囲いの中の猫


徐々に意識が浮上していく感覚に身を委ねる。
段々リアルになっていく感覚の中に熱っぽさと鈍い痛みが含まれているのに若干起きる気を無くしつつも、それでもそんな気持ちを余所に意識は明確になっていった。

まだ瞼は開けない。

意識を失う直前のことを思い出しながら、判る範囲で現状を把握する。
少なくとも私は血塗れで森の中に倒れているわけではないらしい。
鼻につく消毒液の臭い、そして肌触りは悪いがぱりっとしたシーツと毛布の感触。
左手が布越しにガーゼのようなものに触れた。どうやらイオスにやられた傷は治療して貰っているらしい。

そこまで考えて、そう遠くないところに人の気配がするのを感じた。
いつかは起きなければならないのなら、それを先延ばしにする意味は特にない。
私はやけに重たく感じる瞼を持ち上げてそっと目を開いた。
目に飛び込んでくるのは白を基調とした天幕の内側。
そしてその端に映り込んだ、濃紅。


「………ッ、つ……!?」


「……目が覚めたか」


驚きに声を挙げようとしたが、腹筋に力を入れてしまったことで傷口が引きつり、口の端から苦痛の声が漏れてしまった。
そんな私の声に反応して振り返った濃紅は、想像していたとおりの人物。
黒の旅団の総指揮官、ルヴァイド。
目覚めて一番最初のご対面が総司令官ってどういうこと、っていうかこういう場面だと総指揮官って意識が戻ったと呼ばれて登場するもんじゃないっけ…などと現実逃避の方向に思考が飛んでいく。
しかしこちらをじっと見つめてくるルヴァイドに、私も意識をそちらに戻さざるを得なかった。


「あまり動かない方が良い。召喚師に治療はさせたが、表面が塞がっているだけの状態だからな……動けば傷は開く」


「……ご親切に、どうも。」


痛みを訴える傷口を意識しながらそれでも私は上体を起こした。
ルヴァイドは特に手助けをする様子もなく見つめてくるだけで、特に動きを制限してくる気配もない。
傷に響かないようにゆっくりと動いたつもりだったが、それでも枕を背もたれにして状態を持ち上げるまでにそれなりの時間を要した。額には僅かに汗も滲んでいる。
枕に背中を押しつけながら私は細く息を吐き出して、それから未だに私をじっと見つめてくるルヴァイドに視線をやる。
敵地に一人、目の前に総司令官。そして私は怪我人で、圧倒的に立場が悪い。
しかし怪我人だからとはいえ、捕虜相手には随分と疑問の残る待遇のように感じた。ルヴァイドも私を気遣うような口振りだったが、今の会話は捕虜と総司令官の間に成り立つ類のものなのだろうか?


「ご親切には感謝しますが、結局のところ私は捕虜なんでしょう?」


捕虜にしては随分と扱いが上等…というより、ずさんと言うべきか。
拘束もされない状態で、流石に武器は取り上げられているらしいにせよ手の届く距離に総司令官が立っている。
いくら女で武器を持っていないとはいえども、例えば毛布を蹴り上げて視界を制限しつつルヴァイドを拘束することくらいは、手練れならばできるのではないだろうか。
イオスが私のことを小物だと報告したか…いや、それでも一時的にとはいえ特務隊長の地位にいる男から逃亡したのだ、最低限の警戒くらいはしておくべきじゃないのか。
色々と疑心暗鬼になるのを止めることは出来ないまま、確認の言葉を口にする。


「……捕虜と言うよりは重要参考人といったところだな。   だからと言って、そう簡単に開放されるとは考えない方が良い。聖女一行と関わりがあることは調査済みだ」


「だから…それって要するに捕虜ですよね?利用価値があって情報を引き出すために拘束するんでしょう?」


話題が逸れそうになるのを引き留めながら、違和感が明確になるのを感じた。ルヴァイドは意図的に「捕虜」という言葉……そしてそれに付随する捕虜としての待遇を濁そうとしている。
しかし、一体何故?
普通に考えて襲撃した村の、しかも自分たちに刃向かった人間の生き残りなのだから捕虜にするのは当然の流れのはずなのに。


(…………つまり、そうする理由が何かあるってことよね)


私はその疑問をはらすために、場違いにもルヴァイドに向かって柔らかく微笑んで見せた。
ルヴァイドはそんな私を僅かに驚いた様子で見つめ返してくる。
ふわりと柔らかい微笑みを顔に貼り付けたまま無垢な表情を意識してルヴァイドをじっと見つめ、私はゆっくりと口を開いた。


「情報を引き出すために拷問でもしますか?でも私はたまたま立ち寄っただけの冒険者の付属品で、有用な情報は持っていませんよ?……それとも、慰安婦代わりにでもします?」


実際の所、"マグナ達に同行した"が持っている聖女に関する情報なんて微々たるものだ。聖女を目的にレルム村を襲った黒の旅団の方がよっぽど有益な情報を持っているといえる。
更には聖女…アメルを助けたマグナ達に関しての情報も基本的には持っていない。
ゲームとしての前知識を持っているから此処まで来れたのであって、本当に何も知らない状態で突然リィンバウムだのゼラムだの言われたとしても、それを他人に説明できるほど自分の中で整理出来るはずもないだろう。
冷静に考えて見れば、私がこの世界に召喚されてから大した日にちは経過していない。

    そう、1日が濃密だから忘れてしまいそうになるだけで、リィンバウムに来てからの実質の経過時間はたった数日なのだ。
流石に旅団側もそこまでは知らないにせよ、私が本当に有益な情報源になるとは思っても居ないだろう。だとすればそれ以外の価値を見いだされていると言うことになる。
だからこそ敢えて挑発するような問いかけをした…の、だが。


「………そう、威嚇するな」


目を丸めていたルヴァイドが、私の言葉にふっと口元を緩めた。
それはまるで毛を逆立てている仔猫でも相手にするかのような態度。
全くもって予想外のそんなルヴァイドの対応に、今度は私の方が目を丸めた。
え、なんでそんな和んだような表情してるんですか総司令官。
なんで若干楽しそうなんですか…っていうか警戒すべき相手に対して浮かべるような表情じゃないですよね明らかに!?


   *    



も、もりもり名前変換予定が一ヶ所だけ…。
次こそ名前変換を!そしてやっとこさ奴の登場です。