迫り来る暗闇
ギィン、と鈍い音が薄暗い森の中に鳴り響く。 私はただ身体に動かされるままに刀を振るい、槍を避け続けていた。 今まで身に覚えのない感覚を問い質せば嫌悪の嵐になるのだろうが、それを利用することで生きる道が広がるなら今はそれが優先事項だ。 使えるものはとにかく使ってやろうじゃないか、と心の中で呟きながらひたすら攻防を続ける。 しかしその感覚は、私にまた別のことも伝えていた。 (だめだ、もう……、そろそろ保たない……!) 徐々に、意図と身体の動きのタイミングがずれてくる。 此処まで攻防を続けられたことの方が奇跡に近かった。 そろそろ避けられなくなってしまうかも知れない。それは少しずつ増えてきた傷がはっきり証明していた。 ぐっと地面を踏み込んでイオスへと駆ける。 イオスはこれで最後とも言わんばかりに、今までとは比べものにならないスピードで槍を振り下ろす! 「ぐ、…っ!」 イオスの槍は僅かに左脇腹を抉っていた。 痛みよりも熱が身体を襲うが、しかしそれでも私は足を止めない。 私は刀をバットのようにして両手で握りしめ、そして柄を槍を握るイオスの手元に向かって振り下ろした! まさか脇腹を抉られても突っ込んでくるとは思っていなかったらしいイオスは僅かに怯んだ顔をして、そして衝撃に槍を取り落とす。 私はそれを勢いよく蹴り飛ばして、そのままぐっと腕を突き出して刃を向けた。 槍を殴り飛ばしたほぼそのままの格好だったが、上手い具合に切っ先がイオスの首元に据えられていた。 「なっ…!?」 「手詰まり、みたい…ね?」 蹴り飛ばされた槍は、少し離れた木の根本に転がっていた。 今のこの状況なら、イオスが妙な素振りをするだけで頸動脈をずばっといける。 我ながらなんて素晴らしい行動だろう、と自画自賛したところで、思い出したかのように脇腹の傷が痛み出した。 じくじくと熱を持った傷は、全身の体温までも上昇させていく。 額に脂汗が浮かぶのを感じながら、それでもどこか呆然としたイオスの顔を見て私はにやりと笑った。 「………勝負あり、でしょ?これで私のこと、見逃してもらえるわよね?」 「…その傷で、逃げ切れると思っているのか?」 「この状態で、自分が無傷でいられるとでも思ってるわけ?」 私は刀を握りなおし、僅かに振りかぶって…思い切り右肩を峰で打ち付けた。 そしてそのまま一気に走り出す。 骨が嫌な音を立てていたから、右腕で軽々と槍を振るうことは出来なくなるだろう。 もちろん左腕で槍を振るってしまえばそれまでなのだが。 しかし駆け出した私をイオスがすぐに追いかけてくる気配はなかった。 ……見逃してくれるのだろうか? (いや、そんなに甘くない……泳がせてる、とか…?) 疑えば何処までだって疑える。 私はそこまでで思考回路をうち切って、とにかく走ることに専念することにした。 痛みがじわじわと思考にまで浸食して考えることが辛くなり始めたのも、理由の一つではあるが。 それでもしばらく痛みに耐えて走り続けるが、こちらの意志に反してだんだんと息が荒くなり、足下がふらついてくる。 「………っ!」 ぐらり、と身体が傾ぐ。咄嗟に刀を地面に突き刺して崩れ落ちないように身体を支えた。 今倒れてしまえば、恐らく起きあがる気力も生まれないだろう。 後ろを振り返れば脇腹から零れる血が点々と続いていた。追いかけてこようと思えばあっと言う間に発見されてしまう私の進んだ道。 それを見た瞬間、この逃走が無意味なものに思えて思わず口元に笑みを浮かべた。 その瞬間に全身が弛緩し、ずるりと地面に崩れる。 相変わらず脇腹からは血が溢れ、徐々に体温が失われていっている気すらする。熱を持った刀傷、そしてその熱は思考まで多い、徐々に意識を引きはがしていく。 (捕まるか……それとも、それより先に死んじゃうかな…) ぼうっとした意識の中、何処かで冷静な私が呟いた。 意識した瞬間に出てきたのは、残り1人となってしまった家族の顔だった。 私の生きる意味だった、唯一無二の家族。 置いていかれた私が、今度はアイツを置いて逝くことになるのか。 「ご、め……… 」 立ちくらみの時のような、意識が引きずり出されるような感覚が身体を襲う。 私は不明瞭な意識の中で一言だけ小さく呟いて、そしてそのまま迫り来る暗闇に身を委ね、意識を失った。 戦闘終了、そしてばたんきゅー。 相変わらず名前変換在りませんが…! 次はもりもり変換予定です。 |