埋め込み経験値
ベッドの数の都合で、私はそれまで物置になっていた部屋を一人で使うことになっていた。 この部屋割りは恐らく、ケイナやフォルテの采配なんじゃないかと思う。 野営をするときも、私は他のメンバーから少し距離を置いていた。 それは(今まで一度もそんなことはないが)寝言でうっかり何かを呟いてしまうことへの 恐怖があったからだが、端から見れば人見知りが過ぎたと捉えるのだろう。 今はその判断に非常に感謝している。 部屋に誰もいないからこそ、誰にも気付かれることなく部屋から抜け出すことが出来る。 「はやく、行かないと」 心は急いているけど、踏み出そうとする足が重い。 全部を見捨てていこうとする自分と目を逸らせない自分が軋んでいる。 けれどこんなところで時間を割いている余裕なんて無かった。はやくしなければ、物語が進んでしまう。 相手は職業軍人なんだ、物語の展開を知っているという利点を活かして早期回避しなければ、 逃げられるはずもないのだから。 私には元職業軍人の手助けも、召喚術という特殊技能も、治癒の奇跡という特殊能力も、なにもない。 身を守る防具も、武器も、戦闘の知識も経験すらもない。そんな私が敵うはずなんて毛頭無いのだ。 パァン…! 遠くから、小さく銃声が聞こえた。 未だに窓枠に足をかけたままだった私は、気付くと勢いよく窓から飛び出していた。 それは半ば反射的な行動だったが、その勢いを殺さないように駆け出してしまう。 銃声が聞こえたと言うことは、作戦は決行されたのだろう。 つまり兵士達が罪無き命を屠るために動き出したと言うことだ。 村の外れに位置するこの場所まですぐに辿り着くことはないにせよ、いつかは兵士達は ここまでやってくる。その前に逃げていなければならない。 「……………、……!」 小屋の裏手に広がる森は、静まりかえっていた。 それに対比するかのように、村の中心は徐々に喧噪が広がっていく。 時折混ざって聞こえる銃声、剣劇の音、怒号、そして悲鳴。 木々の隙間から漏れて見える赤い光はきっと炎の色だ。村を包み込んでいく炎の色。 鼻腔をくすぐるのはタンパク質が燃える異臭と、火薬の臭い。 まだ村の中心からは遠いこの場所には血臭が届かない。 「ああぁぁぁあああああ…っ!!」 「たす…っ、助けて……!?」 「やめ…ろ、がはっ…」 駆けていく程に、人の住む場所に近づいていく。 そして耳に入り込む悲鳴の数も徐々に増えていった。 私は極力足音を抑えるように走り、そして聞こえてくる悲鳴の大きさから距離を測る。 まだ悲鳴はそんなに近くない。同じように、人の気配もまだ遠かった。 この距離感ならまだ暫くは気付かれることもないだろう。 瞬間的にそう判断して、そしてあまりに当然に行われたその判断に私はいつかも感じた居心地の悪さを感じた。 自分の思考判断とはいえ、それまでごく一般的な生活をしていた自分が何故突然こんな冷静な(そして無慈悲な)判断をくだせるのか。 それはレルム村に向かう時に感じた身体変化の時よりも激しく嫌悪と恐怖を招く。 (精神構造まで弄くられたってこと…?ふざけんじゃないわよ!) これが召喚されたことによって引き起こされたのだとしたら、と考えると吐き気がした。 召喚獣が全てこんな風に身体構造も精神構造も弄られているのだとしたら、召喚術というものほど忌むべき術はないだろう。 召喚するという行為がそもそも利己的であり一方的であるのに、さらに喚びだした相手を都合のいいように「調整」しているのだとしたら。 全ては推測でしかないのだが、それでも私の胸の中には召喚術への嫌悪感が急速に広がっていった。 そんなある意味理不尽な嫌悪を抱えたまま走り続けたところで、私は思わず足を止めてしまう。 不意に目に飛び込んできた光景に、目をそらすことも忘れただただ思考も動作も全て止めてしまう。 目の前に広がったのは、今この村に広がる現実だった。 「………っ!?」 アグラ爺さんの小屋のように、村の中心からは少し離れた場所に建っている小屋。 乱暴に開かれたらしく蝶番が壊れて軋んでいる扉。 元は美しかったであろう、無惨に踏み荒らされた家庭菜園。 そして、小屋を燃やす炎、熱、炎とは違う紅。 軋んだ扉の影から小さな腕が除いて見えた。腕自体には傷はない。 しかし真っ赤な炎に照らされてなお青白い肌色は、はっきりとその人物が既に生きていないことを伝えていた。 私は息を詰まらせたまま、そっと小屋の裏手へと足を進めた。 それはとても利己的な罪の確認だった。 「……襲われたのは襲撃初期段階、みたいね」 小屋の裏手には、背中に刀を突き立てられた男が倒れていた。 こちらも血色から判断するに亡くなってからそれなりの時間が経過しているようだった。 つまり旅団がこのあたりを襲ったのはそれなりに前の話であり、恐らく今はもう近辺には布陣していないだろうという期待が生まれる。 私はじっと、倒れ伏す男を見つめた。正確には、その背に突き立つ刀を。 刃こぼれのほとんど無い、妙につるりとした印象の刀だった。 口の中で小さく謝罪の言葉を述べ、男の身体から一息に刀を引き抜く。 (まだ全然使えそうじゃないの、勿体ない) 浮かび上がる感想を胸にとどめたまま、私は側に放り捨てられていた鞘も拾って刀を収めた。 そのままスカートを留めていたベルトにぐっと差し込んで固定する。 刀の重み分だけ身体が傾く感覚を不意に懐かしく思い、そしてそんな思考にいい加減嫌気がさして重くため息をついた。 ここまで徹底的に思考に色々とねじ込まれていては、一つ一つに過敏に反応するだけで疲れてしまう。 少なくともリィンバウムに来てしまったことがこの奇妙な脳内情報の増加を生んだことは疑うべくもない。 ならば元の世界に、日本に帰ってしまえば元の通りになるはずだ。 今の時点で、恐怖を上回る理性と知識は有益に働きこそすれ、不利益にはなっていない。 得てしまったものをどうこう言っても仕方がない。 だったら思う存分有効利用してやるだけだ。 「気配も充分遠い……さっさと逃げるに限るわね」 私は自分に言い聞かせるように呟いて、刀を抜かれた男を最後に一別してから駆け出した。 己の保身のためだけに回避できたかも知れない事態を傍観し、村一つを全滅させることになったのだということを忘れないために。 そして、そうまでして生き残りたいと、勝手に死ねない原因を改めて胸に刻みつけるために。 戦闘の予定でしたが、そこまで進みませんでしたorz つ、次こそ戦闘…! そして久々のサモキャラ登場の予感です。 |