全ての仮想は現実へ

ザッ、ザッ、ザッ…

静かな森の中に、荒い道を進む私の足音が妙に響く。
それと同じくらいの大きさで聞こえる心音を自覚しながら、ただただ無言のまま、 私は不自然に大きな歩幅で歩き続ける。
今すぐこの場所から立ち去りたかった。
ネスティと一緒にロッカに事情説明を終えた後すぐに私は彼らと別れた。
今、この場所を立ち去るのが一番私の生存率が高い。

(早く、早く、ハヤク       !)

気持ちが焦る。歩幅が更に不自然な大きさになる。
何度も足を滑らせそうになりながら、それでも私は必死に足を前に出した。
とにかく、とにかく急がなければ!

(さっきのあれ、きっと、偵察部隊だ)

ネスティと別れた直後はこんなに焦っていなかった。
日が暮れる前にこの村を出れば間に合う。
不審に思われないように治療を終えた患者を装って村を出ればいいと、そう思っていた。
だけど明らかに村人でも行商人でもない硬い表情をした男を何人か見てしまった。
纏う雰囲気が重々しい人達だった。その上気配が妙に鋭い。
瞬間的に頭に思い描いたのはルヴァイドとイオス…黒の旅団だった。
普通なら変な人がいるもんだと思うだけで済むのだろう。
だけど私は、物語を知っている私には、それだけで済む問題じゃなかった。

(村を襲撃するんだから偵察するのは当たり前じゃない!)

そう、当たり前のこと。
けれども彼らを目にした瞬間、心臓が騒ぎ出した。
頭の中を流れるのは画面で見た炎にまみれた風景と、苦しそうなリューグの声…。
全滅だと、彼は言っていた。皆、殺されたのだと。
その台詞が私の頭の中で途端にリアルなモノとなって重くのし掛かる。
……気付いたら、足は森に向かっていた。
騒ぎ出した心を静めることなんか出来なかった。殺されるぞ、逃げろ、逃げろ、逃げろ逃げろ にげろニゲロ      
心の中で私が叫び続ける。その声は恐怖に引きつっていた。

ザッ、ザザッ、

青く茂る草がスカートから伸びた足を何度も何度も傷つけていく。
無遠慮に伸びた枝に何度も頬や腕を引っ掻かれる。
それでも私は歩みを止める訳にはいかなかった。止められようもなかった。
自分の身体なのに自分の理性で制御出来ない。
この身体はただ、生存本能が叫ぶままに村から逃げているだけ。
だから私の思考は随分と緩慢になっていたらしい。

「っ!!」

眼前に飛び出た枝の下をしゃがんで通り抜けた突然、くんっと髪を引っ張られた。
歩みが早かっただけに頭皮が引きつるし中途半端な体制だったので転びそうになるが、 根性で姿勢を整え振り返るとそこには芸術的なまでに枝に引っかかった私の長い髪。
思わず舌打ちをして解きに掛かるが、焦燥感と緊張に支配された指先は細かく震える ばかりでいっこうに髪がほどけそうにない。
切ろうにも刃物は生憎持ち合わせていなかった。
召喚獣のくせに私を戦闘要員にしなかったマグナ達は、私に武器を持たせることを厭った からだ。誤って召喚された私は、彼らにとって守るべき存在であったらしい。

「なんっで、ほどけない、のよ…!」

今はその判断すら腹が立つ。
武器を与えられ戦えと言われたらそれはそれで腹が立っただろうに、利己的な考えしか 出来ない自分自身に更に腹が立った。
こんな事で腹を立てても仕方がないだろうに怒りはつのり、指はまともな働きをしない。
いっそ枝を折ろうかとも考えたが、青々と茂る生木はしなるばかりで折れそうにない。
踏んだり蹴ったり、何てざまだ。私は指先を握りしめ、大きく息を吐いた。
随分と不安定になっていたらしく、その息は笑える程震えている。

「……何をしている?」

「!?」

突然掛けられた声に、私は髪が引っかかっているのも忘れて思い切り振り返った。
瞬間的な衝撃に私は思わずうめき、頭を押さえる。
涙目になりながらも改めて声の主を見てみれば、それは良く見知った顔だった。
もちろん、画面越しに見慣れた顔。
しかも今の状況を考えると一番合いたくない人物だった。

(イオス……!?)

ああ、何て最悪なんだろう。
ていうか、隊長のくせに何でこんな所うろついてるんだイオスめ! 思わず出掛かった悪態を飲み込んで、逃げるべき対象である黒の旅団特務部隊隊長 の視線を避けるよう、私はそっと顔を伏せた。
心の底から、会いたくなんか無かったのに。


   *    



頭皮引っ張られるのって地味に痛いですよね。
そしてイオスの登場です。