだから仕方が無いじゃない)

物語のスタートライン、そこに立つ人々は皆未熟だ。
だからこそ互いにぶつかり合って成長し、かけがえのない存在として互いを 認識していくのだろう。そうして物語は進んでいく。
それでいい。彼らはそうして道を歩んでいけばいい。
それは私に全くもって関係のない話なのだから。

(勝手に物語を紡いでいればいい…私は、私の物語を歩むのだから)

いつの間にか苛立ちは同情と哀れみにすり替わっていた。
莫迦みたいにその直情的な性格が物語終盤にはそれなりに落ち着いていることを 祈っておくことにする。私がその姿を拝むことなどないのだけれど。


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もちろん物語序盤で未熟なのはも同様ですけれどもネ!