逃れ得ぬ衝突
ガサリ、と音を鳴らした茂みに身を震わせたが、その直後に頬に感じた風の感触に小さく肩の力を抜いた。 このあたりは局所的に樹木の密度が薄い。 ちらちらと目に入ってくる炎の色と、伝わってくる熱風に自然と足は急いだ。 少し遠くから聞こえてくる戦闘の音が心の中の焦りを増長させる。 近くに旅団の兵士がいるかもしれない。 とにかく急がなければ、と思った次の瞬間、私はその足を止めざるを得ない状況に立たされた。 不意に感じた気配の方向には、紅を背景に黄金色が輝いていた。 「……部下から報告を受けた時に見覚えがあると思ったら…貴様か」 「………………」 黒の旅団、特務部隊隊長。 何故こんな所に隊長なんてお偉いさんが現れるのか。 私は無言のままイオスをにらみ据え、思わず左足を半歩後に引いた。 腰に差した刀がかちゃっと小さな金属音を立てる。 イオスはそんな私を無表情のまま見据え、肩に担いでいた槍を地面に立てるようにして持ち直した。 ごくり、と喉が鳴る。 「昼間に見た時は焦って空回りするなんていう可愛げもあったのに、今や見る影もないな。……その刀、」 指摘され、思わず刀の鍔元に指をかけていた。 ぐっと刃を外側に向けるように鞘を捻り、左足の裏全体で地面を踏みしめ、イオスをにらみ据える。 頭で判断する余地もなく、自然と身体が動いていた。 イオスはそんな私の一連の動作を見て僅かに眉をしかめる。 そして自身も僅かに槍の穂先を低くして私を見据えた。 「手に余る代物かと思えば、使い方くらいは知っているようだな…それで?僕と殺し合いでもするかい?」 少し皮肉気に口元を歪めたイオスは、まるで状況を楽しんでいるかのように見えた。 無差別に人を殺すのとは違う、人間として会話が出来る今の状況を。 そんなイオスの態度に私はぎゅっと心が痛くなるのを感じた。 それは踊らされているイオスたち旅団への同情ではなかった。 殺されているレルムの村人への同情でもなかった。 期待を裏切られたという、勝手に作り上げていた像を傷つけられたという利己的で傲慢な怒りだった。 「……なに、なんなのその態度?なんでこの状況で開き直って遊ぼうとしてるわけ?」 「……なんだと?」 「殺し合い?一方的な鬱憤の解消、でしょう?勝手に私のこと利用しようとすんじゃないわよ! こっちは遊ばれて殺される趣味なんてないの、そーゆーのは他当たってもらえるかしら!」 私の言葉にイオスの顔色がさっと変わっていった。 垣間見えた表情はきっとイオスという人間そのものの表情。 苦渋、苛立ち、焦燥、怒り、いろいろな感情がごちゃ混ぜになったような、人間くさい表情だった。 それまで被っていた「無情な殺戮者」の顔はどこかに飛んで行っていた。 そんなイオスに胸がすいたような気分を感じながら、私は右手を柄にかける。 「そう言うわけだから、そこ退いてもらえる?こっちは生にしがみつくのに必死なのよ」 実際の所、こんな状況で殺し合いを望むような人間を相手している時間など無いのだ。 とにかく隙を突いて逃げ出さなければならない。 まともに戦って勝てるはずなんて無いのだから。 幸か不幸か私は防御力なんて皆無に等しい軽装で、相手はそれなりの装備を纏っている。 イオスも素早さを売りにするタイプだろうが、身の軽さに関しては私の方が断然上。 加えて装備品の重さも気にしなくて良いとなれば、逃げるという一点においてのみ私が生き残る道がある。 「………そう言うわけには行かない。悲鳴も喧噪も聞こえているだろう?これが僕たちの仕事なんだ」 「そう……それは残念…、ねっ!」 イオスが槍を構えようとした瞬間、私はぐっと地面を蹴りだして素早く刀を抜いた! 予め刃が外側に向けられていた刀は、鞘から抜き放つ動作の中で自然と刃を敵に向けることになる。 そうして抜いたときのスピードをそのまま利用して一気に槍を持つ右腕を狙う…が、次の瞬間私の腕にはしびれのよ うな衝撃が襲っていた。 イオスが素早く槍を構えて私の刀を防いだのだ。 だが私の行動も早かったらしく、イオスは苦し紛れに槍を突きだしただけの無防備な格好だった。 「でやああぁぁっ!!」 痺れる腕を叱咤して、私はさっと刀を退いて身をかがませてイオスの懐に飛び込んだ。 そのまま無防備な脇腹を柄で殴りつけ、そのまま頭上の気配を避けるように一足飛びに離れる。 ひゅん! 風切り音を発しながらすぐ横を通り過ぎていった槍は、逃げ遅れた私の髪を僅かに切り落とした。 重さも長さもある槍が、数瞬の間をおいただけで襲いかかってきた。 細身でも色白でも女顔でも、やはり職業軍人。 今も振り下ろされた槍が地面を抉る前にぴたっと静止させたが、その槍を持っているのは細い右腕だけである。 腕一本で、重さで加速のついた槍を静止させたのだ。 「……やはり、多少は覚えがあるようだな」 軽く脇腹を押さえながら、イオスが苦々しい口調で呟いた。 私としては思い切り脇腹に入れたと思ったのに、さしてダメージを受けているわけではなさそうだ。 柄越しの感触からして軍服の下に何かしら着込んでいるのだろう。 私はそのイオスの言葉に返事を返さずに再び刀を構えた。 イオスはそんな私を見て小さく笑い、そしてこちらも槍を構える。 「もう一度言うわ…退いて。私は生き延びたいだけなのよ」 「ならこちらももう一度言おう。僕はこれが仕事なんだ、退けるはずないだろう?」 お互いの視線が交錯する。 思ったよりも近くで銃声が鳴り響いたが、もはや気にならなくなっていた。 きっと次の攻防が生死の分かれ目になる。 先ほどの口振りからして、イオスはあまり気を抜いてくれなくなるだろう。 そうなれば純粋な実力勝負に近いものとなってしまい、圧倒的に私が不利だ。 だから素早く、私は私の利点を最大限に生かして、イオスを倒すことでなく私が生き残ることを一番に考えて行動す る必要がある。 (絶対に…死んでなんか、やるもんですか…!!) 心の中で私は思いきり叫んだ。 そして次の瞬間、私たちは同じタイミングで地を蹴り駆け出していたのだった。 戦闘突入、そしてイオスさんの登場です! そして折角会話しているのに今回も変換皆無!すみません!orz |