醜い安堵

「引っかかっているのか」

突如として姿を現したイオスは、私の様子を見て呟くように言った。
イオスもまた見回りをしていたのだろう。
軍人の性なのか足音を立てず私に歩み寄り、髪が絡まった枝を眺めた。
そして何を思ったのか枝から髪を解き始めたのだ。
白くて細いのに男性的な無骨さも併せ持つ指が、器用に枝から私の髪を解いていく。
しかも引っ張りすぎないよう気を付けているらしく、私は痛みらしい痛みも感じないまま その手つきを眺めるだけだった。
緊張と混乱から突如放り出され何も喋れないまま、私はただただイオスの手元を見つめ る。
そう言うことは良いから今すぐ立ち去ってくれた方が嬉しいんですけれども!

「………あまり見つめないでくれないか…こちらも気恥ずかしい」

「いや…、そう、言われましても…ですね、突然どうして」

「たまたま通りがかって気になっただけさ……ほら、取れた」

解かれた髪の毛が、ぱさっと肩に落ちた。
私は極力イオスの顔を見ないように、見られないように顔を伏せる。
今までずっと見られ続けていたから意味など無いだろうが、それでもイオスが私の方を 見ていると判っているのに顔を上げることは出来なかった。
私はイオス達から、黒の旅団から逃れたくて急いでいたはずなのに。
こんなところで醜態を晒し、その上助けられ、まだ立ち去らない。
イオスだってヒマじゃないだろうに何でいつまでも私の側でじっと私のこと見てるのか? そんなに不審がられるようなことをしていた…かも、しれないけれども。

「焦っても事は為せない。このまま山道を進んでも同じ事の繰り返しになるだけだろう… 一度戻って落ち着いたらどうだ?」

「………レルムに戻れ、と?」

レルムを滅ぼす算段を立てている人が、それを言うか。
私はイオスの表情が見たくてそっと視線を上げた。
イオスは少しだけ怯んだようだったが、すぐにポーカーフェイスになってしまう。
これはつまり、私は殺される宣言をされているのだろうか。
だとしたら、それはあまりにも理不尽な宣告だ。気遣われるような口振りで、私はその 命の終わりを定められるだなんて。

「息抜きでもしてからまた出発すればいいだろう。また枝に髪でも引っかけて立ち止まって いる間に襲われては、まるで僕が見殺しにしたみたいでかなわないからな」

「……。…では、お言葉に甘えて」

いちいち苛立つような台詞回しだ。
私はふっと視線を逸らし、その脇をすり抜けようとする。
が、突然腕を掴まれて私は足を止めるしかなかった。
自分で村に戻れと言っておきながら引き留めるって、それってどういう事だ!
不安と緊張と混乱の連続で、私は苛立ちを隠せないまま思い切り振り返る。
だが目の前にあったのは、さっきより真剣な表情をしたイオスだった。

「女の一人歩きに夜道は危険だ。出発するなら日暮れ前までにしておけ…お節介かもしれ ないがな。では、気を付けて」

最後のあたりは、イオスは私を見ようとしなかった。
夜道は危険、確かにそれはそうだ。だけど今日はいつも以上に危険になる。
それはイオスの…黒の旅団の作戦が招くもの。
足早に去っていくイオスの後ろ姿を見つめながら、私の拳は震えた。
さっきから苛立ち任せに握りしめていたせいで感覚が薄くなってきている。
でも、震えているのはそんな理由じゃない。
気を付けて?今夜村を滅ぼす実でありながら何でそんなことを言うんだと、最初は本当に 苛ついたし、筋違いだと思った。
でも私の顔を見ないように逸らした瞳、去りゆく背中から感じるのは苦しさだけだった。

(なんで…あんな事、言うのよ)

彼らが後悔していること、作戦を受け入れていないことなんて百も承知だ。
でも作戦決行前くらいは非情でいて欲しかった。
もうすぐ彼らが何をするのか判っている私には、その小さな気遣いが痛くてたまらない。
そんな消極的な逃げ道を用意しているイオスの姿が何故か悔しかった。
そして、それでも逃げ道を提示されたことに安堵している自分が酷く醜く思えた。


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名前変換がない…だと…!
書いてる途中うっかりイオスにときめくシーンも考えたりしました。笑